魔王たちの一幕
≪アーサー・エイデン≫
目が覚めると、そこは真っ暗闇だった。
ここはどこだ――――地獄か?
全身にまとわりつく倦怠感と格闘しながら、その痩身を起き上がらせる。
確か……星が衝突して地球は俺もろとも消滅したはずだ……。
そうであれば、やはりここは地獄か。
俺みたいな人間の霊は、煉獄の入口で門前払いされて然り。
地獄へ直行に決まっている。
地球が滅亡した日、その日もまた、俺は人を殺した。
理由はよく覚えていないし、それが何人目だったかも記憶にない。
そいつらは、俺を捕まえることができなかった、無能なポリスどもに殺されたようなものだ。
殺しの理由は、プライドを傷つけられたからだとか、そんなことだったと思う。
そういうことはよくあることだし、人を殺すことの理由なんかに興味が持てないのだから、仕方がない。
人を殺せば地獄に堕ちるってことは知っている。
ただの迷信だろうが、随分と昔、日本の“地獄絵巻”を読んで衝撃を受けたことがある。
正直なところ少々、トラウマなのだ。
そこには、恐ろしくクレイジーな世界が描かれていた。
例えば――――、
肛門から頭のてっぺんまでを串刺しにされて、灼熱の炎に焼かれ続ける。
ただ、ただ、焼かれ、気が狂うほどの苦痛と、熱をその身に刻み続ける。
だけど、死ぬことはできない。
煮えたぎった釜の中に放り込まれて、茹でられる。皮膚はただれ、水分は沸き立ち、蒸発し、内臓は焼け固まってゆく。
だけど、死ぬことはできない。
巨大な鬼に手足を引き千切られる。金棒で挽かれ、すり潰されて喰われる。
だけど、死ねない。
永劫に続く拷問の日々。
昔みた地獄絵図が、脳裏に浮かんでしまった。
――――嫌、だ。
俺は違う……俺は悪くない。
「助けてくれ! 俺は悪くないんだ。俺に殺されたやつらは、俺に殺される理由があった! 俺はただ報いを与えただけ――――」
暗闇の中、悲痛な叫びを上げる。
恐怖で体が震える。
助けてくれ、助けてくれ……助けてくれ、助けてくれ……。
『――――ご機嫌いかがでしょうか? 魔王の皆さま』
精神が崩壊するかという瀬戸際、女の声が聞こえた。
クリーゼと名乗った女は、そして、この現状について語り始めた。
話を聞けば、聞くほどに昂ってゆく俺の心中など、まるで意に介すことなく、話は淡々と紡がれてゆく。
女の話が終わったとき――――俺は、魔王として生まれ変った。
「クックックッ……」
零れ落ちる笑い。
女は言った。悪逆の限りを尽くして世界征服を企てろ――そのために、その力を与える、と。
なんだ。
ここは地獄なんかじゃないではないか。
「フフフ……クックッ」
止まらない笑いを堪えることもなく、俺は立ち上がり、暗闇の中へ足を踏み出した。
この暗黒は俺そのものだ。
ここを抜け出したとき、俺は、俺を蝕んでいる闇から解き放たれ、また、闇を作るのだ……フフフ、矛盾しているな。
煙草が吸いたい。
酒が飲みたい。
オンナを犯したい……早く。
誰でもいいから殺したい……早く!
早く!
暗闇の中でさらに深い黒が、俺を導いてくれる。
一時間ほどは経っただろうか。
やっとのことでダンジョンコアを見つけた俺は、アシスタントを選んだ。
もちろん、女だ。こいつはいい女だった。
トップモデルばりのスタイルに、長いブロンドヘアー。そのくせロリティーンなマスクまで持ってやがる。
すぐにでも犯してやりたかったが、女とはいえ油断はできない。
こんな状況下だ。女が弱者だと決めつけてかかるのは下策である。
さっさと設定とやらを終わらせよう。
気は逸るのだが、この初期設定とやら、なかなかに手間がかかる。
しかしそれは、予想外に興味深いものでもあった。
自分自身のステータスを目にした瞬間には、鳥肌が立ったものだ。
ステータスを割り振り、スキルを選択する。傾向的に俺は魔法使いといったところだろう。
切り札として、具現(人体)Lv2というスキルを得る。
操作(浮力)Lv1と迷ったが、人体を具現化できるということは、危急の際に伏兵として使うこともできそうだ。
ふと、もよおした時にダッチワイフとしても使用可能。
Fグループのスキルなのだから、他にも使いみちはあるのだろう。創意工夫は俺の得意とするところだ。
ロサンゼルスのスラム街の地下に拠点を置き、一段落する。
「これで初期設定は終わりよ、アーサー」
アシスタントがそういって、微笑む。
アーサー・エイデン様の第二の人生――――開幕である。
ここから先、行動の制限は特にないようだ。ポイントを使って買い物などもできるが、先に確認しておかなければならないことがある。
このアシスタントの女が、果して俺より、強いのかどうなのか、だ。
眷属の情報を開き、女のステータスを表示させた。
――レベル8。
目ぼしいスキルも持っていないようだ。ただ、治癒Lv2というスキルは利用価値がありそうだった。
「クックックッ……」
人類の強さをこそ凌駕しているが、俺と比べれば半分以下のレベル。これなら問題ないだろう。
ダンジョン作成システムを操作し、コアルームの隣に小部屋を設置する。意匠のコンセプトは調教部屋だ。
「どんな部屋を作ったの?」なんて呑気に聞いてくる女を無視し、次は物品購入。
首輪とハーネスと調教リードの三点セット。
承認すると同時に足元に現れるそれらを手に取り、女に見せ付ける。
「な、なにそれ?」
「君へのプレゼントさ」
「ちょっ、どういうつもり!?」
後ずさる女であったが、スキルで強化された敏捷力がその距離を瞬時に詰める。
細い腕を、無理やり引っぱり寄せ、豊満な乳房を鷲づかみにする。
「いやっ! 私はあなたのアシスタントなのよ!」
女は身をよじらせて俺を振りほどこうとするが、無駄な足掻きだ。
「動きが鈍いですよ」
ブラウスの前を、下着ごと一気に引き破る。
露になる白い肌。オンナのにおい。
「あ……やめ、て……」
そう言いつつも、女は、ほとんど抵抗を示さない。正確に言えば、抵抗したくてもできないのだ。
特殊攻撃(麻痺)Lv1のスキル効果により、その体は徐々に自由を失っている。
スキルレベルが低いため、対象箇所に触れなければならないし、侵蝕スピードも遅いのだが、楽しむためにはむしろ調度よい。
女にまとわりつき、柔肌に顔面を這わせながら、残りの着衣を剥いていく。
「あ…………っ」
最後の一枚を取り上げ、ぽいと投げ捨てる。
立っているのも辛いはずだろう。健気に直立している女の腹に拳を叩き込む。
「うっ……かはっ!」
倒れ込む女を見下しながら、自らのズボンをずり下げる。
「さてと」
それから一時間ほど。
じっくりと、犯した。
コトが済んだのち、せっかく作った調教部屋の存在を思い出した。
地面でやったものだから膝が痛い。
腹いせに女の横顔へ蹴りを見舞っておく。
両目を見開いたまま茫然自失となって転がっている女に、アイテムを装着しておこう。
首輪とハーネスをカチャカチャと取り付け、リードを引っ掛ける。
「ペットのくせにいつまで寝てるんですか?」
思い切り、リードを引っ張り上げた。
「はぁっ……う」
髪の毛を引っ張って四つん這いにさせる。
「そうそう。お似合いですよ。ククク……」
普段であれば、これで女は用済みだ。あとは殺しておしまいなのだが、こいつの治癒スキルは惜しい。
この美貌と身体も、性奴隷としては申し分ないだろう。
飽きるまでしばらくは、飼っておくこととする。
さて、次はモンスターでも召喚して、人間狩りといきたいところだが、ゲームが開始するのは一ヶ月後。
困った。
この昂りを一ヶ月も抑えていたら、身体中から夢精してしまいかねない。
そうだ。
他の魔王に、宣戦布告でもしてこようか。
※
≪藤堂 真冬≫
私は、快楽殺人者でも、サイコパシーでもない。ただ、他人よりちょっとだけ、感受性が希薄な女の子。
殺人は悪いことだ。人の生を奪う権利など何人にも与えられてはいないもの。
被害者の未来を奪うなんて許されることではないし、遺族の悲しみだって知っている。
自分が殺されるのは嫌なんだから、相手だって嫌に決まってる。だからやっちゃいけないって理屈。
知ってる。
知ってるんだけれども、実感が湧いてこない。
自分が殺されたくないということと、相手を殺してはいけないということがどうしても繋がらない。
悪いと思えないし、悲しくもない。
殺した相手から得るものがあれば私は嬉しい。相手側の悲しみなんて私にはこれっぽっちも入ってこないもの。
だから、ついつい、殺っちゃう。
「真冬さんには、敵いませんね……自分の方がレベルは高いのですが。さすがは魔王です」
スキルの使い方を覚えるために手合わせをしていた、アシスタントのメイソン・キャロルが言った。
すらりと背が高く、線の細い美形の男。年齢は私より一回りは上かな。三十路にはまだ早いといったところ。
この男は嫌いではない。男として好みのタイプだ。優しくて、頭がいい。私の神経を撫でるのも上手。
他人の気持ちをちゃんと汲み取ることができるんだろう。
「ありがと。おかげでスキルの使い方はだいたい分かったわ」
「しかし、その、操作(人形)Lv3ってスキルは、相当ヤバイですね。この“人形部屋”で私に勝ち目はありませんよ……正直、トラウマになってしまいそうです」
頭をぽりぽりとかきながら、メイソンが言う。
私たちは、大部屋で訓練をしている最中だ。
部屋の広さは学校の教室ほど。壁と天井は薄ピンク色の塗り壁で仕上げており、床は板張り。
本当はふかふかのカーペット敷きにしたかったんだけど、誰かの血糊で汚れちゃったら、お掃除が大変だから。
四方の壁面に隙間なく設置された飾り棚には、無数の人形を飾ってある。
全部で1000体は下らないだろう。
西洋人形に日本人形、可愛らしい動物のぬいぐるみまで、大小も様々だ。
部屋の中央には、博物館などで見かける等身大の蝋人形をいくつか置いている。
今にも動き出しそうなお侍さんや、甲冑を着込んだ西洋の騎士など。ドラキュラ伯爵を思わせるあやしぃおじ様もいる。
「この部屋だと、スキルを持て余しちゃうわね。3レベルってやっぱり凄いもの」
「これが、4や5に成長したらと思うと……ホラーですよ」
操作(人形)のスキル効果は、読んで字のごとく。ただし、スキルレベルが上がると、一度に操作できる数が増え、個体の性能も上がる。かなり遠隔からも操作可能だ。
「そうだ、真冬さん。ダンジョンの一部を博物館みたいにしてはどうです? そこに数え切れないほどの人形を展示するのです。不用意に侵入した者たちは…………」
……侵入した者たちは、展示された数多の人形を興味深く楽しみながら順路の中ほどまで進む。
すると、突如として――――、
「いいね、それ。いっそのこと、ダンジョンの入口を博物館にしちゃいましょ。それを突破されちゃったら、次は地下ダンジョンパート。最後の砦に人形部屋だね」
人形たちに勝手に殺されてくれる侵入者。
私はここで紅茶でも飲みながら操作していれば、勝手に経験値が入ってくる。
ナイスアイデアだ。
一つ問題があるとすれば、MPの消費量が意外に多いということ。
こればっかりはレベルを上げなきゃどうにもならない。
「一ヶ月の間に、何かできることってないかしら? 経験値を稼ぎたいのだけど……」
「ポイントは掛かりますが、モンスターを召喚してそれを自らが倒しちゃうってのはどうです?」
「あー、なるほど」
すぐさまコアルームに戻り、召喚システムを開いた。
試しに、1ポイントで召喚できるモンスターをリストアップする。
ポイントの最低単位は1。その中で最も強そうなのは…………
「オークの番ってのが良さげだね。一挙に2匹だよ。リザードマンも強そうだけど」
「番ということは、繁殖もするのでしょう。試しに5組ほど召喚して、しばらくダンジョンに放ってみてはどうです? 餌になりそうな小動物は……ダンジョン作成からの扱いみたいですね」
メイソンの案を採用し、手はずを整える。モンスターもカスタマイズできるのだが、こいつらはただ私の経験値になるだけの存在。無駄なことはしない。
空間から生まれてくるオークどもに、地下ダンジョンへ移動するよう指示する。
カスタムを入れなくても、最低限、魔王の言うことには従うようだ。
人間を上から押し潰して、豚面にしたような醜悪な生物。豚面というよりは、二足歩行のブタそのものと表現した方が正確か。
餌となる小動物については、ダンジョンの意匠に「小動物が棲む陰湿な地下道」なりを指定するだけで、細かな設定は不要のようだ。
「繁殖にどのくらい時間が掛かるのか分かりませんが、数日もあれば増えるでしょう」
「種付けから出産までが数日なの?」
「まぁ…………これはほら、ゲームみたいなものですから」
「……ゲームね。そうかもね、そんな感じだわ」
何を対象にした、何のためのゲームかはさっぱり分からないが、この超常現象の数々は、そんな考えにしか終着しないわね。
「ちょっと強めの眷属を召喚して、練習台にしてみます?」
「眷属って仲間じゃないの?」
「ああ、そうでしたね。まぁ、使えそうなら生かして使えばいいじゃないですか。絶対服従を設定しておけばいいだけです」
ふーん。こいつも結構、良心が欠如したタイプだ。嫌いじゃないけどね。
※
召喚に必要なDP:現在 64pt
・名前:1号
・性別:男
・年齢:40歳前後
・体型:小柄/デブ
・容姿:醜悪
・道義:魔王への絶対服従/悪人
・性格:
コンプレックスの塊/女好き/ドS/恨みを忘れない
・特性:
・行動:手足の震え/窃盗癖
・身体能力:愚鈍
・知能:バカ/計画性がない
・知識:SM知識/拷問知識
・健康:糖尿病/痛風/水虫
・趣味:レイプ
・特技:亀甲縛り
・レベル:15
・スキル:
武器術(鞭)Lv1
属性攻撃(火)Lv1
強化(HP)Lv1
強化(耐久)Lv1
強化(精神)Lv1
合計:64pt使用します。
残りダンジョンpt:1368
※
てきとーに作ってみた。
一言で表すなら“人間のクズ”だね。
「アハハ! ねえねえ、こんなやつどう?」
「……真冬さんの好みのタイプですか?」
「それ、笑えないんだけど」
どうせサンドバックにするだけなのだ。普通の人間を痛め付けるより、汚物を片付ける方がスッキリ感を得られる。
ダンジョンコアの辺りに召喚される汚物――もとい、1号。
「……な、なんだここは!?」
「寄るな、化け物め」
自分で呼んでおいて、寄るなとは異な仰せである。それどころか、化け物にカスタマイズしたのも私だが。
「おまえら誰だ? おれは…………そうか、俺は魔王の眷属だ」
「そうだ。私がお前を召喚した。忠誠を誓え」
「…………分かった。なんでか分からないが、そうするべきだと感じる……くそっ」
絶対服従にしっくりこない様子だが、これは強制力なのだ。そのうち馴染むだろう。
「さて、お前には私の戦闘訓練に付き合ってもらう。さっそく部屋を移動しよう」
人形部屋へ移動し、訓練を開始すると、すぐに悲鳴が上がった。
「な、なにすんだよ!? おい、ちょ、ちょっと待て! 俺はお前さんの眷属だろ?」
「汚物だな」
私が動くまでもない。すっかり人形に取り囲まれ、ほとんど埋もれた男の姿は、ここからではよく見えない。
具体的に何が行われているのか分からない中、悲痛な叫び声だけが響き渡っている。
そして、断末魔の叫び――――、
「それなりにポイントも使いましたし、使い捨てはもったいないんじゃないですか?」
それもそうだと思い、操作を解く。人形たちはぴたりと動きを止め、飾り棚へと帰ってゆく。
後には、血塗れになってぐったりとしている汚物が転がっていた。どうみても死にかけだった。
「やっちゃった。メイソン、治癒って持ってなかったっけ?」
「持ってないですね……半蘇生Lv1なら持ってますけど。これは、死者を半分だけ生き返らせるスキルです。つまり、ゾンビとして生まれ変わってしまいます」
「対象が生きてちゃ、そのスキルは使えないのね」
「そうです。それでは治癒と変わりません」
「じゃ、トドメ刺しちゃうよ」
私はそう言って、汚物に歩み寄り、ハゲ頭を思い切り踏んづけた。レベル21の蹴りは頭蓋骨を容易く粉砕した。
汚物からごぽりと溢れだす汚物。
きもい。
「じゃ、後はよろしく。メイソン」