セイブ・ジ・グリーゼ
≪ミア・ロイド≫
拝啓。
おとうさん、お元気ですか? ミアはとっても元気です。お父さんに似て、体だけは頑丈だから。
あのね。
お父さんがクリアできなかった「セイブ・ジ・グリーゼ」っていうゲーム。廉価版が中古ゲームソフトの店に売ってたから、この間、つい買っちゃったの。新規のアカウント付きだよ。
なんかさ、発売当初は「こんな高いの誰も買えねーだろ」みたいな値段設定だったらしいけど、今は私のお小遣いでも全然、買えちゃった。
夏休みを利用して、がっつりハマっちゃうつもり。
それと、このゲームを作った“ポラリス”ってメーカーから、50年ぶりに新作が出たんだって。
このゲームは、だからもう50年近く前のタイトルってわけで、さすがにオンラインの運営とか終わってるかなぁと思ってたんだけれど、そんなことはなくて、ちゃんとゲーム世界に入ることが出来たの。
友達のシャリちゃんと一緒にいま、レベル30まで来たところ。
世界はほとんど崩壊しているし“勇者”とかそんな希望みたいなのもいないみたい。そもそもプレイヤーと出会うことがない。
まぁね。末期も通り越したようなゲームだもん。仕方がないか。
正直、かなりヤバい状況。とにかく、食べ物がないの。
それでも、モンスターも出てくるし、街の人とはめちゃくちゃリアルに会話もできる。
自分自身もなんか強い。すごく。
シャリちゃんと一緒に、日が暮れるまでレベル上げをして街に帰ったんだけどさ。もちろん、宿屋は泊めてくれるよ。
けど、晩ご飯はないんだって。魔王の勢力が強大すぎて、人類が糧を得る手段はもうほとんど残ってないんだとか。
宿屋のおばちゃんやその家族は、いわゆる“つくりもの”のはずなんだけど、なんか、妙にリアルで……。
「ウチが食べるだけで精一杯なのよ……本当にごめんね、食事は出せないの」
半分泣きながら言うもんだから、ゲームだって分かりながらも、それ以上、突っ込めなかった。
ゲームなのにね?
あまりにもお腹が減っちゃって、一回、現実世界に戻ろうかって話になったんだけど、戻るってことは“ゲームオーバー”ってことになるみたい。
次に始める時はまたレベル1からスタートなんだって。
せっかくレベル30まで上げたのに惜しいよね……。
だから、野山で野草や山菜を採ったり、釣りや狩りをしてみたり。倒したモンスターを焼いて食べたりもしたよ。
たくましくなっちゃった。自分でも思うよ、ホント。
※
「魔王は西の大陸にいるんだって。いく? ミア」
街外れの草原。ここから西に半日ほど歩けば港町があり、そこから魔王軍の本拠地である西の大陸へ渡れるらしい。
「ん……お腹ぺこぺこ……魔王なんかより、ごはん探しに行こう?」
ゲームがあまりにストイック過ぎて、魔王ってテンションになれないんだよね。
「さっき、大サソリの丸焼き、2匹も平らげたところじゃん?」
「人並みのごはんが食べたいのよ……」
ライスと味噌スープと、焼き魚が食べたい。カレーライスとかラーメンとか、あるじゃん、色々。
サソリはないよね……健全な十代の女子がオンラインゲームして、毎食、雑草とサソリって……、
「シャリちゃん。ウチらの青春、こんなんでいいのかな?」
「こらこら。ゲームに誘ったのはミアの方じゃない」
「そ、それはそうだけど……」
「――帰ろっか。なんかリアル過ぎてゲームって感じしないしさ。プレイヤーだって、あたしたち以外にたぶん数人しかいないんじゃないの?」
このオンラインゲームは、オープンからこっち、未だ、誰一人としてクリアしたことがないそうだ。
伝説のクソゲーって言われてたりもする。
オープン当初、世界は魔王の影に怯えながらも、まだまだ平和で。
高価なゲームだとはいえ、それなりには賑わっていただろうし、やり込み尽くした廃人プレイヤーだって何人かはいたはずだ。
なのに未だにクリアされていない理由は――――
「あまりにも強すぎる魔王に、50年間、誰も太刀打ちできなかったって話だよ。最近始めたあたしたちにどうにかできるわけないじゃない」
だよねぇ。
でも、そこまで強い魔王って、ゲームバランス的には失敗だよ? 製作者だか運営者だかは調整を入れたりしなかったんだろうか。
プレイヤーが倒すのを諦めちゃうほどの強さって、ゲームとしてどうかと思う。
やりたい放題の魔王軍の下、世界は再起不能なまでに荒廃しちゃってるし。
私と対称的にすらりと背が高くてモデル体型のシャリちゃんは、足組みをして爪先でコンコンと地面を叩きながら、タブレットを操作している。
幼さを残しつつも、キリッとつり目の美人だ。
かたや、幼児体型を一歩抜け出したばかりの私は、ほんわか系……かな? 隣に並ぶと姉妹みたいになっちゃう。むぅ。
「でも、残念だけどシャリちゃんの言う通りかな……魔王なんて倒せるわけないよね。それなりに楽しんだし、そろそろ帰ろっかぁ。現実世界に」
多少の落胆を含んだ顔でシャリちゃんを見上げると、なぜだかもっと落胆した様子のシャリちゃん。
急にどうしたのかな。
「どうしたの?」
「…………どうしよう。帰り方、わかんないかも……」
え?
帰り方が分からない?
「冒険者ギルドで帰還手続きをすればいいんじゃないの?」
「う、うん……でもさ。今までにあたしたちが立ち寄った街に、冒険者ギルドなんてあった?」
そういえば、そんな施設を見た覚えはないかもしれない。
私たちがスタート地点として選んだ、始まりの街の、始まりの神殿の付近にさえも、それらしい施設はなかったはずだ。
よくよく思い出してみると、それどころか、ゲームに関することを説明してくれるキャラクター自体が皆無である。
「シャリちゃん、これってさ。本当にゲームなのかな……?」
そこはかとない不安がよぎる。
「明らかに、あたしたちが持っているはずのない力を持ってるし、レベルなんて非現実な数値がタブレットに表示されてる。いるはずのないモンスターがいるし、倒したら消えるんだよ。ゲームには違いないよ」
確かに、その辺りはゲームだ。現実世界ではあり得ない。
ただ、なんといったらいいんだろう。オンラインゲームなのに“運営”されている気配が全くない気はする。
ただ単に、魔王のいる世界に迷いこんだだけ、という感じ。
「とにかく一度、街に戻ろう」
気を取り直してとはとてもいかないけど、重々しく口を開くシャリちゃんにうなずき、街へ向けてきびすを返した。
※
街は広い。ゲームのようにアイコン化されたものではないし、封建制度下の城下町のように、外郭がきちんと定まっているわけでもない。
およそどこまでも街なのだ。
ハリボテの3D空間なんかではない、質量と性質を備えたリアルすぎる四次元時空。
往来を行き交う人々も、家で寝ている人々も“事実”そこに存在し、日々の生活を営んでいる。
ゲームねぇ。
これだけのオープンワールドを形成するには、どれだけの情報量が必要なんだろう。想像もできないんだけれど。
「シャリちゃん、こっちは全く、手がかりなしだよ……始まりの神殿の周りや、王宮へ続くメインストリートも見て回ったんだけど」
待ち合わせの街門前でシャリちゃんを迎える。
「こっちもダメ。タブレットの情報では、この街にも冒険者ギルドはあるはずなんだけど……」
ずいぶんと焦燥した顔でシャリちゃんがいう。
もしギルドが見つからなかったら、現実世界に帰れないんだもん、当然か。
私の方が危機感、薄すぎるのかな……。
二人でその場に立ち尽くして、う~んう~んと唸っていると、
「お前たち、もしかして冒険者――――いや、プレイヤーじゃないのか?」
ちょうど門を通りすぎようとした、鋭い目付きの女が歩みを止め、声をかけてきた。
黒い瞳に、短く切り揃えた黒髪。歳格好は二十代後半ほどの冒険者である。
線の細い長身に、露出の多い軽装鎧をまとっていて、背中に巨大な両手剣をくくっている。
「そ、そうです! あ、あなたもプレイヤーなんですか?」
すがるような気持ちで返事を返す。
「そうだが……不思議だな。まるで、お前たちはゲーム初心者のように見えるが……」
目を細めて、いぶかしむような口調でいう。
最初は気付かなかったが、その華奢な肉体はよく引き締まっており、私たちを見下ろす眼光は刺すように鋭い。歴戦の勇士を思わす貫禄が物腰からも滲み出ていた。
「まだ、始めてから2週間ほどなんです。それで、そろそろ帰ろうかなぁ……なんて思って、冒険者ギルドを探していたところでして……」
普段は冷静なシャリちゃんが、言葉尻をにごしながら答える。
だって、この人、威圧感バリバリだもん。仕方がないよね。
「……なにを言ってる? 冒険者ギルドなんてあるわけないだろう。運営はとっくの昔にゲームから撤退しているんだぞ。一部のシステムが未だ、勝手に働いているだけだ」
「え、えっと……?」
「セイブ・ジ・グリーゼは、もう、サービス終了したオンラインゲームだ、と言ってるんだがな」
――――やっぱりそうなんだ。それは薄々感じていたことだ。ただ、それによる弊害って部分にピンと来ていないんだよね……。
つまり現状は、オープンワールドという、ゲームの舞台となる“箱庭”と、運営の強制力を外れたノンプレイキャラクター、魔王、モンスターだけが残されたゲームということ。
シャリちゃんと困惑した顔を見合わせていると、
「……どうやら本当に初心者のようだな。やれやれ。ここ30年ほど新規プレイヤーを見ることもなかったからな。ポラリスどもは、きちんと新規アカウントの流出を取り締まっているのかと安心していたが……」
「中古ゲームショップに普通に売ってましたけど……」
「……あきれた」
戦士風の女性は、目頭のあたりを指で押さえつつ、やれやれという風に首を振ってみせる。
っていうか、ここ30年ほどってどういうことだろう? まさか30年間もこの世界でゲームプレイ継続中ってわけでもないだろう。それにどう見たって三十路前だ。
「考えてもみろ。ゲーム進行に関する施設や仕組みはほとんど失われているんだ。始めたはいいが二度と現実世界に帰ることもできないゲームだぞ。買う方の無知も問題だが、売る方の罪は重大だ」
「……あの、もしかして本当に、帰れないんでしょうか?」
「残念だが、帰れないな」
「ってことは、つまり……どういうことになるんでしょうか?」
「ここで死ぬまで暮らすしかなかろう」
「……い、いやよっ!? そんなのバカげてるわ。こんな荒廃した世界でこれから生きていけっていうの? 一生!? あたしたち、ただ、ゲームをプレイしただけなのよ!」
顔を蒼白にして取り乱したシャリちゃんが、女戦士に詰め寄る。
「シャ、シャリちゃん……っ」
「おいおい、私に言われても困るぞ。まぁ、同情はするが…………ん?」
そっけなく答える女戦士が、急に何かを思い付いたように手を叩いた。
「帰れる方法が一つだけあった――――魔王を倒せばいいんだよ。そうすればハッピーエンドでゲームクリアだ。晴れて全プレイヤーが現実に帰還できる」
「そんなことっ! できるわけ、ないじゃない……」
「お前たちだけでは無理だろう。だが、魔王討伐は私たちの目的でもあるからな。指をくわえて見ているだけなら、私たちに協力しておけ。わずかでも戦力になる」
女戦士は、私たちの答えを聞く間もなく「ついてこい」と促し、再び先へ歩き始めた。
「あっ、ちょ……」
その場で固まってしまっているシャリちゃんの手を引き、急いで後を追いかける。
シャリちゃんの気持ちはすごく分かるけど、選択肢なんてないんだもん。冒険者ギルドがないと明言された以上、魔王を倒す以外になす術がないのだから。
むしろ、ここでこの女性と出会えたことこそラッキーと考えるべきだ。
この人“たち”はたぶん、かなり強い。もしかしたら本当に魔王を倒してしまいそうなぐらい。
根拠なんてない想像なんだけれども――――。
※
女戦士の後に続いて、メインストリートから路地へ入る。
メインストリートといっても、そもそも開いている店の方が少ないし、軒先を飾り立てるような店舗もなく、色みのないファサードだ。
必要最低限の外出しかしないであろう街人がまばらに歩いているだけで、基本的に閑散としている。
それもそうだろう。絶対的な支配者である魔王に怯える毎日の中、ゲームが終了したことで討伐隊や勇者なんていう希望すらもないのだから。
路地裏はさらに悲惨だった。
何人もの人が路肩に横たわり、血を流し、明らかに死んでいる者もいる。体から流出した血だまりがどす黒く変色し、路面で凝固している。
冥福を祈るよりも先に、思わず鼻をつまんでしまう。
ゲームなどとはとても思えないリアルな死に様。ゲーム製作者の悪趣味を疑うよりは、違和感の方がはるかに強い。
裏通りを抜け、居住区域へと足を踏み入れる。
積年の雨風でずいぶんと風化した平屋建ての民家が建ち並ぶ中、廃ビルを改装して人が居住している様子もあった。
民家間の空き地には、自動車や機械のスクラップが山積みにされており、民家から民家へ万国旗のように吊るされた洗濯物が、ひらひらと棚引いている。雑多とした集落。
一言で表すならば、スラムだ。
そんな中に、一際大きく、いびつな建造物があった。
新築当初は二階建て程度の長屋だったと思われるが、増築に増築を重ね、巨大な集合住宅と化した耐震強度マイナス10といった佇まい。
「ここが私たちのアジトだ。早く入れ」
女戦士が足を止めていう。
そして、建物に立て掛けただけのような鉄骨階段を、カンカンカンと上がっていった。
すると、ちょうど階段を下りようと上からやって来た若い男が、
「レジーナさん、お帰りなさい。つい先ほど、レイトールさんとオットーも戻ったところですよ」
二十歳ぐらいの小柄な男性である。見た目はイケメンというより可愛いといった印象で、おっとりとした雰囲気を感じさせる。
特に武装はしておらず、簡素な街着姿だ。
「そうか、ちょうど良かった。皆に紹介したい者たちがいてな、タケルも一度、部屋に戻ってくれないか?」
レジーナと呼ばれた女戦士が、私たちを紹介するように振り向いた。
「彼女たちですか……? 分かりました。水をくんだらすぐに戻りますよ」
タケルと呼ばれた若い男はそう言うと、手に持ったバケツをかかげ、階段を下りてきた。
すれ違い様にふっと微笑し、会釈をくれる。
「ど、どうも……」ぎこちなく応えるシャリちゃん。
ゲームに誘ったのは私だし……やっぱり、責任感じちゃうよね……。
※
レジーナに案内された部屋に入ると、中は意外と広く、外観とかなりギャップのある小綺麗な大部屋だった。
玄関ホールと居室を兼ねた部屋にキッチンも備わっている。
部屋の中央に置かれたダイニングテーブルには、二人の男が座っていた。
「おう、レジーナ。奴らの動きはどうだ?」
レジーナに気がついた大柄な男が、コーヒーカップを片手に声を掛けてきた。
おとうさんと同じくらい大きくたくましい体格に、カンフー服のような装束をまとった壮年の男性。
雰囲気もどことなく近いものを感じる。
「……どうもこうもない。当分、西の大陸から出てくるつもりはないんじゃないか? 眷属とモンスターどもを使って、じわじわと世界をいたぶって楽しんでるんだろうよ」
レジーナが武装を解きながら答える。
「……動きはなしか。やはり、 こっちから攻め込むしかなさそうだな」
「ところでさ、レジーナ。その娘たち、だれ?」
壮年の男性の隣でカップをすする三十歳前後の男が、興味津々といった風に私たちに目を向ける。
全身に着こんだゆったりとした漆黒のローブに、腰まで伸ばした黒髪がほとんど同化している。
端正に整った顔立ちに、若干のいやらしさを含んだ目つき。正直、ちょっとチャラい感じ。
「ああ。こいつらは新規プレイヤーだ。現実世界に戻れなくてテンパってるところを保護した」
レジーナが言った。
「新規プレイヤーだって!?」
驚いたように顔を見合わせる男性二人。
「ゲームのアカウントが、いまだに配布されてるってのか?」
壮年の男性が訊く。
「いや……たまたま流出しただけだと思いたいが……」
すると、チャラい男がすっくと立ち上がり、私とシャリちゃんの前にやって来た。
間近に立たれ、思ったより背が高いことに驚いた。
軽く腰を落として私たちに目線を合わせると、
「災難だったね……でも、もう心配いらない。これからは俺が守ってやるからさ」
甘い台詞をさらっと言ってのけ、はにかむような笑顔を見せた。
その時、水汲みから帰ってきたタケルが、
「またそんな適当なこと言って……お二人さん、気を付けて下さいね? 彼は生来のナンパ師です。女性なら6歳から60歳まで見境ありません」
「失礼だな、タケル。70でも、80でも女性には優しく接する。それが俺のポリシーさ」
胸を張って言うようなことではないと思うけど……って、シャリちゃん、なんか、ぽーっとして頬を赤らめちゃってるじゃん!?
「俺はオットー・ノーヴァ。プレイヤーだよ。ポジションは魔法使いって所かな。よろしくね」
チャラ男あらため、魔法使いのオットーさんが、片手を胸に当ててお辞儀をする。
それに続き、
「そういえば名乗ってなかったか? 私はレジーナ・セシーナ。戦士だ。よろしくな、新規プレイヤーさん」
「タケル・クロガネと申します。このパーティでは最年少で、プレイ期間も短いんです。一緒に頑張りましょうね」
「俺は……レイトール・ゴールド。β版から居座ってる老害だ。レベルは383。打倒魔王だぜ、お嬢ちゃんたち」
レベル383!? 聞き間違い?
「レイトールは、歴代で最強のプレイヤーだ。それでも魔王に勝てるかどうか分からん。私たちも全員200超えなんだがな」
レジーナの補足に、
「16年前に魔王と対峙した時は、俺も“アイツ”もレベル200そこそこだったからな。今なら勝てる自信はあるぜ」
アイツって誰だろう? 他にも仲間がいるのかな。
ていうか、そんなレベルでも倒せない魔王に挑もうとしてたのね、私たち……。
「あ、あの。あたしはシャリです。シャリ・クレーべです。お見知りおきを……」
そうだった。まだ自己紹介が済んでいないや。
「私はミア・ロイドです。なんとなくゲームを始めたら帰れなくなっちゃって……でも、皆さんと出会えて良かったです。とてもお役に立てそうにはありませんが……よろしくお願いしますっ」
がばっと頭を下げて、戻すと、皆が何やら怪訝そうな顔をしていた。
?
「ミア…………ロイド、だと? いや、まさかな」
「彼の遺伝子から、こんな可愛らしい……いやいや、あり得ませんね」
「お嬢ちゃん、親父の名前を教えてくれないか?」
「えっ、おとうさんですか? ドリエル……ですけど。あっ、おとうさんも昔、このゲームをやってたらしいです。もしかして会ったことあります?」
「マジかよ、本当にアイツの娘か!」
驚いた顔のレイトールさんが立ち上がり、私の顔をまじまじと見てくる。
レジーナたちも同様に、まるで信じられないものとばかりに私に注目する。
「えっと……」
「……すまない。あまりに突拍子もない偶然に遭遇してしまって、少々驚いてしまった。しかし、そうか。彼はいまどこへ?」
レジーナが訊く。
「分かりません……おとうさんは仕事でほとんど家にいないから。一ヶ月ほど前に家を出て、それっきり会ってないんです」
「一ヶ月ほど前……なるほどな。次に行ったってわけか」
「次?」
「……ミア。お前の父さんは、大きな使命を背負っている。その使命に私たちも協力したいと考えているんだ」
答えになっていないことを語り始めるレジーナに、被せるように、
「俺らはアイツに、この星の未来を託された。きちっと仕舞いをつけなきゃ終われないし、アイツの後を追いかけるわけにもいかない。だが、いつになるか分からないのも事実でな……もしかしたら全滅して、一から出直しって可能性もある」
レイトールが話を続ける。
「そんな俺らに付き合うより、嬢ちゃん……アイツの所に行ってやんな」
おとうさんのところへ?
「で、でも……よく分からないけど、魔王を倒さなきゃ戻れないんでしょ? おとうさんが何処にいるかだって分からないし」
「実は、ゲームから強制的に離脱させる魔法ってのがあってな。嬢ちゃんたちの素性も分からないから、出し惜しみしてしまっていた。悪かったな」
えっ!?
「か、か、帰れるんですか!?」
急に目が覚めたように、話に食いつくシャリちゃん。
レイトールさんが、オットーさんに目配せをする。
確かにそんな魔法を使えるとしたら、魔法使いのオットーさんだろう。
「…………うーん、気が進まないけどなぁ。ま、でも仕方がないか。じゃあいくよ――――」
目をつむり、両腕を開いたオットーさんが、小さく呪文の言葉を唱え始める。
いきなりの急展開。
シャリちゃんはどうだか分からないけど、私はここで、この人たちと一緒に世界を救おうって。もう覚悟を決めていたのに。
「あの、私は――――」
「先にドリエルさんの元へ。僕たちも、この世界のカタが付いたら追いかけますから」
タケルさんが言った。
私がいたところで、戦力になるはずもないのは分かってる。
せっかく現実世界に帰れるってチャンスを作ってくれたんだから、受け入れなければ失礼かな、やっぱり。
私にとってこの世界は娯楽の対象だった。だけど、この人たちは何か違う。使命感をもってゲームクリアを目指しているのだ。
本気で、この作られたオープンワールドを救おうとしているみたい。
そんなことをいうと滑稽にも聞こえるけど、そんな感じでもない。
先におとうさんのところへ行けって……やっぱり、意味が分かんないや。
「お前の親父さんは“地球”にいるはずだ。地球をこの星のようにするんじゃねえぞ」
地球…………まさか?
新作のオンラインゲーム、セイブ・ジ・アース――――?
「よし、じゃあ魔法を掛けるよ。目をつむって楽にしててね」
オットーさんが開いた両腕の中央に、ブラックホールのように黒く渦巻いた気が集中している。
シャリちゃんが目をつむる。
私も、そうした。
「永久に眠れ――――デス・クラウド!」
デス…………クラウド…………?
「――――すぐに駆けつけるから待ってろ――――アイツにもそう伝えてくれ――――」
意識が薄れてゆく。
隣でシャリちゃんが床に倒れ込んだ。
天井がぐわんぐわんと回って――――私もまた、その場に崩れ落ちた。
ああ、そうか。
オットーさん。私たちを“殺して”くれたんだ。
ゲーム内で死んでしまった場合はゲームオーバーとなり、現実世界に帰還します――――って。
なんとも単純な方法だ。
さてと。おとうさんでも探しに行こうかな。
っていうか、新作ゲームって確か、何億円とかしてなかったっけ?
うーん……無理じゃん……。
まあ、とりあえず。家に帰ってご飯食べてから考えよう。