アシスタント(全裸)
――――痛っ。
後頭部に鈍い痛みがはしる。全身が怠くて重い。どうやら俺は、うずくまるような体勢で地面に倒れているようだ。意識はあるが目が開かない。
いや……もしかしたら目は開いているんだけれど、周りが真っ暗で何も見えないってだけかもしれない。
手足は動くみたいなので、指でまぶたを触ってみると、
「いてっ!」
上手く狙いが定まらず、指で眼球を突いてしまった。どうやら後者が正解である。
冷たいフロアの感触。とりあえず地面はあるようだが、それ以外は真っ暗闇があるばかり。起き上がって手をバタバタと振り回してみても、手掛かりには当たらない。
夢かとも思いつつ頬をつねってみたが普通に痛い。そういえば、さっき眼球を突いたときも痛かったし、なんならまだ目がしぱしぱしている。
うーむ。
夢じゃないなら、この状況はいったい何だろうか。どこかに閉じ込められたのか。だとすれば、誰が、いつ、どんな目的で俺を…………って、そういえば俺って誰だっけ。
俺は――――そう。葉山隼人だ。岡山のボロアパートで独り暮らしをしている社会人一年生の22歳。
直近の記憶をたどってみる。
確か、仕事を終えて帰宅し、洗濯物を取り込みにベランダへ出たんだ。そしたら夜空が綺麗で、そのあと太郎から電話が掛かってきて、そのあと北極星が…………地球に衝突、して。
死んだ。
おいおいおい、そういえば死んだんだっけ、俺?
死の瞬間の記憶は定かではないけど、あの状況から生還できたとも思えない。そもそも、死の瞬間の記憶なんてそんなもの持ち合わせていたところで使い途はないはずだし、ていうか、何を意味不明なこと考えてるんだか、俺は。
『――――おはようございます』
ん?
『ご機嫌いかがでしょうか? 魔王の皆さま』
どこからか若い女の声が聞こえてきた。
マオウ……がなんだって?
『さて、魔王に選ばれた99名の皆さまには、今から世界征服を企てていただきます。悪の限りを尽くし、世界を恐怖のどん底に落してやってくださいませ』
マオウって、魔王? とりあえず現状が把握できなさすぎるのだけど、およそ尋常とは思えない台詞である。
そもそも、皆さまって誰に向かって喋ってるんだろ? ここには俺の他に誰かいるのだろうか?
『申し遅れましたが、私の名はグリーゼ。以後お見知りおきを。それから、皆さまとは、この声が聞こえている99名の方々です』
つまり、この声が聞こえている俺は魔王ってことだ。なるほどなるほど――――つまり、夢だ。
『残念ながら夢ではございません。いえ、残念というよりはむしろ幸運かと存じますが、ここは現実で、皆さまは生きています。そして、魔王として生まれ変わりました。これ以上の詳細はリアリティを損なうことに繋がりますので、お伝えできませんが』
にわかに信じがたい話である。
北極星と思われる星の衝突で地球――少なくとも日本――は滅亡したかに思えたが、環境はどうであれ、俺は生きのびたということ。
そして、99名の内の1人に選ばれて魔王になった。魔王とやらが何者かは分からないが、魔王なんだから、悪魔みたいな存在だろう。なにせこれから悪の限りを尽くして世界征服しろってぐらいだ。
『皆さま、突然に突き付けられたこの現状に頭の整理が追い付いていないことでしょう。しかし、難しいことは何もありません。魔王としてダンジョンを造り、冒険者を殺し、勇者を倒し、ライバルを蹴散らし、人々をさらい、犯し、虐殺し、世界を支配すれば良いのです』
…………。
つまり、極悪人になってやりたい放題やれってことだ。
いや、俺は別に聖人君子ってわけじゃないけれど、好き好んで悪事を働けるようなタマでもない。だいたいそんな大それたことができるような力も持ち合わせてない。これって決定事項なんだろうか? 強制的?
『これは強制ではありません。何もしないのであれば、何もしなくて結構です。ただし、魔王は世の人々にとって忌むべき存在ですから、当然、討伐対象にされます。また、魔王同士はライバル関係となりますので、いつかは攻撃されることになるでしょう。生き残るには強くなることが必須…………ではあります』
若い女は淡々と言葉を重ねてゆくが、それが生身の人間である俺に向けられた台詞だと考えれば、考えるほどにシュール過ぎる。こんなものをすんなりと受け入れられる精神回路は持っていない。
まるで、そう。ゲームの取り扱い説明を受けているようだ。
『これから皆さまには、魔王たる“力”が与えられます。さらに皆さまの居城となるダンジョンを作るためのポイント“ダンジョンPt”が1000ポイント付与されます。こちらは今後、非常に重要なファクターとなりますが、まずは慣れることから始めてください』
力をくれるそうだ。ダンジョンを造るためにポイントもくれるらしい。ていうか、ゲームそのものじゃないか…………これは、アレだ。
異世界で魔王になってダンジョン経営!
――――みたいなパターンのやつだ。携帯小説とかで流行ってるアレ。
『私からの説明は以上となります。その他の詳細につきましてはアシスタントにおたずねください。ダンジョン解放は一ヶ月後です…………それでは皆さま、良いダンジョンライフを』
…………話は終わったようである。
なんとも一方的な内容だったが、夢じゃないのならば、今後、身の振りをどうすればよいのかちょっと検討がつかない。
ダンジョン経営モノに巻き込まれたにしても、俺の知ってる感じと違う。そもそも、魔王の数が多すぎるし、なんというかオンリーワン感が皆無だ。君は主人公じゃなくてただのモブだよって感じ。まぁ、要するにそういうことなのか?
なんだかなぁ。
しばらくの間、そんなことを考えながら、相変わらずの真っ暗闇の中で立ち尽くしていた俺は、話は終わったのだから、せめて周りが明るくなるってぐらいの演出を期待していたのだが、まさかの放置プレイが続いている。
なにも見えない。
魔王になって世界征服しろってのも難題だけど、その前にこれどうしろってんだ? すでに詰んでますやん…………。
「あーあーあー」
やみくもに声を上げてみても、どこかに反射する様子もない。とりあえず、何かに当たるまで進んでみよう。
両手を前に突き出して、へっぴり腰な姿勢を保ちつつ前進する。
すると、十歩ほど歩いたところで、指先に何かが触れたような気がした。即座に歩みを止めて指先に神経を集中する。
慎重に手元をまさぐってみると、腰ほどの高さに、机のエッジらしき感触を見つけることができた。
一瞬、そこはかとない喜びがわくが、何が起こってもおかしくはないのだ。はやる気持ちを押さえつけてそのディティールを探ってゆく。
それは確かに机のようで、50センチ角ほどの天板があるが、脚はない。銅像かなにかの台座のような形状。全体的に石造りと思われる硬質さがある。台座の側面には細かい紋様が彫り込まれており、それなりに意匠的な代物だと思えた。
台座の上に手を伸ばしてみる。
――――カチャカチャカチャ。
「ひょおっ!?」
びっくりしすぎて、思わずへんな声が出てしまった。予想だにしていなかった感触。
パソコンのキーボード、だよな……今の。
一応、俺も現代人なわけで、あの感触には馴染みがある。もう一度さわってみる。胸の幅ほどの長方形型ケースの上に、規則正しく並んだキーの突起。間違いなさそうだ。
うーむ。
普通に考えてこのキーボードが“キー”に違いない。違和感は抜群だし、怪しさも満点だが、現状を打開するにはこれを操作するしかないという気がした。どこかに起動スイッチがあるはずだ。
手当たり次第に台座をまさぐってみる。スイッチらしきものには探り当たらないが、天板のふちの辺りに手を滑らせていると、ふと、違和感がよぎった。
違和感の正体を探る必要はないようだ。
その瞬間、前方の空間に、発光するスクリーン――――画面、が浮かび上がったのである。
これには正直、驚いた。
何もない空間に、電子画面が形成されているのだ。何かに反射するでもなく、何か透明に近い筐体があるわけでもない。正確な四角形の画面には文字が並んでおり、偶然に発生したプラズマ現象などではない、科学的な業であった。
光源を得たことで、周囲の光景が輪郭を現す。
目の前には予想通りの形状をした台座があり、その上にはキーボードが置いてある。なんの変てつもないキーボードは、どうやらコードレスのようだ。前面の空間にはどこからか投影された電子画面が浮かんでいて、しかし、辺りが真っ暗闇だということに変わりはない。
そして、確かに存在しているはずの床だが、一切の光を反射することなく、真っ黒なのである。
まるで、宇宙空間に台座とモニターが浮かんでいるような不思議な光景だ。
そして、自身の姿が確認できたことで、心なしかほっとしている俺。
さて、画面に目をやるとずらりと文字が並んでいて、幸いなことにそれは日本語で書かれているようだ。
※
◆魔王#99――葉山隼人
◆ダンジョンLv――未作成
◆ダンジョンPt――4990
《Lucky!!》3990pt上昇
◆称号――なし
◆拠点――未設定
・タイムボーナスを獲得しました。
・アシスタントを設定して下さい。
・初期設定を行って下さい。
※
一気にゲームっぽくなってきた。
思いとは裏腹に弾んでしまう心を、無理矢理におさえる。これから始まるであろうデスゲームとも予想される日々は、憂鬱でこそあれ、楽しいなんてものじゃない、はずだ。
とりあえず、画面の内容について考察してみる。
まず、魔王#99という表記。グリーゼとかいう女は、99名の魔王と言っていた。つまり俺は、ギリギリ魔王に選ばれた、滑り込み魔王ってこと?
まぁ。些細なことだ。気にしないでおこう。
次に、ダンジョンポイントとやらが、4990Ptもある件。グリーゼは、最初に1000Ptを与えると言っていたはず。
なぜ5倍近くも増えたのかというと、おそらく下に表示されている“タイムボーナス”によるものだろう。何のことかは分からないが、嬉しすぎるボーナスと考えていいだろう。
そして、グリーゼも言っていた“アシスタント”の設定だ。アシスタントというからには、質問すれば答えてくれる頼れる存在である。正直、いま最も求められる存在といって過言ではない。
項目にカーソルを合わせ、クリック。
※
アシスタントのタイプを選択して下さい――
・戦闘特化
・頭脳特化
・いやし特化
・バランス型
※
画面に選択肢が表示される。どうやら、ある程度こちらの趣向が反映されるようだ。しかし、アシスタントだよなぁ? 頭脳やいやしはまだ理解できるが、戦闘特化ってなんだ。戦闘にも使えるってことだろうけど、アシスタントがそんなものに“特化”されても困るだろ。
いやしは捨てがたい。殺伐とした日常に必要な要素だ。が、特化されてもこれまた困る。求めてのいるものは的確なアドバイスなのだ。
となれば、頭脳特化がベストと考えられるが、不安は残る。なにせ特化なのだから、超合理的かつ冷酷、無慈悲というイメージがぬぐえない。人格が破綻していてもおかしくはないし。
人なのかどうかは、まだ定かではないのだが。
そうなると残るはバランス型だ。まぁ、無難だわな。
『バランス型』を選択しておこう。
※
――性別を選択して下さい。
・男性
・女性
・ニュートラル
※
ニュートラルってなんだよ!?
とりあえず除外だ。
さて、男性か女性かと問われれば、ここは男性一択であろう。何故ならこの後、年齢やルックスなどを選択できるかどうか確証がないのだから。
才色兼備で性格が良い娘が登場するとも限らないだろうし、まかり間違って幼女や老婆に登場された日には、どう接していいか分からない。
自分とタイプの合わない異性のパートナーってのは、付き合いが難しい気がする。
その点、男性であれば、どんなタイプであってもそれなりにしっくりとくる。
少年であれば弟のような、青年であれば友人のような、壮年であれば先生のような、老年であれば執事のような…………考えすぎか? まぁ、いいや。
『男性』をポチっと。
※
――――転送中。
――――
――――完了しました。
※
画面の横の辺りに、一瞬、小さな放電線がはしった。
目を凝らして見ていると、周囲の空間に無数の“点”が現れ始めた。点は次第に増えてゆく。
それは、空間がだんだんと汚れていくような奇妙な現象であったが、しばらくすると、その点の一つ一つが、まるで、コンピュータグラフィックスの“ドット”のように空間を着色してゆき――――人型を形成しつつあるのだと気が付いた。
約30秒後。
そこには、おっさんがいた。
ボサボサの長髪に無精ひげ。彫り深く、浅黒いワイルドな顔面が、190センチはあろう鍛えられた肉体美に乗っかっている。
年の頃は40代半ばといったところか。
そして、全裸だ。
おっさんは獲物を捕捉するかのごとく鋭い眼光を俺に向けている。
や、やばいもん呼んじまったよ、おい……。
「あのー、アシスタントの方ですよね?」
おっさんは少しあごを上げ、見下すような目付きで、
「そうだ。オマエがオレの主か?」
ドスの効いた重低音。
こぇえよ!
完全に戦闘特化じゃないか。頭悪そうだし。いやし要素なんて、いったいどこにあるのか、小一時間問い詰めたい気分だ。
「そういうことになると思うんですが……あの、あなたはバランス型なんですよね……?」
「なんだそれは?」
「あ、いや、バランス型のアシスタントを選んだら、あなたが登場したものですから……」
「ほう。不満があるのか?」
そんな、凄まなくても……あわてて取り繕っておく。
「いやいやいや、なんか強そうだなぁ、なんて思いまして」
「当たり前だ」
「ですよねー……」
要領を得ない問答。なんとも居心地が悪い。
「ふん。どうせオレをただの脳筋とでも思っているんだろう? 心配するな、頭もキレる」
意外な台詞だった。話せば話せるのか?
「しかし、ずいぶんとひょろい若僧だな。魔王などとても務まりそうにないが……オマエ、人を殺したことあるのか?」
「人を? あるわけないじゃないですか!」
「ほう。じゃあ何をした? 魔王に選ばれるのは基本的に凶悪犯罪者だと聞いているが」
魔王に選ばれるのは犯罪者?
そりゃそうだ。どう考えてもその方が適任である。そんな中になぜ俺みたいなのが入ってるのか、はなはだ疑問だ。
俺が押し黙っていると、おっさんはあごに指を絡ませながら、
「まさか、善良な一般市民ってやつなのか? ふむ…………イレギュラーというわけか、なるほど。オレにとっては悪い話じゃぁない、か」
ひとりごちるように言うと、にやりと口元をゆるめた。
こ、ここへ来て、まさかのいやし要素キター!!
しかし、言葉の意味はよく分からない。
「悪い話じゃないって、どういう意味なんでしょうか……?」
「そうだな……オレはたいして悪人じゃないってことだろう。悪党共のアシスタントなんてさせられるより、オマエみたいなのに付き合ってた方が気楽だからな」
強面のいかついおっさんは、意外にも話せる人物のようだった。第一印象はドン引きだったが、ひとまず安心して良さそうである。
全裸だが。
「なんか、ほっとしました……今後ともよろしくお願いします。えっと……」
「ドリエルだ、主よ。こちらこそよろしく頼む」
主従の意を表したドリエルは、こちらに歩み寄り、画面を覗き込んだ。
「……ほう。早々にコアを見つけたらしい。これは大したものだ」
「コア?」
「ああ。コアってのはこれだ」
指でこんこんと台座を叩く。
「ダンジョンコア――ダンジョンの中枢機能だ」
うーん。
ダンジョンってのが、まだピンとこないんだよな。そもそもこの宇宙空間みたいな場所はなんなのか。
とりあえず現状の俺の立ち位置がせめてもう少し分からないことには、いつまでたっても何もかもがあやふやなままだ。
そうそう、こんな時こそアシスタントに聞けばいいんだっけ。
「ここは……時空間の隙間だ。時間軸方向に連続して伸びる金太郎アメみたいな三次元空間を、ズバッと斬った“0秒の空間”とでも言えば解りやすいか。まぁ、地球人であるオマエには理解できんか」
なるほど。理解するだけ無駄ってことを理解しろって言いたいようだ。
そこからのドリエルの説明を要約してみる。
まず驚いたことに、地球は滅亡したわけではなく、何のダメージも受けていないらしい。そして、魔王に選ばれた俺たちを除いて、人類は今から約一ヶ月間“停止”しているとのこと。この辺りの説明は全くもって意味不明だったので、今は考えるだけ無駄っぽい。
ただし、時間停止しているのは地球上の知的生命体だけで、それ以外の動植物、自然環境といった、つまり絶対的な時間軸は通常通りに刻まれてゆく。
俺たち魔王は、一ヶ月の間にダンジョンと呼ばれる各々(おのおの)の居城を作らなければならない。一ヶ月後の始まりの日、地球上に一斉にその姿を現すダンジョン。その異様は想像に難くない。
だって、時間の止まった人々が目覚める一ヶ月後は、その人にとっては“次の瞬間”ってことだしね。
99人の魔王のために全人類の時間を止め、一ヶ月もの準備期間をくれるって話はいまだに理解不能である。
まぁ、拠点を決めて初期設定を終えた時点で、ちゃんと地球上の視界が開けるらしいので、今のところは一安心しとこう。
とにかく、魔王たちはまず全員、この空間に放り出された。
暗闇の中でダンジョンコアを見つけるという“ミニゲーム”のクリアタイムの優劣で、手持ちのダンジョンPtに差をつけた。造れるダンジョンの規模や難易度にばらつきを持たしたいという意図によるものだとか。
なんのために?
「難攻不落のダンジョンばっかりじゃあ、人類は魔王を倒そうなんて思わなくなっちまうだろ。そうなると面白くねぇわけだ。まずは低ランクのダンジョンをクリアさせ、モチベーションを上げ、勇者を育て、ワンランク上のダンジョンに挑戦させる。そういうシナリオだな」
俺たちが悪役となって、それを人類が打倒する――――。
「なんのために?」
「プレイヤーが楽しむためさ」
「プレイヤーって……」
「これはゲームだよ」
ドリエルのその一言は、全ての疑問を解決させるに足るものであった。
しばしの沈黙。
「ははは…………じゃあさ、俺たちは殺されるために生かされてるだけってこと?」
「……そう悲観するな。ゲームの終焉は誰にも分からない。その内、自分なりの目的が見つかるかもしれん。ゲームの製作者を探しだしてぶっ殺したいってんならオレも協力してやるさ」
グリーゼ。
そう名乗ったあの女は、製作者の一人に違いない。地球上にいるのだろうか。ぶっ殺したいなんて発想は残念ながら出てこないけど…………むかつくな。
「まずは生き残ることを考えろ。幸いなことに、オマエの持つダンジョンPtは相当だ。恐らく全魔王の中でも最高クラスのダンジョンが造れるはずだ」
タイムアタックってことなら、そうだよな。10歩ぐらいで見つけたもん、確か。
あの時、最初の一歩をもし逆方向に踏み出していたらと思うとぞっとする。今頃、暗闇の中をひたすら彷徨っている最中でも全くおかしくないのだ。
俺は魔王になっちゃったけど、人格までは変わっていない。
グリーゼも言ってたっけ。何もしなくともよいと。言い換えれば、何をしてもいいわけだ。だろ?
ただし、何もしないとライバルにやられちゃうよって。
理由のない犯罪なんておそらくできない俺は、何をすればいいんだろう。
このゲームで何をすればいいんだろう。
そうだな、例えば…………
俺が地球を救う。
なんて、どうだろうか? なんだかしっくり来たね。
俺らの地球を無断で無茶苦茶にしやがった奴らから、地球を救うんだ。俺は魔王だけどさ。魔王にしかやれないことだってある。
「ドリエル、少し理解できた気がするよ」
「ほう。覚悟が決まったのか?」
「なんとなくね」
「それなりに人も殺すぞ?」
「まぁ、大義のためなら。ただ、なるべく殺さない方向で……」
「あまっちょろいな」
「だから、助けてくれよ」
「助けるさ。オレはオマエのアシスタントだからな」
顔の位置に上げた手のひらを、ドリエルに向かって差し出す。
ふっと微笑したドリエルは、凄まじい勢いでその手を握り返してくれた。
痛い。ちょっとは加減をしれと言いたい。つか、なんで全裸なんだよ、おっさん。
「本当の意味で世界を救うのは、コイツかもしれないな…………」
ドリエルがなにか口を動かしたようだったが、よく、聞こえなかった。