ヤブ医者天中殺の1日
客商売をやっていると様々な客と出会う。この地域で開業してはや10年。本当にいろいろな方々とふれ合ってきた。
「次の方どうぞ!」
一仕事終え、次の客を呼びつける。
「お願いします」
挨拶の後、軽く頭を下げてくれた。最近なかなか見ない爽やかな青年だ。筋肉質の体つきに坊主頭。どことなくヤバげな空気は漂っているが、取り敢えずどこかの野球部員だと思っておこう。
「どうなさいましたか?」
さあ、どう来る? この問いの答え方によってヤバい人か普通の人かが決まってくる。
「肩が……、痛むんです。さすがに3日連続延長10回超えは堪えますね」
ふう、こんな好青年を警察になんて売りたくない。ヤバい人でなくて本当に良かった。
「ではちょっと見せてください」
好青年がそれに応えて肩をはだける。彼の肩はそれこそ野球のボールぐらいの大きさに腫れてしまっていた。
明らかに重度の炎症を起こしている。
固まってはいない。水が貯まっているのだろう。
「はい、じゃあ水を抜きますね」
処置は簡単だ。水を抜いて痛み止と冷湿布を処方するだけでいい。
「あんまり無理しちゃだめだよ? 万が一プロになれるようなことになったらこの故障が選手生命に関わるようなことにもなりかねないんだから」
まだプロ野球選手を診たことは無いが、プロの格闘家ならお得意様だ。この格闘家は毎月のごとくうちに来てくれる。おかげで彼の格闘仲間もうちを使ってくれるようになった。ありがたいことだ。
まあ、それぐらい筋肉や骨の故障は癖になるということ。一度やってしまうと再発率はかなり高まってしまう。
「でも、使えるピッチャー俺しかいないみたいで……。監督が他の人に変えてくれないんですもん」
水を抜き取った注射器を片付けながら訊いてみる。
「どこの学校なの」
3日連続延長10回。普通に考えて、160球×3だ。名門校なら明らかにパワハラだし、無名校だったとしても、さすがに無理をさせ過ぎている。
「旭川商工」
……、どマイナーだ……。
「監督に土下座してでも、、必ずリリーフたててもらいなさい。せっかくスポーツやってるのにそのせいで体壊したら、本末転倒甚だしい」
「はい……。相談してみます……」
好青年は完全な諦めモードに入っている。あーあ、かわいそうに。昔気質の頭ガチガチ根性爺さんが監督のようだな。ご愁傷さま。
「処置は終わりました。湿布と塗り薬と飲み薬出しときますんで、くれぐれも無理しないでよ? 心配だなぁ、君みたいなコはすぐ無理するから。一週間ボール投げたらだめですよ」
「解りました……」
監督がどうとかというよりも、彼自身が納得していないという面持ちだ。
それにしても旭川商工……。どマイナーはどマイナーなのだが、どこかで聞いた覚えがある。確認も兼ねてカルテに目をやる。川村孝……。
!?
あれか!? 無名校を全道大会準優勝にまで押し上げた旭川の星とかいうスカウト大注目のドラフトの目玉か!?
うぅむ……、どうしてもこれだけは言っておきたいなあ……。
「川村さん、一言いいですか?」
「なんでしょう」
よし、言うぞ。言っちゃうぞ!
「二度と来ないでほしい」
言ってしまった。客商売最大の禁忌、【出入り禁止】。もちろん何度でも来てほしい。だが、それ以上に肘や肩を労ってやってもらいたい。
「いきなり出禁ですか、厳しいなぁ……。もちろん来たくはないですけどまたやっちゃった時は出禁を無視しますから」
ダメだこりゃ……。
「じゃあせめて、仲間を大量に引き連れて来てくださいよ」
ほぼ間違いなくプロ野球選手第1号のお得意様となるだろう川村投手の宣伝効果を期待させてもらうとしようか。
「ではお大事に」
上客候補を見送りながら次の客を呼び込む。
「次の方どうぞ!」
「友達からこちらの先生が名医だと聞いてお伺いしたんですよ」
ほう、これはまた……、新手のパターンだな……。いや、今までこういうのが来なかっただけ運が良かったと言うことなのだろうか。
俺を名医と呼びながら目の前の椅子に陣取る敵将は、ブクブクに着ぶくれしている厚着にマフラー、マスクで完全武装している。俺の仕事効率を下げる輩は誰であれ全て敵だ。
さて、どうやって撃墜しようか。
「ありがとうございます。お誉めに預かり光栄です。ですが、私はヤブですよ」
この辺あたりが当たり障りの無い確認のしかたかな?
「えっ、友達がまえ先生にかかったとき、あっという間に治ったって……」
確認完了。やはり看板は見ていなかったか。まあ、見ていたのなら、敷居をまたぐこともなかったのだろうが。
「看板をご覧になっていませんね? 私、藪というんです」
「あらごめんなゲホゲホゲホ!」
参る。病院内に風邪ウイルスを撒き散らさないでもらいたい。総合病院とかならまだ対処のしようもあるのだろうが、俺には為す術がない。
早く退治しなければ。
「申し訳ありませんが私はやはりヤブです。あなたを診ることはできません。すぐ近くの吉田内科さんに紹介状を認めますので、そちらにかかってください」
もう穏便に事を運ぶ手段を模索している余裕は無い。とっとと帰ってもらおう。
「なんですかあなた! 患者を選ぶというんですか!!」
うーむ、おばちゃんという生命体はどうしてこうヒステリックなのだろう。俺にあんたはどうにもできないということなど、看板を見れば一撃で解るというのに。
「申し訳ありませんが門外漢である私に、風邪の診察はできないんです。帰り際看板をご覧になってください。そこに明記してある筈ですから」
さすがにこれで帰ってもらえるだろう。いくぞ、必殺、
「【藪整形外科医院】と」
さあ帰れ! 仕事を邪魔する悪の大魔王よ!
「あらごめんなさいね。内科だとばっかり思ってたから……」
これからは何事も確認しながら行うように。
「捻挫か骨折をなさった際はどうかご贔屓に。ではお大事に」
撃墜完了。本業に戻るとしよう。
「次の方どうぞ!」
「お願いしまぁす」
? 見るからに五体満足な女の子だ。嫌な予感がする。そこはかとなく嫌な予感がする。
「どうなさいましたか?」
「あのぉ、鼻ぁ、高くしてほしいんですけどぉ」
!!
いったいどこの誰なんだ、一番最初にこれを整形と言い出したバカは!! 確かに整形だ。世間一般ではこれは整形手術と呼ばれている。でも違うのだ。医学的にはこれは、
「お嬢さん、これは整形外科ではないんです。実際には【美容形成外科手術】といって、美容外科でしかできないものなんですよ」
「すいません、知りませんでしたぁ」
そんぐらい知っとけぇ!!!!
ったく、今日は天中殺か!?