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(五)


 10/15 PM4:02

 県大会を前に、三日後から地区大会が開催される予定になっている。稜明学園で活躍が期待される種目は、バスケットボール、陸上短距離、バトミントン、バレーボール……。全国大会出場が確実視されているのが、テニス部である。

 部長の高尾を筆頭に、テニス部の選手層は他校に比べるとかなり厚い。それだけに、部内での競り合いは地区大会に匹敵するほど厳しいものがあった。

「誰だって、第一打は大切に渾身の力で打ち込んでくる。

 あわよくばサービスエースで、相手に冷や汗をかかせようと狙うわけ。エースで動揺させちまえばそいつのものさ。

 試合の運も流れも、奴に向くんだからな」

 放課後のテニスコートでは、事情を知る部員たちが一種異様な雰囲気を漂わせていた。

 お構いなしに、三橋は丁寧にシューズの紐を結ぶ。コートは騎道の目前で、試合準備が完了されようとしていた。

「生憎俺は、黙ってノータッチエースを食らう気はないぜ。

 身構えながら、楽しみに待っちまうぜ。いい気になってラケットを振り切った瞬間が、奴の負けの始まりだからな。

 まあ、見てろよ。騎道」

 三橋は正式な部員ではない。彼の中学時代の力が買われて、この時期だけ助っ人として仮入部の形を取っている。

 毎日凌ぎを削ってきた部員たちには、実力があるにせよ、所属外の三橋への反感は年を追うごとに強くなる。

 あからさまに反目するのは一部だが、部長の高尾には、放っておけるものではなかった。

 三橋自身それに決着をつけたくて、補欠転落した梶との試合を受け入れた。最終調整の形をとる校内の練習試合だが、事実上は代表選手選抜戦である。

 三橋はコートに進み出る。

 試合前に軽く流す三橋に、騎道は目を見張った。

 思わず一人頬緩めていた。三橋の性格そのものの、彼は強力なパワープレーヤーなのだ。

 審判が手を挙げる。試合開始。

 右利き同士の対戦。センターライン一杯の位置に梶は立った。丁寧にボールが上がる。瞬時に全身が弾み折れた。

 白い光がストレートぎみに三橋のコートへ。速度はトップスピード。深い角度で、サービスラインわずかに手前の一点に突き刺さり、狙い通り低くバウンド。

 小さく土が舞う。

 シューズが小刻みに駆ける。ブレーキ。流れるようにラケットが閃く。

 見守る視線の全てが目を疑った。

 右利きの三橋にとってはバックハンドの構え、それはこの時点でフォアと呼ばなければならなくなった。

 梶は動けなかった。自分の二メートル脇、白いライン上をパスするボールを目の隅で見た、それだけだった。

「ラブ・フィフティーン」

 審判が平坦に告げた。

 左手の中でラケットをくるくる回しながら、三橋は騎道を振り返った。

 なんてことはない。顔では語りながら、瞳は確信する勝利の兆しにきらめいていた。

「ナイス・リターン!」

 騎道の声に、早くもラケットを高く上げてウイニングポーズを決めた。

「随分、落ち着いたな……」

 騎道は背後の三年生を振り返った。

 第二打。スライスのリターンが相手コートに返り、スピンを合わせられず、梶は自滅した。

 ボールの回転も落下点も、三橋はぎりぎりのところをよく見極めている。明らかにエースを狙った第一打は、コース、スピード申し分なかった。ミスといえば、三橋が左手も右同様使えることを知らなかったことくらい。

 無理もない。知っていたのは、三橋本人だけなのだ。

「去年までは、パワーだけで勝てたようなものだったのに。過剰な自信に、実力がやっと伴ったというところだな」

「来週の月曜日が楽しみですね」

 鋭い鑑識眼と惜評は、高尾部長だった。

「二ユー翔君と、これからは呼んで戴きたいっ!」

 お調子者は、ニカニカと手を振る。

「目開けてよーく見てろよッ、騎道! 翔君の晴れ舞台っ」

 ポイント獲得数も多いが口数も多い。

「あの態度……。ホームグラウンドに帰ったつもりだな。ま、コートの中だけなら、大いに暴れてもらいたいね」

「リターン・ボーイでっせー」

 高尾の呆れ顔と、吹き出す騎道。受ければますます勢い付くのは火を見るように明らかなのだが。



 三橋の勝利は明白だった。散々なこけおろしを一人だけ浴びて、騎道はテニスコートを抜け出した。

「俺が逆転負けした、お前のせいだぞっ!!」

 そこまで、三橋は言い放った。

「親友を見捨てんのかっ! 人で無しっ。バカ野郎っ。

 おみゃーなんか、キライだっっ」

 罵詈雑言に、騎道は恥ずかしい思いをしながら、無理やり三橋が自分をここに引っ張ってきた訳を知った。

「負けたら、慰めてやるよ」

 三橋の心細さに応えて、騎道は校舎へ引き返した。

 ぎょっとした三橋の目は、騎道の信頼を受け止めて険しさを消した。

 誰かに、居てほしかったのだ。

 それもただの誰かではなく。三橋には冗談口以外では絶対言えない、親友という種類の一人でよかった。

 最後に掛けた一言は、最上のリターンエースとなった。



「騎道! どういうつもりなの」

 生徒たちが下校する玄関先に、彩子はたたずんでいた。

 テニスコートから引き返してきた騎道は、ニコリと目を丸くした。

「あ、彩子さん。ちょうど良かった。言い忘れてました。

 約束ですよ。単独行動は絶対に厳禁。いいですか?」

切り出す前に、彩子の不信感がどこにあるか、騎道は知っていた。見事なパートナーシップである。

「それは騎道の方じゃない。隠し事はやめてほしいわ」

「隠し事?」

「……あざみ姫のこと。どういうつもりなの?」

 騎道がどれだけお付き合いを嫌がっていたか、彩子はよーく知っているつもりだ。

「デイリー・フォーカスですか? 青木さん、色々書いてるらしいですね。あれはほとんど事実無根ですよ。僕は話しを聞いているだけで」

 騎道は壁に掛けられた時計を見上げて、眉をしかめた。

「ごめん、彩子さん。僕、藤井さんを待たせているんですよ。

 続きはまた、後で」

「ちょっと、まだ話しは終わってないわ」

 今度は逃がすものかと、彩子は決めていた。

 クリオンの騎道と出会ったのは今月の5日。パートナーの約束をしたはずなのに、あれから騎道はなぜか事件の話題を避けていた。例のおとぼけで、学園祭の出し物は何の、地区大会が楽しみだのと、逃げている節があったのだ。

「彩子さんも待たれてますよ。秋津会長が」

 騎道は彩子の背後を指して、さっさと姿を消した。

 藤井も秋津会長も、待たせておいていい相手ではない。

「あの、今度はなんでしょうか?」

 恐る恐る彩子は秋津に尋ねた。たしか以前にも、会長直々の呼び出しを受けたことがある。

「やっぱり。忘れてましたね。学園祭の打ち合わせですよ。こちらが、執行部からの出席者の連城真梨さん」

 連れの女生徒を秋津は紹介した。

「彼女が、二年生の飛鷹彩子君。

 二人には、学園祭の前夜祭にセッティングした白楼祭の実行委員会との調整も、改めてお願いしたいんだ。イベントのプログラムを組む作業だけでも大変でしょうが」

「白楼会との接触は、女の子同志の方が無難でしょうね。

 男子だと押し切られそうですし」

 白楼会の勢力を知り尽くしている連城は、会長の泣き所を汲んでうなずいた。

「クラス選出の飛鷹さんには負担になるでしょうから、思い切って一人、二-Bから補佐を選んでおいた方がいいんじゃないかしら。クラスの出し物はその人を責任者にして」

「執行部は許可しますよ。

 実行委員権限で、飛鷹さんの指名でいいですから」

 お祭り騒ぎの大好きな人間の心当たりなら、二Bには十指に余るほど居る。渡りに船と、彩子は乗った。

「明日にでも、報告します」

 彩子の返答に満足してか、秋津は目を細くした。

 後を連城に任せると、彼は射撃の練習の予定が入っているとかで、生徒玄関を出ていった。

「……なんだか、去年と全然違うものになりそうですね……」

「学園長代行からの意向ですもの。きっと代行の読み通り、秋津会長なら完璧にやり通すわ」

「見込まれたわけですか。会長もやる気十分みたいですね。

 秋の大会もすぐなのに、ほんとに忙しそうで」

 秋津の姿が消えると、ドッと疲れが押し寄せてくる彩子であった。物腰は柔らかいが、彼は辣腕と他校に響くほど、あなどれない切れ者だ。内在的問題児ぷらす前科有りとしては、無闇と緊張してしまうのだ。

「そうね。でも、かえって良かった。思い返している暇がなくて、彼も気がまぎれるでしょうし」

「それは、連城さんの方じゃないんですか?」

 他人事のように、逆に秋津を気遣う連城を、彩子は痛々しく感じた。亡くなった上坂と共に、連城も秋津執行部を支えてきた一人である。

 女子生徒の間では、秋津会長の女房役上坂を、さらに影で支える連城への好感度は高く、事故以後、同情が一斉に集中したほどだった。

「知ってます。上坂さんとのこと」

 連城はバツが悪そうに、小さく唇を引いた。

「……ええ。少しはね、思い出さずにすんでるわ。

 でも……、この学園に居るだけでも、苦しいな。どうしようもないことだけど。

 この仕事は上坂君の代理なの。私には荷が重過ぎるけど、飛鷹さんが協力してくれるなんて心強いわ」

「あ、あたしなんて……!」

 彩子は本心からおよび腰になってしまう。

 何しろ白楼会相手では、怖すぎる……。

「とぼけても無駄。秋津会長から、話しは聞いてるわよ。

 随分、頼りになる人だって。ほんとに、お願いねっ」

 頼る連城も本気だった。わからなくもない。彼女は芯はありそうだが、どちらかといえば裏方タイプの人だ。

 でもでもでも、と声を特大にする彩子。

「そんなの嘘ですっ!! 信じないで……!」

 呻いても遅い。秋津とは、底知れない男だった。



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