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(三)


 10/8 PM1:03

 一体どういうつもりなのかしら。と、青木園子は間を取りながら考えを巡らせた。

 彼には、突拍子もない行動パターンが多すぎる。相変わらず地味に静かな学園生活を送ってはいるが、期待された場面でならば、もう自身の能力を隠すことはなかった。

 自称『瞬間湯沸かし器』の飛び抜けた運動能力を見せる一方で、マイペースに『医者の指示』を守り、体育の授業は見学者席を暖めている。

 奇妙な行動を打ち消すように、目の前の本人は、いたって平静。気負いのない、にこやかな表情を向けていた。

「二年前まで、耶崎中学校の四神王といえば、この辺ではかなり有名だったんでしょう? それが、四人がこの学園に入学してから、噂も消えて、空中分裂してしまった。

 何があったんですか?」

 同じ耶崎中出身の園子さんなら、知らないわけありませんよね。と、騎道は付け加えて、開口一番尋ねて来たのだ。

 騎道の立つ脇では、旧式の輪転機が鈍い音を立てて回っていた。勿論、騎道若伴の記事がトップに扱われた『デイリー・フォーカス』紙の最新号だ。

「どうして、三橋君に聞かないの?」

 騎道は後ろめたそうに、視線を落とした。

「あいつは、その頃のことを話したくないみたいだから」

 自分の記事を、ある事ない事、興味本位に書き立てている人間に。それも、製作現場の地学準備室兼編集室に、わざわざ乗り込んでくるのだから、困った奴だ。

「あたしも本当の所は話したくはないわね。君には結構あざといことやってるけど、彩子のために特大のスクープを、記事にしなかったことだってあるんだから。友情の為にね。

 その時の事件のせいよ。耶崎の四神王が消えたのは」

 三橋が口をつぐむのは、彩子自身が四神王と呼ばれていた時期を、忘れようとしていることを知っているからだ。

 三橋翔は、耶崎中学とは全く学区の違う、中央駅をはさんだ反対側の学区の人間である。稜明学園へはかなりの遠距離通学となるが、家柄上自動的にここへ進学させられている。その三橋にまで名が響くほど、四神王は有名なのだ。

「南方守護の朱雀が飛鷹彩子。西方の白虎、隠岐克馬。東方の玄武、駿河秀一。北方の青龍、賀嶋章浩。

 方角は、それぞれ住んでいる場所から取られたの。耶崎中から見ての方向ね。

 中学に入ってから、駅近くのビルに駿河君のお母さんの経営している探偵事務所と住居が移ったんだけど。それまでは、彩子の家とはお隣同士で、小さな頃から仲が良かったらしいわね。

 その近くに賀嶋君が越してきて、親同士の付き合いもあって、三人はずっと一緒だった。

 隠岐君は、中学に入ってからね。あの三人と一緒になったのは。探偵や刑事ごっこを始めるようになったのも、あの子が原因なのよ。いじめられてたから、放っておけなかったみたい。知ってた? 彼、一年年下なのよ?」

 騎道は目を丸くした。

「いえ……。でも、駿河さんのことだけ先輩と呼んでいるのは、気になりましたけど」

「飛び級したの。どうしても彩子たちと稜学で一緒に居たいって。あの子、頭がいいから、文部省から新制度の指名を受けてたの。指名された飛び級の許可を、逆手に使ったみたい。中学二年の二学期に、欧州の名門校に入学して、そこで単位を取りながら、稜学の入学試験もパスをして。

 すぐには退学できなかったから、こっちの二学期から稜学に復学したけど。その頃には、もう分裂してた」

 ちょうど、去年の今頃だ。園子は、真っ赤な顔をして、今にも泣き出しそうな隠岐の姿を見た覚えがある。

 あんな思いをさせたのが、彩子であるのか、駿河か。どちらもそうできる理由をもっていたから、誰であろうと意味はなかった。

「僕が聞きたいのは、その原因なんですが……」

「条件があるの」

 園子は、瞳を絞った。騎道の表情に変化は浮かばない。

「覚悟はしてました。言って下さい」

「言う前に、イエスと言ってほしいわね」

「無条件に受け入れろと? どんな要求かも言わないで」

 少し困った顔をする。だが、その頬には余裕が潜んでいる。ここまでは承知の上で商談に来たと見える。

「あなたに不利になることじゃないわよ。信用して?」

 騎道は少し考え込みはじめた。

「……あんまり彩子に関わるのは、止めた方がいいわよ」

 追い討ちをかけるように、ポツリと呟いた。

 騎道は、思案から顔を上げた。

「彩子には賀嶋君がいるから大丈夫なの。時々、事件のことを思い出して不安定になるけど、彼が居る限り」

「その賀嶋さんは、婚約を破棄したんでしょう?」

「……知ってたの」

「やはりそうですか。そんなことだろうと思いました」

 彩子が騎道に涙を見せた翌日から、彼女は平静を装ってはいるが、微かな変化があったのだ。

「三橋君には言わないでよ。混乱するだけだから」

「ええ。そうですね……」

「三橋君は、あれはあれで、彩子をきずかってくれているのよ。それはわかってる。でも、代わりにはなれないわ。誰だってそう。

 賀嶋君の代わりは誰にもできないの……。彼が居なかったら、今の彩子は無いわ。それくらい、深く関わったのよ。

 ……でも、彼、背負い切れなくなったのかもしれない……、彩子の心」

「そうなるまでに何があったのか、教えてほしいんです」

 騎道が興味本位で動くわけがなかった。園子はそれが意味するところを読み取りたい。だが騎道は、完璧なポーカーフェイスを守っていた。

「自分で代わりが出来ると考えてるの? あなたに何が出来るっていうのよ。この間、会ったばかりじゃない?」

 園子はパシリと、試し刷りの束を机に叩き付けた。

「身代わりになる気はないですよ。これ以上、混乱させたくないだけです」

 それ以上の意味をもたせず、騎道は丁寧に答えた。

「どうしてそんな風に思うの? 理由は何なの?」

「……僕の知っている不幸になった人と、似ているからです」

 突然、騎道は感情に傾いて、答えを濁した。

 園子は、そんなためらいも不可解で、情けなくなる。

「同情……? 安っぽいのね! 見損なったわ。

 そこまで言い出すんなら、彩子を支えてやる、絶対守るって言い張ってみなさいよ!」

 まくしたてた勢いで、机を挟む騎道を睨み据えた。その騎道は、真顔で降参の証しに両手を上げた。

「僕にそこまで言える権利は無いでしょう? 会ったばかりだし、彩子さんの気持ちはまだ、彼の方にあるし」

 怯んだふうでもないのに、人を食った態度だ。

「ああ、そう。本気、の同情なのね」

「ええ。僕は誰に対しても特別な感情は持たないことにしているんです」

 意味のあることを、しれっとした顔で言ってくれる。

「教えて下さい。代わりに、こちらから一つだけスクープを提供しますよ」

「何を……」

「明日から暫くの間、藤井さんとお付き合いするんです。

 寄りを戻したとかじゃないんですよ。お互いの利害関係が一致したというだけで。どう記事にするかは任せますが」

「嘘でしょ……?」

「困るな。信じてもらえないと、取り引きは成立しないし」

 騎道は腕を組んだ。

「だったらイエスと言うしかないわね」

 一押しする園子。しっかり胸の内で算盤は弾いている。

 騎道は不審気味にうなずいた。

「……青木さんを信じましょう」

「よろしい。まず、事件が起きたのは、去年の春よ。

 春休みのことね」

 核心を切り出すと、騎道の瞳の色が変わった。これが騎道の本心だ。これでは真実を告げなければ納得をしないだろうと、園子は気を引き締めた。



 10/7 AM11:26

「いいんだ。気にしないで下さいよ、佐倉さん」

 藤井と別れて教室に向かった佐倉の腕には、重い本はなかった。騎道は落胆したふうも見せず、ニコリと笑った。

「ごめんなさい……」

 そう騎道に言ったなら、彼は変に思うだろう。だから佐倉は、騎道が歩きすぎてから呟いた。

 それは、昨日の授業開始前のことになってしまった。

 どうしたらいいのか判らなくなっていたのだ。昨日の朝から、佐倉はいたたまれない気持ちを引き摺っていた。

 本はまだ佐倉のロッカーに置かれている。騎道には、自宅に忘れたと言ったのだ。今からでも、渡すことはできる。

 佐倉は、お弁当を抱えて教務室の前の廊下にたたずんでいた。新聞部の打ち合わせで顧問教師に呼ばれた椎野を、彼女は待っているのだ。

 椎野には悩みを悟られつつあるようだった。おかけで、大きな溜め息もつけなかった。

「ちっきしょー。やっぱ騎道も、ただの男だったか……」

「仕方が無いぜ。あの二人、ほんとお似合いだしさ」

 佐倉は目の前を歩いてゆく二人の三年生を見つめた。

「結局、美男美女で納まったわけね。あざみ姫をふったって聞いた時には、いけすかねー奴、と思ったけどさ」

「思ったけど、ラッキーって期待したんだろ? 騎道がOKしてたら、俺たちに可能性無いしな」

 ドンと、もう一人の肩を叩いた。

「ハン。お前のどこに可能性があるんだよっ」

 二人は悪びれもせず大笑いをして廊下を折れていった。

「ね。千秋? どうかしたの? ちょっと……」

 佐倉は小刻みに頭を振って、椎野に答えた。

「ううん……、なんにもないよ……?」

 今一度、藤井が語った声が頭に響いていた。

『私には、あの方が必要なの……』



「なーんですってぇ、なーんですってぇ。お弁当を断ったぁあ? だからかっ。昨日からおかしいと思ってたんだっ。

 なんでっ!! 俺に黙って勝手にっ!」

「何度も言うけど、三橋のために作ってきてもらってたわけじゃないだろ?」

「お膳立てしたのは俺だっ。権利はあるはずだぞっ」

「でも、半分も食べる権利は、ないと思うぜ?」

「ぐっさー、ぐっさー。きろーくん、ひっどぉおい」

「とにかく、食券貸して?」

 騎道は三橋の鼻先に掌を突き出した。

 サイフの突っ込んである左ポケットを両手でしっかり押さえて、三橋は体で騎道の手を押し返した。

 食堂へ向かおうとする生徒には、廊下で仲が良すぎて密着している親友たちは、気色悪いし迷惑だ。全員が、避けながら黙して過ぎてゆく。

「釈明しろっ」

「当然だろ? どこの世の中に、他の男の為に自分の好きな子が弁当をこさえてるの、喜ぶ奴がいます?

 けなげでかわいいとは思うけど、抵抗あるよ。だから」

「……お前。身を引いたの?」

 じいいぃっ、と、三橋は騎道をねめつけた。フン、と息など吹きつけてくれる。騎道は青くなって、三橋を引き離しにかかった。

「かあいそーにねぇ」

 深々と同情する三橋。騎道はようやく冷や汗を拭った。

「もともとそういう間柄じゃないよ」

「バッカやろ。佐倉に申し訳がたたんぜ、その発言」

 今度はマジで、三橋は言い捨てる。

 背に腹は代えられない。昼時の空きっ腹には、三橋のお茶らけに付き合っていられる余裕がないのだ。騎道は三橋のサイフを狙った。

「当人同志は納得済み。だから食券?」

「お前っ、どこ手出してんのっ。ヤラシっ、騎道クンっ。

 だから、女の子に嫌われるのよっ」

「…………。おなかすいたよぉ、三橋ぃい」

 ずるりと、騎道は三橋の肩にすがった。

 今日は土曜日である。しかし、来月半ばの学園祭の準備で、午後以降もほとんどの生徒が居残るのだ。

 この三橋の調子では、騎道がランチにありつける見込みはなさそうだった。食べ物の恨みは恐ろしいということだ。

 しまいには泣きつく騎道を、悠然と足蹴にでもしてやろうかと三橋が考えを巡らせた瞬間。声がかかった。

「あら、騎道様もお昼はまだでしたの? 奇遇ですのね。

 先ほど、供の松川が早退して、一人分お弁当が余計なんですの。よろしければ、ご一緒にいかがかしら?」

 雅な声に男二人は硬直した。三橋は返答を求められている騎道を哀れに思いながら眺めた。

 さてと。お前はどっちを選ぶかい? 友情or空腹?

 といった意味をゲシゲシと視線に込めていた。

「藤井さん、勿論こいつは断り……」

 さっさと三橋は引導を渡そうと口を開いた。しかし……。

「行きます。助かります。いや、親友に迷惑かけるわけにはいかないなーと、心苦しくおもっていたところで。

 実は今日、サイフ忘れちゃって」

「まあ。騎道様らしくありませんのね」

 藤井香瑠は、幸福を噛み締めるように頬をほころばせた。

「今日だけとおっしゃらずに、来週からずっとご一緒したいですわ」

「そうですか。でも、他の生徒の視線が怖いな」

 とかなんとか言いながら、雅な美姫と眼鏡さえなければ超美形な少年は連れ立って去ってゆく……。

「……。たかがランチごときで、人の道外したのはあいつだぜぇ……。俺のせいじゃないよなぁ……」

 彩子に知れたらどう吊るされるか、底知れぬ怯えを感じる三橋であった。



「三橋さんに、訳をお話ししなくてもよろしいのですか?」

 騎道は青く澄んだ秋の空を、半分瞼を閉じながら眺めていた。

 暑くもなく涼しすぎもしない季節に入っていた。急速に、よく注意していなければ、転げ落ちるように季節は凍て付いた冬に変わるだろう。そんな微妙な時だった。

「いいんです。あいつじゃ、本当のことを言っても茶化すだけだし。同じおちょくられるなら、隠したいことは隠しておいた方がいいんです」

 藤井はそのまま、開いていた本に視線を戻した。

 騎道は藤井の傍らで芝生に長く寝そべっていた。彼は眼鏡を外し、瞼の上に腕を乗せた。

「来週から、放課後にでも、お時間を頂けますか?」

「私は、そのつもりでしたわ」

「良かった。感謝します……」

 極めて無防備に、騎道は浅い眠りに落ちていった。


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