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小説

ヒゲ

少しおかしい精神状態の中、勢いだけで書き上げた作品でございます。どうぞごらんあれ。

~プロローグ~


「ヒゲだ。うむ、やはりヒゲだな」


「そうだな。板垣殿の壮観な顔を見れば、他の選択肢はなかろう」


 私は唯一の友である直道なおみちと二人、近所の喫茶店で議論を交わしていた。喫茶店の窓にはすでに夕刻の赤い光が差し込み、我々の手元には10杯はおかわりしたであろうコーヒーのコップと、よれよれになったストローがうなだれたように置かれていた。コーヒーの利尿作用はすさまじく、議論が煮詰まるたびに、我々の膀胱で尿が煮詰まり、そのたびにトイレへと向かった。しかも、こちらは二人。パンパンに腫れあがった膀胱2つが何度も何度もトイレを往復して美しい便器を汚した。それに対抗するように、何度も何度もトイレを清掃する店員。それをあざ笑うかの様に、便器を勢いの良い尿便で汚す青年男子二人……そんなふうに、何度も往復したトイレが懐かしく思えるほど、長い議論の末、我々は一つの結論に至った。結論とは、長い議論が無駄だったと思えるほど、あっけないものであることがほとんどだ。結局、結論は我々の中にすでにあったのだ。我々が普段から尊敬してやまない偉人「板垣退助」。彼は自由民権運動の主導者であり、我々日本人が敬うべき存在。そんな彼の写真に、我が青春の答えは、最初から見事に提示されていたのだ。


『そう、ヒゲだ!』


 かくして、私はヒゲに青春の全てを託す覚悟を決めたのである。



第一話


 時はさかのぼること1週間。


「Oh! ビューティフル!」


 思わずそう叫んでしまうほど美しい人と出会ってしまった。出会いは偶然だった。普段からまじめで実直な私は、常に教科書か黒板しか見ない男であった。そのため、クラスメイトの顔などほとんど知らなかった。とにかく、勉強がしたかったのだ。教科書から1秒でも目を離すのが惜しかったのだ。今私は高校の2生なのだが、1年生の時は本当に、教科書とばかり向き合っていた。そんな私が、学年トップの成績で2年生となり、


「1年間無呼吸で勉学に勤しんできたのだから、たまには一息つこうか……」


 と気まぐれで思い、


「どれ、時には風流なものを愛でるのもよかろう」


 そんな小言を呟きながら、校庭の桜に目を移した瞬間、一人の女性と目があった。


「Oh! ビューティフル!」


 まじめな私がこんな言葉を思わず発してしまうほど、彼女は美しかった。


「あら、どうも」


 彼女はそう言うと、春風と共にスカートを揺らし、どこかへ消えていった。


第二話


 春風と共に、私の心は彼女に奪われた。


「人間とは、肉体に精神を宿した生き物なり。即ち、心無くした我は人にあらず。ムムム、そんなの許せん! 我人として生まれ、人として死すべき存在なり!! 返してもらうぞ我が心! まずは、敵を知るべきぞなもし!」


 かくして、私は奪われた心を取り戻すべく、まずは彼女に関する情報を集めた。


 彼女の名前は『川村愛かわむらあい』。みんなからは、『愛ちゃん』と呼ばれているらしい。年は私と同い年……というか昨年同じクラスだったらしい。知らなかった……。まぁ、そんなことはさておき、名前以外にもいろいろなことがわかったのだが、中でも重要な情報があった。それは、


『彼女は変態が好き』


 ということだ。情報によると彼女の前の彼氏は、とても太っていたらしい。太っているだけならまだしも、その彼氏はことあるごとに三段腹の隙間に手を入れて、その手のにおいを嗅ぐという悪癖を持っていたという。オェ!! 気持ち悪ぅ!! ……さらにその前の彼氏は、自分の歯で鉛筆を削り、常に歯を鉛筆の黒鉛で黒くしていたという筋金入りの変態であるという。ちなみに、二人ともあまりに素行がおかしい為、高校を中退しており、それと共に彼女とは別れたらしい。

 

第三話


 ということで論理的思考のもと、私も変態になろうと決めた。しかし、変態とはなろうと思ってなれるものではない。突拍子のないことを”演じる”ことはいくらでも出来るだろう。でも、それは違うと思うのだよ。変態というのは、あくまでも自分の延長でなければいけないのだ。『有り余る個性』それが変態の本質であることを、私はよわい16歳にして見抜いたのだ。これも日々の勉学のたまものであろう。


「直道、相談に乗ってはくれないだろうか?」


 結局、どうしたら変態になれるのかわからなかった私は、親友の直道に助けを求めた。ちなみに、直道は私に負けず劣らずの勤勉人間であり、昨年は1点差で学年2位の成績をおさめた優秀な人間である。ちなみに、学年1位はこの私である。別に自慢ではない。ただの事実だ。鼻など伸びていない。これは遺伝だ。父方の祖母がフランス人なのだ…………嘘だ。


第四話


 まぁ、そんな感じで、プロローグに戻るわけだよ。そして、でた結論が『ヒゲ』だったということだ。ん? 意味がわからないって? つまりだね、私と直道は


『自分を見失わずに変態という個性をアピールするに最適なものはなんぞや』


 という、人類史上類を見ない難題を議論し、その結論として、我々が敬愛する板垣退助氏の写真からヒントを得て、ヒゲを選んだというわけなのだよ。おわかり?


 とにかく、私は個性豊かなヒゲをこの顔に造形し、見事彼女を落として見せる。そして、奪われた心を返してもらい、人として生きるのだ!


第五話


 とまぁ、第四話で決意してみたものの、ヒゲが生えるのは中々時間がかかる。私は辛抱強いほうだと自負していたのだが、恋というのはじっと我慢するにはあまりにも辛いものである。これは教科書だけではわからないことだ。また一つ、賢くなれた。もともと賢い上にさらに賢くなって、私はいったいどうしようというのだろうか? ふふふ、自分で自分が怖くなってしまうよ。そんな賢い私だが、一つ悩み結論の出せない命題を抱えている。


 それは、ヒゲだ。ヒゲと言っても様々だ。つまり、『どんなヒゲにするか?』。それが決まらないのだよ。恐らく、板垣大先生と同じようなヒゲにするには、何年もかかる。それは待てない。早く心を取り戻さないと、心をなくしたデクノボウのまま高校を卒業してもいい大学へはいけないだろう。私の晴れやかな未来のためにも、早く心を取り戻さなければならない。かと言って、板垣大先生くらいインパクトのあるヒゲじゃないと、彼女の心を射止めることは出来ないだろう。さて、どうしたものか……。


第六話


 結局、彼女と何も進展がないまま、3ヶ月の歳月が流れた。3ヶ月で変わった事といえば、汚い無精ひげがただ伸びたことと、私の成績がガタ落ちしたことだけだ。学年一位の座は直道に簡単に奪われた。それどころか、もう少しで赤点を取ってしまうところだった。本当に、私はどうしてしまったんだ……。


 この三ヶ月間、いつも私の頭の中は彼女と、ヒゲのことだらけで、全然勉強に身が入らなかった。恋とはこんなにも人の自由を奪うのかと、思った。そもそも、私の心はここにないのだから、勉強なんか出来るはずがないではないか! 成績が悪くなったのは私のせいではない。私の心を奪った彼女のせいだ! そんな風にも思った。でも、そう思うこと自体が、彼女を想うことだと気がついた。胸が苦しくなった。初めて勉強より大切なものに出会えた。それに気付けたのに、今まで勉強に打ち込んでいたみたいに、彼女に全身全霊でぶつかれば良いのに、それが出来ない自分に、すごく腹が立った。


第七話


「お前変なヒゲだな」


「いつも勉強ばかりでつまらないヤツだと思っていたけど、結構おもしろいんだな、お前」


 初めて、クラスメイトから話しかけられた。初めてちゃんと、クラスメイトの顔を見た。みんな私と同じ顔をしていた。笑顔の向こうに、心の葛藤が見えた。私は、自分だけがまじめに勉強して、大きな問題と相対しいるのだと思っていた。みんなは、テキトウにおちゃらけていて、まじめに葛藤しているのは自分だけだと思っていた。ある意味、周りの人を見下していた。でも、それは間違いだったと気がついた。みんなそれぞれ、必死にもがいていた。ちゃんと見れば、ちゃんとわかるんだ。わからないのは、ちゃんと見ていないから。ちゃんと見ようとしていないからだ。


 何だか、心が晴れた気がした。何か劇的なことがあったわけじゃない。他愛もない日常に、答えは転がっていた。そんな日常に転がっている真理に気付くことが出来る私は……やはり天才だな。改めてそう思った。それと同時に、変な力が体中に溢れてきた。


最終章


 私はカミソリを片手に、彼女のもとへ走った。彼女のことを、自分のことを、ちゃんと見ようと思ったのだ。この3ヶ月間、私はずっと狭い頭の中、空想の彼女とヒゲとたわむれていただけのお子ちゃまだった。今度は、ちゃんと見よう。現実の彼女を、そして自分自身を、ちゃんと見つめよう。そんな気持ちを原動力に、私は全力で走った。


「川村さん!」


 彼女は不思議そうな顔で私の顔をマジマジと見つめた。


「私は、変態ではないけれど……」


 私はそう言いながら、3ヶ月間伸ばしに伸ばした無精ひげをカミソリで剃った。


「私と、付き合ってください!!」


 勢いよく走ったせいで手が震えていたのか、私のカミソリテクニックはぶれぶれで、顔中血だらけだった。それでも、痛みに負けずにちゃんと見た。彼女を見た。彼女の目は想像よりも小さかったし、まつげは想像よりも長かった。想像では口元のほくろはなかったし、想像ではすごく大きかったけど、実物は抱きしめたらつぶれてしまいそうなくらい小さかった。もちろん、想像よりも現実の彼女の方が何倍も素敵で、何倍もかわいくて、何億倍も私の心を締め付けた。


「私、変態としか付き合う気ないの……」


 彼女が小さな声でそういった。彼女の声は想像よりも凛としていた。


「…………」


 私としたことが、言葉を失った。ここで私の頭の良さが裏目に出てしまった。ただのバカならこのまま勢いで押し切ることもできたであろうが、私の思考は論理的に彼女の言葉を解釈してしまった。そう、私は振られたのだ。頭がいいからこそ、瞬時にそれを理解してしまい、同時に勢いという熱も冷めてしまった。あぁ、結局私の心は取り返せなかったなぁ……。


「はぁ……」


 私がそんなことを思いながらため息をつくと、急に彼女が私に抱きついてきた。


「私実は、ずっと前からあなたのこと気になっていたんだ。だってあなた、筋金入りの変態だもの!」


 彼女に抱きつかれた私の脳みそはその全ての機能を停止した。そのため、彼女の言葉の意味が全く理解できなかった。



~エピローグ~


 一つ、今回の私の恋愛騒動でわかったことがある。


『両思いになって付き合っても、私の心は帰ってこない』ということだ。


 さて、いつになったら私の心は彼女の元から戻ってくるのだろうか? 彼女と一緒にいる時間が増えれば増えるほど、私の心は彼女の奥深くに突き刺さり、埋もれていく。もしかしたら、一生私の心は戻ってこないのかもしれない。ということは、私は一生心をなくしたデクノボウとして生きなければいけないというのか!? うーむ、まぁ、それもいいか。彼女が傍にいてくれるのであれば、私の心も傍にあるということなのだから。


 私はそんなことを考えながら、まだかさぶたのとれないあご周りをかまった。そこには、新しいヒゲが生えていた。


~おわり~


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