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白い部屋で悪魔と二人

「お帰り。あら! 顔色悪いんじゃない?」

「うん、なんか風邪ひいたみたい」

「大変! はやく寝なさい! 明日も塾でしょ! 一日でも遅れたら大変なんだから!」

「…………」

「薬あったかなぁ? あんたは早く寝なさい。夕飯はおじやでいいわね?」

「……うん、分かった」


 カチカチと時計の針が時を刻む音が聞こえてくる。


 目を覚ますと豚の顔が目の前で笑っていた。その顔には見覚えがある。昨日見た黒い生き物だ。

「お目覚めかな?」

 第一声は昨日と同じ言葉で、まるで昨日を繰り返している様な奇妙な感覚だ。白で統一された部屋、人形の様な黒い生き物、そいつが喋る昨日の繰り返し。まるで不思議な物語を読んでいる様な錯覚に陥った。だがそれも面白いかもしれない。そう思って私は口を開いた。

「見れば分かるでしょ?」

「ああ、今日ははっきりしている様だ」

 私も昨日と同じ事を言ったのに、そいつは昨日と違う言葉を吐きだした。外見の割に愛想のない奴だ。なんとなく現実に引き戻された気がした。とは言っても、依然として周りを取り巻く環境は夢の世界の様であったが。

「さて、早速だけど僕がなんだかわかるかな?」

 そいつは短い手を胸に当てて、片目をつぶった。滑稽なその動作はまるで人形劇を見ている様だ。

「さあ? 見た所、豚の人形に見えるけど」

 私は首をかしげた。

 するとそいつは怒ったように、腰に手を当ててくるりと回った。

「悪魔だ。こんなに愛くるしい豚さんがいると思うのかい?」

「悪魔?」

 悪魔とはあの神話などに出てくる悪魔だろうか? 実在していたとは知らなかった。

「悪魔や天使、それから神様なんかはまだ確認されていなかったはずだけど」

 悪魔と名乗ったそいつは大げさな動きで顔に手を当てた。一々芝居がかっているその動作は、正直うっとうしい。

「ああ、なんて嘆かわしい。僕を造りし造物主が僕の事を知らないなんて!」

「は? なんだって?」

 耳を疑った。その口ぶりからすると、まるで目の前の生き物を造ったのが私といっているみたいではないか。

 そいつは私の顔を見ると一瞬小馬鹿にしたように笑い、それからもう一度大げさな動きで顔に手を当てた。

「僕を造りし造物主が僕の事を知らないなんて!」

 腹の立つ言い方だがそれよりも気になる事がある。

「まさかあんた、私の子供ってわけ?」

 悪魔は一瞬怪訝な顔になった後、狂人を見る様な目つきで私から後ずさった。

「そんなわけないだろう、冗談はよしてくれ。自分の顔と僕の顔を比べてごらんよ。人という不完全な肉体から完全な調和のとれた僕の様な悪魔を生み出せるわけないだろう? わきまえなよ、立場を」

 蹴りつけてやった。

「痛い!」

 その顔はどう見ても調和がとれている様には見えなかった。

「まあ、それに関しては安心したわ。で、あんた自分の事を悪魔って言ったわよね?」

「当然さ。僕は悪魔だから」

「で、造物主と言ったわね?」

「勿論。僕か君のどちらかか、あるいは神の見た夢でないのなら」

「造物主って誰?」

「言うまでもなく君の事さ。我を造りし稀代の魔術師よ」

 見間違いでなければその口元がひきつっている。今にも笑い出しそうな表情だ。いや、もう笑っている顔だ。

「ふざけてるでしょ?」

「当然さ。僕は悪魔だから。だけど言っている事はすべて真実。僕は悪魔だから本当の事しか語らない」

 若干の苛立ちを覚えるが、蹴りつけたい衝動を抑え現状把握に努めた。こいつが本当に悪魔だとするなら、いや本当じゃなかったとしても、かなり面白い状況には違いない。私はこんなファンタジックな世界を望んでいたはずなのだ。とりあえず、そいつの言っている事は全て本当だと信じてやる事にした。そうしないと、話が進みそうになかったという事もある。

「悪魔ってそういうものなの?」

「君が信じた悪魔はね」

「私が信じた?」

 私が悪魔の存在を信じていた覚えはない。いて欲しいと願っていただけだ。それに今まで悪魔を見たのは書物の中でだけだったが、そこに描かれていた悪魔像も目の前にいる人形とは全く違う存在だ。

「私があなたみたいなのを悪魔だと?」

「ひどい言い草だねぇ。信じられないかい? まあいい、おいおい分かるさ。それはそうとお腹は空いていないかな? ほら、ここに料理があるから冷める前に食べるといい」

 悪魔が盆の上で湯気を立てるシチューを差し出してきた。一体どこにあったのだろう。今いる部屋はほとんど視界を遮るものがない。同じ白色に統一された家具が壁際に置かれているだけだ。だというのに、今の今まで湯気を立てる料理の存在に気付かなかったのはどういう事だろう。

 私の考えを遮る音が、私自身のお腹から響いてきた。同時に息を噴き出す音が悪魔の辺りで鳴った。悪魔をにらむと、憎たらしいほどさわやかな笑みで料理を差し出してきた。まあ、さわやかと言っても所詮は豚の顔なわけだが。

 渡されたシチューを口に運ぶと、暖かさがお腹の中に沁み渡った。とても幸福な気持ちになった。特別おいしいわけでもないのに軽い感動まで覚えてしまう。無我夢中で食べ進めて、気がつくと綺麗にたいらげていた。

「さあ、お腹も一杯になっただろう? ゆっくりと眠るといい」

 悪魔の声に誘われる様に、ゆっくりと睡魔が近づいてきた。

「まずは体力を回復させないといけないからね」

 悪魔の手が優しげに私の頭をなでたと同時に、眠りの中に落ちて行った。途中で声が聞こえた気がした。

「君の心が現実に押し潰されない様に」

 何と言ったのかは、聞き取れなかった。


「つっ」

 体を走る鋭い痛みに目を覚ました。

 目を開けると、目の前に死体が置かれていた。その数は二体。両方とも赤黒い肌に、角を生やした見た事もない人間だった。

 まただ。このところ、気がつくと目の前に死体が置かれている。「気がつくと」といっても記憶が途切れているわけではない。確かに私が戦っていたはずなのにその間の事は現実味がないのだ。戦いが終わった後に、「気がつくと」という表現がぴったりくるほど、唐突に現実だと感じられるようになる。唯一実感できる事は目の前に存在する死体と体に走る傷跡だけだ。

 耳を澄ますと、どこからか時計の音が聞こえてくる。辺りにそんな音を出しそうな物は全くない。一体どこから聞こえてくるのだろう。一定のリズムで繰り返される針の音が少しずつ私の心を溶かしていく。二つの死体に目をやると、それは両親になっていた。いつも兄の事ばかり褒めるから、私の事ばかり虐げるからつい……どうしよう。どこかに逃げなくては。

 逃げよう逃げようと考えていたせいなのか、ふと遺跡の入り口近くに描かれた魔法陣を思い浮かべていた。一瞬の眩暈を感じると視界に映る景色が遺跡の入り口に変わっていた。戻ってきてしまったようだ。このままさっきまでいた魔法陣に戻ってもいいが、折角だから遺跡の外に出てみよう。遺跡の外に出ればきっと警察も追っては来れないだろう。遺跡の中で今も響くサイレンの音から一刻も早く逃げ出したかった。


 カチカチと時計の針が時を刻む様なサイレンの音が聞こえてくる。

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