夕暮れの中で
今日は緑を二つ殺した。
明日は三つになっているのだろうか。分からない。
「おい、涼子!」
「あ、シュウ……何よ」
名前を呼ばれたので振り返ると、隣に住む幼馴染が立っていた。昨日母親が私と対比した人物だ。昨日の嫌な記憶を思い出して思わず渋面を作った。
そいつは名前を都並修也といい、絵に描いた様な優等生だ。まず成績に関しては私と天地の差がある。当然向こうが月で、私がスッポンだ。校内での成績は常にトップを維持し、目指す医学部に合格する事を有望視されているらしい。その上品行方正、明朗快活と性格も申し分ない。顔に関しても、クラスや部活での評価を聞く限りは相当のレベルを保持している様だ。ただ顔に関しては、私は幼い頃から見慣れているからなのか、私の評価と世間の評価はずれている。友人達が持て囃すたびに首をかしげてしまう。母親から事ある毎に比べられてきたこともあり、とにかく一緒にいると劣等感を刺激される人間である事は間違いないと思っている。この点に関しても世間の評価とはずれているらしいが、これに間違っているのは世間の方だと信じている。外面がいいせいで周りの評価は高いが、実際はとにかく腹の立つ奴なのだ。
「な、なんだよ?」
私が苦い顔をしていたからか、シュウが半歩下がった。
「別に……それより珍しいね。あんたから話しかけてくるなんて」
私達は家が隣同士ではあるが、登校から下校までの間にお互いが関わる事はあまりない。小学校の頃はよく一緒に遊んでいたが、中学校の時にシュウが一緒に登下校する事を拒否してから段々と疎遠になり、高校では家族ぐるみの付き合いの中でも他人行儀な関係になっていた。特に学校での関係は他人と言ってもいい位の付き合いだ。
「誤解されるから別々に登下校しようとか言ってなかった?」
「何だよそれ。まあいいや、たまにはいいだろ。ほら、もうそろそろで……」
「もうそろそろ?」
「いや、その……」
その先は口ごもってはっきりとしなかった。何かあっただろうか? 口ぶりからすると重要な事の様に思えるが。
「もしかして転校でもするの?」
「え? 俺が?」
「いや、違うならいいけど」
分からない。一体何があるというのだろう。もうすぐと言えば、年末年始だが、年に関係するものだろうか?
「そっか。転校しない方がいいのか」
シュウを見ると何やら照れくさそうな顔をしていた。改めてこうして近くから見ても、かっこいいという感じではなく、見慣れた顔だという印象が強い。
マジマジと見ていると、段々とシュウの顔が赤くなっていった。
「な、なんだよ?」
「別に」
しばらくお互い無言になった。別に気まずくなったというわけではない。私としては特に話しかける事がないだけだ。ただ話しかけない代わりに、昔二人で一緒に帰っていた時の事を思い出して懐かしい気持ちが湧いてきた。確かあの時はこんなにも眩しい夕日が。
「おい、涼子! 涼子! おい!」
突然、ぐらぐらと揺れる視界一杯に、シュウの顔が写りこんだ。近い。
「な!」
あまりの驚きに思いっきりシュウを突き飛ばした。心臓の鼓動が耳に響く。視界が暗い。何が起こったのか理解できないまま、衝動的によろめいたシュウに向かって思いっきり怒鳴った。
「何すんのよ、あんた!」
「涼子、気付いたか? ダイジョブか?」
てっきり怒鳴り返してくるかと思っていたので、その反応に当惑した。
「はぁ?」
「お前がいきなり変な事言い始めるから……びっくりした。なあ、ホントに大丈夫か?」
何を言っているのだろう? 私が変な事を言っただろうか?
突然手を強くつかまれた。
「とにかく早く帰ろう! 荷物持つよ」
荷物をひったくられ、なすがままにして手を引かれ家へと連れられた。
何か思い出せそうな気がした。だが結局、家に帰りそのままベッドに倒れこんでも、頭に引っかかる記憶を手繰り寄せる事は出来なかった。