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しかし世界はその終わりに謎を残す

 一夜明けて、二人と一匹と一体は涼子の部屋に集まって顔を突き合わせていた。

「ニュースにはなってなかったんだ」

「ああ、朝見た限りだと。まあ、田舎の変死ってだけだとニュースにはならないのかもな。魔術の跡が残っているはずだからそれなりに重たい事件になると思っていたんだけど」

 涼子の質問にシュウが答え、悪魔が横から口を出した。

「報道が遅れているだけじゃないかな? 昨日の今日だろう?」

 シュウが首を振る。

「いえ、報道って早いですよ。今日の明け方までに見つかれば今日の朝には報道されているでしょう」

「なら見つかっていない可能性は?」

「最後にあんな大きな声で叫んでいましたからね。あの断末魔を聞けば誰かが通報するでしょう」

「ふむ。なら何て事の無い事件として処理されたという事か?」

 悩む三人に対して、人形は砕けた調子でふわふわと漂っている。

「それなら良いじゃん! 万事解決万々歳」

「それなら良いんですが」

「なる様になるよ! 明日は明日の風が吹くんだよ」

 人形の緊張感の無い言葉に、悪魔は溜息を吐き、シュウも苦笑いを返した。涼子だけが不思議そうな顔で人形を見つめた。

「日本語上手なんですね」

「え? 私の?」

「はい」

「そりゃあ、あなたと一緒に世界中を旅したからね」

 人形の言葉を受けて、涼子が考え込んだ。

「私とですか?」

「そう。あなたと一緒に色んなところを見て回ったよ。意識は互い違いだったけどね」

「憶えていません」

 色々な事を思い出したがまだ完全に戻った訳ではない。人形の言っている事を涼子は憶えていなかった。悩む涼子の周りを飛びながら、人形が慰める様な声を出した。

「仕方が無いって。きっと私みたいにいずれ思い出せるよ」

 人形の気遣いに涼子が礼を返そうとした時、インターホンが鳴った。母親は出かけている。久しぶりに帰って来た父親と何処かへと出かけたらしい。らしいというのは、朝起きたら置手紙だけ残して消えていたからだ。

 だから来客があるのなら涼子が出るしかない。

「ごめん、ちょっと出てくる」

 そう言って、涼子は部屋を出て行った。

 話題が途切れて、何となく手持無沙汰になった悪魔がふわふわと漂いながら二つある窓の内の──シュウの家側でない──玄関が見える窓へと寄った。悪魔は外を見下ろして呟いた。

「あれは昨日の女」

 玄関には昨日死んだはずの女が笑顔を浮かべながら涼子の出迎えを待ち受けていた。

 三人が顔を見合わせる。やがてシュウが音を立てぬ様に下へと向かい、一匹と一体も後に続いた。

「はい」

 涼子の緊張した声が聞こえた。シュウが下りた時、すでに涼子は扉を開けるところだった。涼子の声が緊張を孕んでいるという事は既に扉の向こうに誰が居るのか分かっているのだろう。

「こんにちは」

 涼子が扉を開けると、その向こうから親しげな笑みを浮かべた女が現れた。

「昨日振りね」

「どうして生きているんですか」

 涼子が警戒を滲ませた冷静な声音でそう尋ねた。

「どうしてって。分かっているでしょう? 私はもう死んでいるんだから、また死ぬ事なんてないわよ」

「確かにそうかもしれないけど」

 昨日最後に見た女の崩れ落ちた姿はもう二度と動かないだろうと思わせるものだった。それが動いている事に涼子は酷く違和感を抱いていた。

「そんな事よりね、今日はあなたに謝りに来たの」

「謝りに? 何をですか?」

 酷い事などそれこそ沢山あった。涼子の中に心当たりは無数にあって、謝られても許せない位だ。

「忘れちゃった? ほら、言ったでしょ? 私はあなたの病気を必ず治すって。でもね、どうやら私の研究は一から振り出しみたい。だから治せそうにないの。ごめんなさい」

 そもそもそんな事は全く期待していなかったのだから、涼子にとっては謝られても困るだけだ。むしろ他に謝る事があるだろうという怒りが湧いた。

「用はそれだけですか?」

 涼子がそう尋ねると、女はけたけたと笑った。

「ええ、その通り。用も済んだから帰るわ。あまり歓迎されていないみたいだから」

 女は身を翻して出て行った。玄関が閉まり、後には涼子がぽつりと残される。訳が分からなかった。あの女が何をしたかったのか。何をしに来たのか。まるで分からずに涼子は呆然と立ち尽くした。

 その様子を見ていたシュウは悪魔と人形に自分が抜け出す事を伝え、涼子に内緒にしておくように言って、そっと足音を忍ばせて二階から自分の部屋、それから自宅の玄関に下りて靴を履き、外に出た。歩いている女を追いかけて呼び止める。

「待ってください」

 女は聞こえていないかのように振り向きもせずに歩いていく。

「待ってください、佐藤教授」

 シュウは今は亡き女の師である教授の名を呼んだ。

 女が振り返った。その表情は驚きに満ちている。

「どうして分かるのかしら? 本当に不思議だわ」

「今回は鎌を掛けただけです」

「うーん、憎たらしい程に優秀ね、あなた」

 女は一つ呵々大笑して目を細めた。

「それで? それが分かったらどうするのかしら? 私をこの体から追い出す?」

「いいえ、そんな事に興味はありません。ただ一つお願いがあります」

「何? あの女の子の事ならもう手出しをする気は無いけれど」

「ありがとうございます。でもそうではなく、涼子のお母さんを元通りにして欲しいんです」

 シュウがじっと女を見つめた。女もまたシュウの事を睨みつける様に見つめ返す。

「間違う事もあるのね?」

「どういう意味ですか?」

「あなたが間違える事もあるんだと言ったの。残念ながら私には出来ないわよ」

「そんな……だって涼子のお母さんをあんなにしたのはその体の前の持ち主でしょう? 今その体に入っているあなたにはその時の記憶があるだろうし、それに体に入っていた意識達はあなたの技術を元にしてあんな事をしたはずだ。下手な嘘を言わないでください」

「残念ながらはずれ。あれは私も、私の弟子も、その弟子の体に寄生していた奴等もあずかり知らない事。だってあんな事する意味が無いでしょ? 娘の心を壊す為に母親の精神を壊すなんて二度手間も良い所じゃない」

「そんな訳が無い。だったら誰があんな事を」

「分からないけれど、絶好の場所にあれを出来る人物が二人居るわよね。私は半々だと思っているけど」

 女の言葉でシュウも理解が及んだ様で目を見開いて放心した様に呟いた。

「そんな、そんな事」

「信じる信じないは勝手だけれど、気を付けた方が良いと思うわよ。あなた達はそれなりに気に入っているから、出来れば勝手に死なないで欲しいしね」

 女は笑って背を向けた。

「あ、そうそう。あなたは真実を隠す為にこっそり抜け出してきたつもりなのかもしれないけれど、バレバレだったみたいよ。残念ね」

 シュウが振り返ると、そこには涼子が立っていた。呆然とした面持ちで立ち尽くしている。

「涼子、聞いてたのか?」

「うん、でも大丈夫」

 明らかに大丈夫ではない表情で涼子が答えた。

 二人が顔を突き合わせているところへ外野から声が聞こえた。

「じゃあね、お二人さん」

 二人が女の居た場所を見ると、既に女は消えていた。


 残された涼子とシュウはしばらく女の消えた方を見つめていたが、やがてシュウが涼子を見た。その視線に気づいて涼子も顔を戻して、二人は見つめ合って、涼子の眼の奥に不安を見て取ったシュウは思わず口にしていた。

「俺が必ず助けるから。一生かかっても涼子の病気を治すから。おばさんもきっと元に戻す。おじさんも、もしそうなら絶対に正気に戻すから、だから……だから安心してくれ」

 何の根拠も無い出鱈目だった。それでも本心では合った。何とかしたいという願望であった。

「必ず?」

 涼子が尋ねる。

「必ず」

 シュウが答える。

「一生かかっても?」

「一生かかっても」

「そっか」

 涼子が笑った。不意の事でシュウは面食らう。涼子の笑顔は何となく今の状況には合わない反応な気がしたが、とにかく元気になってもらえたのだと気にしない事にした。今は涼子が笑ってもらえただけで充分だ。

「ずっと私を守ってくれる?」

 涼子が重ねて問いかけてきた。

「ああ、ずっと守る。約束する」

 シュウは答えてから、告白みたいだなと思った。実際に告白するとなるとこんなに簡単にはいかないのだろうと思うと、シュウは何となくおかしな気持ちになった。

「お二人さんお熱いところ悪いのだがね」

 今迄ずっと黙っていた悪魔が声を掛けた。涼子とシュウは初めて気が付いたかの様な目で悪魔を見た。

「まだ大切な事が残っているのを、まさか忘れていやしないかい?」

「大切な事?」

 シュウの眼が俄かに鋭く坐った。まだ事件は終わっていないという事か? 悪魔の不穏な言葉に警戒が強まる。涼子が訳も分からず息を呑んだ。

「そうだ、大切な事さ」

 悪魔は勿体ぶった調子で自身と人形を指し示して言った。

「これから新しい家族が増えるというのに歓迎会は無いのかい?」

「は?」

「歓迎会」

 脱力したシュウが涼子に尋ねた。

「どうする涼子」

「じゃあ、しようか」

 涼子はそう答えた。切り替えよう。涼子はそんな気持ちになっていた。事件に区切りを付ける意味でも良いかもしれない。そう思った。

「うむ、出来れば盛大に頼むよ」

 悪魔がそう言うと、隣に居る人形もこくこくと何度か頷いた。

 涼子はそんな二人の様子を見て家が明るくなりそうだなと思った。それはとても良い事だ。一人で抱えて行くには重い事件だった。けれど支えてくれる人が沢山居る。それが嬉しい。

「あれ、涼子! に、シュウ君」

「あーあ」

 声の方を向くと涼子の友人達が居た。学校の制服を着ている。今日は学校があるのだから当然だけれど。

「どうしたの、みんな」

「いや、また今日も休むって聞いたから学校抜け出して見舞いに」

「ちょっと心配になって。でも、もしかしてお邪魔だった?」

 友人達は涼子とシュウを交互に見て何だか見守る様な慈愛の笑みを浮かべている。

「え、あ、違うよ! これはそうじゃなくて」

 涼子は必死に弁解しようとしたが、その弁解が功を為す前に、友人達の気が別へと逸れた。

「それ何?」

 友人達の視線を受けて、悪魔が答えた。

「悪魔です」

「人形です」

「二人揃って悪魔と人形です」

 下らない事を言って、二人して恭しく一礼した。

「まんまじゃん」

 友人達が楽しそうにつっこみを入れて、近付いていく。

「何? 生きてるの?」

「ペット?」

「生きていますよ。ペットではありません」

「しいて言うなら、涼子ちゃんの家族かな?」

「家族ぅ?」

「今日からだけど」

「その歓迎パーティーをやるんですが、お嬢さん方もどうですか?」

「マジで? 行く行く」

 前方で友人達と悪魔と人形が騒いでいる。涼子とシュウは何だか急に元の世界に戻った様な気がした。事件が終わったんだと心の底から思えてきた。

 友人の一人が涼子に寄って来た。シュウには聞こえない様に声を潜めて涼子に耳打ちする。

「ごめんね、涼子。シュウ君と二人でどっかに行くんだった?」

「ううん、そんな事無かったけど。どっちにしてもあの悪魔と人形が一緒だから二人っきりって事は」

「そか。でも、とにかく付き合えてよかったね」

 思わず涼子はシュウを見た。見られたシュウは不思議そうな顔を返した。何でも無いと言って、再び涼子は内緒話に戻る。

「ちょっと何でそんな事になってるの?」

「だって何だか雰囲気が良い感じだし。恋人っぽい雰囲気が出てる」

「そんな事無いでしょ」

 涼子の反論はしかし友人へと届かなかった。友人は既に傍に居らず、悪魔と人形を囲む輪に呼ばれて、走り去るところだった。

 涼子は友人の背から再びシュウへと視線を移した。シュウは涼子と去っていく友人を交互に眺めながら難しい顔をしていた。

「邪魔な様なら、俺は戻るけど」

「邪魔なんて事無いよ」

「そうか?」

「うん。それに人数は多い方が良いでしょう?」

 向こうで輪を作る友人達が涼子とシュウに手を振った。

「ほら、二人とも早く行こう!」

「何処へ?」

「パーティー会場へ!」

「だから何処―?」

「行けば分かる!」

 そう言って、友人達が歩き出した。真ん中には悪魔と人形を漂わせている。

 涼子とシュウは顔を見合わせて笑ってから釣られて歩き出した。

 涼子はむず痒い様な幸せな気持ちになった。目の前には明るい友人達、それから新しい家族になる悪魔と人形、隣にはシュウが居る。自分を支えてくれる人達が居る。それが堪らなく嬉しくて、思わずシュウの手に自分の手を伸ばしていた。

「ねえ、ずっと一緒に居てくれる?」

 シュウが驚いた表情で見返してきて、それから涼子の手を握りしめて笑った。

「ずっと一緒に居る。約束する」

 優しくしてくれるシュウの好意に付け込んで、一生縛り付けようとしている。何て酷いんだろう、私は。涼子は心の中でそんな風に自嘲したが、それはうわべだけの事で心の奥は喜びに満ちていた。

 二人で手を握り合いながら道を進む。

「ねえ、二人とも」

 友人が振り向くのに合わせてぱっと手が離れた。

「食べられないものある?」

「無いよ」

 何食わぬ顔をして二人は輪の中へと入って行った。自分を支えてくれる人々の温かい輪に入って、涼子は自分の幸せをかみしめた。周りに気付かれぬ様に隣のシュウにそっと寄り添って、これからどんな事があっても頑張っていけると、そう思った。

 自分は幸せだ。そう思った。



『路上で夫自殺 妻も後追いか


 4日午後3時ごろ、先巳市内の路上で模延市香騒、会社員、広瀬勝次さんが刃物で自身の腹部を刺しているのをパトロール中の先巳署の署員が発見した。署員が制止すると勝次さんは意識を失い、病院に搬送されたが死亡が確認された。

 同日午後5時ごろ、模延市香騒の広瀬さんの自宅で勝次さんの妻、君枝さんが倒れているのを帰宅した広瀬さんの長女が友人と共に発見した。病院に搬送されたが同日午後6時ごろに死亡が確認された。死因は明らかになっていない。先巳署は「現場の状況から勝次さんは自殺。君枝さんも事件性はない」と発表。両件の関連は薄いとしている。

 広瀬さん宅は先月24日、強盗に入られ、君枝さんは強盗に刺され重傷を負い、最近快復したばかりだった』

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