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どこまでもふざけたクライマックス

 自分を見つめる女に気付いて、少女は月から女へ視線を映した。


「どうしよう、悪魔。なんだか見られてるんだけど」

「そうみたいだねぇ」

「もしかして入っちゃいけない場所だったんじゃない? 怒られるかも」

「違うと思うよ。それより、あの女の人に見覚えは無い? ほら研究所で出会った研究者」

「ああ、ホントだ。でも何だか違うみたいな。もっと優しそうな人だった気がするけど」

「おや、本当に記憶を取り戻したみたいだね」

「ん? あ、ホントだね。でも、そんなはっきりとは思い出せないよ?」

「そんなものさ。多少でも思い出してれば、僕としては十分だ」

「結局あんたは何がしたかったの?」

「なに、この現実がどんなに変容していようと君が耐えられる様にしたかっただけさ」

「意味分かんない。耐える様な世界? これが?」

「いや、僕の予想と大分違っていたんだ」

「ふーん。で、ここは何処な訳?」

「さあ? 少なくとも、僕が見た最後の世界よりは大分時間が経っているみたいだけど」

「んー、なんとなく見た事ある気がするんだけど。何か違うなぁ」

「時の所為じゃないかな? あの研究者が違って見えるのも、歳をとったからだろう」


 悪魔が顎で指した女性は笑っていた。月の光が俯いた顔に差して、その口元だけが引きつっている。

 空に浮かぶ月と校舎の窓に映る十五の月、幾つもの月に照らされた校庭の真ん中で、女性は笑い、肩を揺すっていた。


「そう、まさかあの時の女の子がねぇ」


 頬が月の光に照らされて輝いた。流れ落ちた涙の所為だと知れた。

 木々が優しくそよいでいる。風の気配は感じられない。


「涼子……じゃないのか? また別の意識が?」


 音の無い校庭に少年の呟きが響いた。

 少年は少女を知っている風であったが、少女には見覚えが無い。


「あの男の子は? 悪魔の知り合い?」

「いや、僕も知らないけど。もしかしたら、君が入っている体の知人なんじゃないかな?」

「私の体?」


 少女は身体を捻って自分の体を見回した。

 肌がいつもより浅黒かった。何やら地面に近い。服装も白いつなぎではなくなっていた。


「あれ? 私の体じゃなくなってない?」

「だから言ってるだろう」

「私の体は?」

「さあ? どこかのお墓の下じゃないかな?」

「さらっと言うね」

「今更そんな事では驚かないだろう?」

「これが悪魔の言っていた耐える世界?」

「いや、本当はもっと酷いはずだったんだけど。思ったよりまともで良かったね」

「んー、良かった……のかな? どんな世界だったの?」

「まあ、どんなに酷くても何も感じないと思うから、大丈夫だよ」

「何も感じないのと、耐えるのは違うと思うけど。で、どんな世界だったの?」

「そうは言っても、まともな感情であれを見てたら狂っちゃうよ」

「だからどんな世界なの?」

「おや、あの男の子が君に何か言いたいみたいだよ」

「はぐらかしやがって。覚えとけよ」


 倒れていた少年が立ち上がっていた。危なげな姿勢で地面に手を突き、今にも倒れそうだ。

 天蓋に浮かぶ真円が優しい眼差しで少年を眺めている。


「その体の中に居る意識の人にお願いがあります」

「ほら、何か言ってるよ。君に同い年の男の子が話しかけてくるなんて何年振りだろうね」


 茶化す悪魔を無視して、少女は少年を見つめた。


「お願いですから、あそこにいる女性から逃げてください。お願いです」


 懇願する少年から眼を離して、少女は女性を見た。

 見覚えのある顔だ。不思議な教授の隣に控えてほんの僅かの間だけ話をした。相手は研究者、自分は実験体。それを忘れさせる様な会話だった。

 私を実験器具にしか思わない人々の中で、唯一違った目で私を見てくれた、気の良いお姉さん。姉がいたら、いや、まともに人と関わっていたら、こんな風に楽しい話が出来たのかと知った。思えば、あれがきっかけだったのかもしれない。


 しかし、今少女の目の前に居る女性は違っていた。

 女性が少女を見る眼は実験動物に対するものでも、実験器具に対するものでもなかった。まして人に対するものとはかけ離れていた。それどころかこの世を見ていない。


 何の感情も無く、何の色も無い。

 水に潤み、波打つ皮に囲まれた双眸は確かに少女を向いていたが、何処か彼方を見つめていた。


「うふふ、懐かしいわ。ええ、ええ、素晴らしい夜よ。死者との再会。そう、こんなに月の明るい夜はそれぐらい素敵じゃなくちゃいけないわ」


 貼り付けたような笑みを痙攣させながら、女は月を仰いで高らかに謳いあげた。

 月光が滴の様に煌めきながら、仰ぐ女へ降り注いでいる。


「さて、どうするんだい?」

「んー、いまいち状況が分からないからなぁ」

「まだ分かっていないのかい?」

「え? 悪魔はもう分かってるの? 私の記憶から出来てるのに?」

「ま、それだけ頭の回転が速いという事かな。君と違ってね」

「えい」

「痛い」

「で? どういう状況?」

「それは秘密」

「はぁ?」

「僕としてはあまり君にものを教えたくないんだよ」

「何で? こんな状況で意地悪?」

「そうじゃなくて、なんというか、君に何かを教えて、それが原因で君が歪んだら嫌なんだ。だから君が完全に記憶を取り戻すまでは、出来るだけ何も教えない様にしたいんだ」

「まあ、言い分は分かる」

「分かっていただけて光栄です」

「そうは言っても、危険が迫ってるんだからさぁ」

「おや、何が危険だと思うんだい?」

「うーん、雰囲気が」

「何だいそりゃ」

「名推理にかかれば看過する事など容易いのですよ」

「どこかの探偵小説みたいな事を」

「へへー」

「まあ、どうせそれを見たからでしょ」

「そ、足元」

「ん?」

「何やら足元でこれ見よがしに光ってる魔法陣が怪しいと睨んでるよ」

「うん、もうこの魔法陣は発動を終えて使い物にならなくなってるけどね」


 複雑な模様が描かれた魔法円は既に只の絵に変わっていた。

 繋がったパソコンだけが微かに音を立てて光を放っているが、それすらも月の光に隠れてぼやけていた。


「僕はむしろ君がその手に持ってる人形の方を怪しむべきだと思うけど」

「え? あ」

「Gaahadeenn daaggu」


 気付いた拍子に人形を強く押さえつけると、地鳴りの様に鳴いた。

 掠れて聞き取り辛い挨拶を聞いて、少女は不思議そうに虚空を見上げた。


「あれ?」

「ん?」

「この人形、何か憶えが」

「ほう」

「あー、出かかってるんだけどなぁ」

「ふむ、随分古そうだけどね」

「うん、百年前のアンティークドールと見た」

「いや、十年前の玩具用人形だけど」

「…………ふん」

「で、思い出せた?」

「全然」

「うーん、どうしたもんか」

「てか、何で私が逃げなきゃいけないの」

「彼に聞いてみなよ」


 悪魔につられて、少女も少年を見た。

 少年は先程と変わらない態勢で、呆けた様に立っていた。

 悪魔の声をきっかけに少年の体が震えた。


「あの女の人はその体の持ち主を壊そうとしてるんです。それにあなたにも興味を持った。きっと酷い事に」


「だ、そうだよ?」

「うーん、具体性に欠けるなぁ。ただ、さ」


 少女は女を見て薄く笑った。


「あの女の人が悪い奴な訳でしょ? じゃあ、逃げずに倒しちゃえばいいじゃん。で、実はあの男の子が悪かったらあの男の子も倒す」

「乱暴な」

「悪魔に言われたくないね」


 悪魔は少女の周りを浮かびながら、尻尾を揺らしている。


「でも、その体の持ち主が犯罪者になっちゃうよ」

「私には関係ないね」

「おや、酷い」

「まあ、一つ問題があるとすれば」

「ん?」

「体の動きが物凄く鈍いんだけど」

「寝起きだからじゃない?」

「尋常じゃなく」

「どれどれ」


 悪魔は尚も少女の周りを浮かんで、その体を子細に見回した。

 少女の体は段々と痙攣が強くなっている。

 顔は笑った様に引きつり、身体は妙な形で固まっている。


「なるほど」

「何々?」

「毒だね」

「なんで? 何食べたの?」

「いや、知らないけど。で、逃げられないし、戦えない訳だけどどうするの?」

「どうするって言ってもねぇ。悪魔がちゃちゃっと解毒するか、あの人を倒してきてよ」

「無理だよ。そんな気分じゃない」

「ホントに後で覚えときな」


 女が一歩踏み出した。靴と土の擦れる音が少年の体を緊張させた。

 相変わらず貼り付けた様な笑みを浮かべながら、少女へと一歩一歩近づいていく。


「大丈夫よ。何も怖い事は無いわ」


「だってさ。よかったね」

 悪魔の満面の笑みに、

「後で形が変わるまで打ん殴るから」

 少女は呟きで答えた。

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