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そして扉は開きかけ

 光が波打ち私達を照らしている。

 赤く深く沈んだ色が私達を呑みこんでいる。


 私の前にはシュウがいる。

 私が手で触れると弱々しく身じろいだ。


「涼子」


 シュウが掠れた声で私の名前を呼んだ。

 私の視界が揺れて、シュウの顔にピントが合った。


「ここから離れて。まだあいつがいるかも」


 声は途切れて聞こえなくなった。低く呻く声が私の視界を揺らした。

 私の視界が大きく揺れた。


 シュウと一緒に居たい。

 そう思っているのに、私の体は立ち上がって、部屋の外に出ようとする。


 揺れる白い棒が私の目の前を往復している。

 柔らかく肌を粟立てる囁きが私の耳朶を打っている。


 私は冷たい刃物を手に取り──それは大きく笑った。

 金属音が鳴る。残念そうに溜息を吐いている。


 刃物がゆっくりとシュウの中へ入り、ゆっくりとシュウの中から出てきた。

 ゆっくりとゆっくりと、段々速く、どんどん速く、シュウの体が揺れている。


 私はただ願っていた。

 それだけだ。

 目の前で起こっている事、私はどうすればいい?

 ただ願っていただけだ。


 赤く赤く夢の様に彩られた私達。

 白く白く金属の様にぬめってただ笑う。


 再び白い棒が私の目の前を、二回三回。

 私の意識はぼんやりと赤の中に落ちていく。


 笑う。笑う。泣く。泣く。


 大海の様な眠りが終わり、見渡す限り霧の立ち込める目覚め。

 赤く赤く、泣きたくなる様な世界が、私の手の中に収まりそう。


 高鳴る鈴の音を紡ぐ紡ぐ。

 慌ただしく人が行き交う。まるで夢の様に。

 口の無い人々がシュウの家を踏み荒らす。


 私はぼんやりと、嘆く顔を見つめていた。

 苦しそうな表情が私を取り囲んでいる。


 白い白い部屋の中に、私とシュウ、二人きり。他には沢山の人だけしかいない。


 シュウは目を閉じて眠っていた。

 再び起きるか分からないと言っている。

 シュウの眠り顔は安らかで、今にも起きだしそうな気配があった。

 けれど起きない。


 私は一度目を閉じて、何処にもいない神に祈りを済ませた。

 立ち上がり、おばさん達に一礼して、病室の外へと飛び出した。


 あそこは私が居るべき場所じゃない。

 あそこは私が居ていい場所じゃない。

 私が行かなければならない場所は別にある。


 予言は恐らく当たった。

 後はそれをどう解釈するか。


 道はまだ続いている。

 悲劇も惨劇も、この先に転がっている。


 まだどん底には落ちていない。

 これから私がどうするか。


   ○ ○ ○


「私、記憶を失う前に酷い事をした気がする」


「どんな事だい?」


「良く覚えていないけど、周りの皆を傷つけた気がする」


「傷つけた……ねぇ」


「もしかしたら、その所為でこの中に入れられたのかも」


「罰としてかい?」


「うん、もしかしたらここは刑務所なんじゃないかな」


「はは、前も言っただろう。ここは誰かが君を閉じ込める為に作った牢獄ではないって」


「でも──」


「そんなに外に出たい?」


「それは──勿論」


「外に出た所で、その先が幸せかどうか分からないだろうに」


「それでもここから出たい」


「まあ、君ならそういうだろうね」


 悪魔は椅子から飛び降りると、左手をドアへと指し示して、頭を下げた。


「では我が主、外への扉を開けてみたらいかがか」


「え、でもその扉は」


「そろそろ開く頃だと思うんだけどね」


 私はベッドから降りて、扉の前へと向かった。


 確かに扉は以前よりも開きやすそうな気がする。

 決して外観が変わった訳ではないけれど。


 私は扉を開けようとして、ドアノブに手をかけた。


「ねえ、この扉を出たら幸せはないかもって言ったよね」


「あるかどうか分からないって言ったんだよ」


「外に出たらもう悪魔とも会えなくなっちゃう?」


「おや、そこまで気にかけていただけるとは有り難い」


 ドアノブは段々と私の体温を吸って温かくなっていく。


「ま、君次第ってところじゃないかな」


「そっか」


「何にせよ開けてみなければ始まらない」


 私は意を決すると、ドアノブを握る手に力を込めた。

 ゆっくりとゆっくりとその先の幸せを見定める為にドアノブを捻る。


「どうしたんだい、我が主。まさかこの期に及んで臆したとでも」


「……開かないんだけど」


「え、嘘。もっと力を入れてみて」


 ぐっと力を入れても、右に捻っても左に捻っても、押してみても引いてみても、扉は開かなかった。まさか引き戸と馬鹿な事を考えて、右に左にずらそうとしたがやはり動かない。


「どういう事?」


 からかわれたのだろうか。

 悪魔を睨みつけると、悪魔は分からないと首を振った。


「もう開いていてもおかしくないと思ったんだけどなぁ」


「現に開いてないんだけど。私の心の問題って事はないよね?」


「そう言う訳じゃないと思うんだけど。まあ、もう少しここで暮せっていう神様の思し召しかもね」


「意地の悪い神様ね」


「何にせよ、これからちょくちょく試してみると良いよ。そろそろ開くとは思うから」


「こんな緊張を何度も味わわなくちゃいけないの? やだなぁ」

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