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不幸を呼ぶ……

「死にたい」

「どうしてそんな事言うの?」

「僕は生きてちゃいけないんだ」

「元気出せよ、な」

「死にたい。胸が苦しい。死にたい」

「何が嫌なのか話してみない?」

「話せば楽になる事もあるだろう」

 気がつくと、自分で自分の人生相談にのっていた。

 傍から見ればただの独り芝居にしか見えない。恥ずかしい事この上ない。

 それが演劇の筋をなぞった本当の独り芝居だったら、まだマシだったかな。同じ事か。

 心の中で自問自答しつつ、外の自問自答を冷やかに眺める。

 この場所がブロック塀の入り組んだ、迷路の様な細い路地であった事が幸いと言えば幸いだ。

 少なくとも誰かに自分の姿を見られる事は無い。

 もしかしたらブロック塀の向こうでは誰かがこの狂言を聞いているのかもしれないけれど、こちらから見えなければ居ないも同然だ。

「僕は災厄を呼ぶ体質なんだ」

 自分は言った。

「……その時こっちの世界に来ちゃったから、どうなったかは分からないけど、多分……」

 自分の周りに不幸な偶然が重なっていき、次々に周りの人々が傷ついてきた過去を語り終えると、僅かな沈黙の後、口々に同情の声を投げかけられた。

「……大丈夫。きっとみんな無事だよ」

「今までだって、死人が出る様な事は無かったんだろ? ならきっと……」

 大丈夫、なんとかなる、そんな言葉が次々と自分に対して贈られる。どの言葉にも、きっと、もしかしたら、そんな憶測が付随している。

 今自分の口から流れている同情の言葉の陰には、対岸の火事を眺める様な諦めがあるのだろうと思う。

 きっと何もできない無力感、話者への不満・憤り、話題への無関心、多くの感情がこの体に宿っているだろう。しかし、何もできないと感じる者はその無力感によって言葉を戒められ、話者へ不満を持つ者は言った所で何も変わらず怒りだけが溜まる事、非難をすれば同情的な感情を持つ多数から一斉に攻撃される事を知っているので発言を避け、無関心な物は当然何かを言う必要が無いので、同情以外の情動は口を挟まず、同情以外の言葉は口の端にも出てこない。

 結果として皆が同情している様な錯覚を与える。

 同情に包まれて、不幸を嘆いていた話者は言った。

「ありがとう。頑張ってみます」

 本当に励まされ奮起したのか、深い諦めの末に周りを黙らせる為の方便なのか。私にはその言葉から感情を読み取れない。

 どちらであろうと同情する人々の反応は変わらない。

 誰もが口々に最後の慰めの言葉をかけて、最後に誰かが締めくくった。

「こっちの世界ならその体質も関係ないだろ。ほんの少しの時間だろうが、ゆっくりと休め」

 その言葉を待っていた様に、丘の向こうから猫と狐と大巨人が、三匹仲良く飛び出してきた。敵だ。

「え、嘘」


 草に覆われた巨大な拳がさっきまで私が立っていた地面を叩き潰した。

 轟音と地響き、そして立ち込める砂埃が戦闘の合図となる。

 巨人の拳を避けた自分は即座に足で地面に円を描いた。

 円が完成した瞬間、空気が張り詰め、世界が明るくなった様な錯覚を起こした。

 円の外で流れているはずの音が消えて、どこまでも静かな世界の中に私は立っている。

「おいおいおい、なんだありゃ」

 静かな世界の中で、自分の声がいつもよりはっきりと耳に届いた。

 風で砂埃の晴れた視界の向こうに、巨大で真黒な球体が宙に浮いている。

「待て待て待て! どうすりゃいい? どうすりゃいいんだ!?」

 口から漏れる言葉とは裏腹に、体は落ち着いた様子で空中からガラス瓶を取り出し、蓋を開けた。

「ごめんなさい。ごめんなさい。また僕が……」

「成程な。こりゃあ、厄介だ。まさかこっちにまで影響があるとは」

「ごめんなさい。ごめんなさい」

 開いたガラス瓶から蠢く様に黄色い液体が這い出してきた。

「気にしないで。どうせこの世界じゃ死なない体」

「それにこの程度で災厄だなんてね。笑える話じゃないか」

 黄色い液体は宙を這いまわり、黄色い線によって転げまわる男を描いた。

 転げまわる男の絵は次第に細部が緻密になり、外郭が膨れ上がっていく。

 やがて足元に描かれた円の制空権を越えた瞬間、空気の抜ける様な音が聞こえ、円の外の草が焼け焦げ始めた。

 私の立つ場所を中心にして、円が広がる様に草むらが黒く染まっていく。

「ひゃっはっは。無色無味無臭で有毒な高温ガスだ。これを吸って生きてられる生き物なんざいねぇ」

 男の声に合わせる様に、見えないガスは一気に広がり、三匹を僅かに焼け焦がして──消えた。

「ん?」

 熱は三匹の体毛が僅かに焦がしただけ、毒はコンコンと咳をさせた程度、まるで効いた様には見えない。

 猫が口を膨らませ、狐が遠吠えを上げる様に口を突きあげ、巨人が腕を振り上げた。

「あ、やべ」

 時間が停止した気がした。

「おい、誰か早く逃げろよ」

 その言葉が発せられる一瞬前に、体は動きだしていた。

 円から飛び出すと、猫の吐き出した炎が今までいた場所を包み揚げていた。

「無理! 無理! 無理! 無理!」「なんか必殺技とかないの?」「俺に任せて皆逃げろ!」「もうヤダもうヤダ」「無理だよ、逃げよう」「早くなんとかしろ!」「とにかく一旦離れて落ち着こう」

 私めがけて巨人の腕が振り下ろされた。その動きはゆっくりとして見えるが、実際は途轍もない速度なんだろうなぁと、私は全てを諦めて考えていた。

 体は動かない。狐の口から響く怪しげな韻律が耳を通して体を縛りつけていた。

「なんでもいいから避けろ!避けろ!」「ねぇ、なんか必殺技とかないの?」「こんな事もあろうかと!」「誰か助けて! 早く!」「あ、駄目だ。死んだ」「そうか。死ぬか」「諦めんな! 最後まで足掻いて見せろ!」「まぁ、無理だろ」

 誰も彼もがどこまでもふざけた調子の断末魔を上げていた。

 私自身もやっぱりこれは夢なんだと現実感を喪失したまま、巨人の拳によって体ごと押し潰された。


 気がつくと、蒸し暑い夏が肌を焼いていた。

 突然現実に戻ってきた拍子に、思わずたたらを踏んで壁に手をついた。

 まだ死んでない。非現実的な呟きが頭の中に浮かぶ。

 辺りを見回すと、どこかで見た様な景色だが、はっきりとした記憶は形作れなかった。

「デジャブ?」

 ここはどこだと、手をついたレンガ造りの壁に沿って歩いて行くと、その先に壁に彫られた文字があった。

 装飾も何も無く、ただ簡潔に公園名が彫られた標識を見て、以前一度だけ別の意識に操られるままシュウと一緒にやって来て、蓑を纏った怪人を見た公園だと知った。

 なんでまたここに?

 釈然としないまま、私は近くにあるはずの駅へ向けて歩き始めた。

 蒸し暑さで重くなった足に難儀しながら歩いていると、ふと看板めいた板を掛けた古びた家を見つけた。

 何処かで見た様な気がするのだが、はっきりと思い出す事ができない。

「またデジャブ?」

 近寄って見ると、黒く塗られた木製の扉に『17時~19時』とだけ書いてあった。

 開店時間なのか。いまいち判別がつかない文を見て、「ああ、あの人形の店か」と思い至った。

 この店は近所で有名な怖い人形店だ。店の雰囲気が怖い、店主が怖い、人形が怖い、と恐れられ、入ると二度と出て来られないと噂されていた。

 前に一度行った時には、確か綺麗な人が。

 そこまで考えて首を振った。あの時の恥ずかしい失態を思い出しそうになった。

 改めて店の外観を見ると、あの時と寸分違わぬ不気味さが漂っていた。

 店に相違点はまるでない。一つ違うのは、店の建っている場所だけだ。

 あれは自分の家の近所、この町から3駅離れた場所に店を構えていたのに。

 2号店だろうか、店を移したのだろうか。

 店に漂う不気味な雰囲気が、そんな簡単な話ではないと言っていた。

 もっと悪魔的な現象が私の目の前にこの店を呼び込んだ様な気にさせた。

 前に来た時の不気味な店の雰囲気を思い出す。

 そういえば、あの時は店主がいなかった。もしかしたら開店時間ではなかったからかもしれない。

 携帯を取り出して時間を確認すると、17時を少し過ぎていた。

「丁度いい」

 扉に書かれた時間を確認して、私は呟いた。

 先程死を経験したからだろうか。どこか高揚した気分が私に恐怖を忘れさせてくれた。

 私はそっとノブを捻って、蝶番が鳴らす金属的な不快音を軋ませながら、店の中へと足を踏み入れた。

 店内の人形が一斉に私を迎えてくれた。

 前に来た時と変わらない。入口に全ての人形を向けさせる趣向、最低限の家具しかなく、まるで人形の為にある様な空間。

 今日は店主がいた。皺だらけの老婆がボロボロの木椅子に座って、人形達と同じ様にこちらを見つめていた。

「いらっしゃい」

 しわがれた声がした。

 それが老婆から発せられたのだと分かるまでに僅かな時間を要した。

 店内にはもう一人、女性が居た。どうやら客の様で、熱心に人形を眺めていた。

 私が入ってくると女性はこちらを見て、一拍の後なぜかにやりと笑った。不気味だった。

 私が店内に進むと、女性は入れ替わる様に店の外へと出て行った。すれ違う瞬間、もう一度私を見てにやりと笑った。

 さっきまで女性の居た場所へ行くと、そこには古びたプラスチックで出来た安物の西洋人形と、それに寄りかかる様に透き通った白い肌を持った高そうな日本人形が置かれていた。

 西洋人形は前に来た時に何故か気になって見ていた人形だ。日本人形のいかにも気弱気な表情にも既視感を抱いたが、どこかで見た覚えはまるでなかった。

 私は西洋人形を抱き上げてお腹の辺りを押してみた。

「Gaahadeenn daaggu」

 この前と同じ様にしゃがれてくちゃくちゃになった音声らしきものが発せられた。

 やっぱり前に来た時と同じ店?

 そう考えると、途端に背筋がぞくっとした。

 早く出よう。店主の機嫌を損ねない様に何かを買って。

 そう考えて西洋人形を店主の元へと持って行った。

 老婆は少し驚いた様な表情で私を見つめたが、すっと元の無表情へ戻すとか細い声で、「百円」とだけ言った。

 私は百円を取り出して、店主の手に落とすと、早足で店の外へと飛び出した。

 とにかく逃げよう。

 店を出てもまだ、恐ろしい気持ちが続いていた。

 早く逃げよう。夕暮れに染まった街の中を、何か得体の知れないものを起こさない様に出来るだけ静かに、何か不吉なものに追いつかれない様に出来るだけ早く、駅へ向かって歩き続けた。

 ふと商店街の人ごみの中に笠と蓑を纏った、この前の怪人がいた。

 怪人は私に気がつくと、唯一見える口元をにやりと歪めて脇の路地へと消えて行った。

 私は無視をして、とにかく駅へと向かった。

 何が何だか分からないが、とにかく急いで帰らなければと、考え続けて。

 恐怖に立ち止りたくなる衝動、叫びながら走り去りたい衝動、人形の店や怪人を徹底的に追及したくなる衝動、手に持った人形を手放したくなる衝動、それら全てを押し込めて平静を装って、何かに目を付けられまいと耐えながら、私は駅へと歩き続けた。

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