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夢の日の出

 満足気に溜息を吐いて、読み終えたぼろぼろの絵本を閉じた。色の落ちた拍子に手を当てて、そこに描かれたデフォルメされた女の子と龍に憧憬を注ぐ。

 これは病院の帰りに買ってきた古い絵本だ。内容はごく普通のファンタジー。一人ぼっちで暮らしていた女の子が龍と一緒に旅をして、道中に魔法使いや妖精の力を借りながら、最後には両親と出会う、そんな話。

 一昔前なら、龍なんているはずがない、魔法なんてあるはずがない、過去しか見られない人によって、そんな風に思われていた。今だったら、龍は喋れないと証明された、こんな魔法は科学的に不可能だ、科学のかの字も知らない人によって、そんな風に否定されるだろう。

 魔法が認められたところで、世界は大して変わらなかった。結局のところ、届かぬ理想は夢として切り捨てられて、空想を描けば笑われる世の中が続いている。

 けど、私はそれで良いと思う。みんながみんな夢見がちだと世界はきっと回らない。それに皆が夢を笑うからこそ、それでも夢を貫き、空想を抱き続ける確かな自分を感じられるんだ。

 というわけで、夢というものが大好きなのだけれど、残念な事に最近その夢に悩まされるようになってきた。起きてる方の夢ではなく、寝ている方の夢だけれど。

 起きてる方の夢は恥ずかしいので、心の中でしっかりとしまい続けておく。きっと一生涯、誰にも伝える事もなく、墓の中にまで持っていく事になるだろう。

 問題の寝ている方の夢だ。最近、良く夢を見る。それはとても楽しい夢なのだけれど、日常のあらゆる場面でその夢に入り込んでしまう点が大変困ったところだった。更にその夢を見ている間も、現実の私は動いて喋るらしい。その事実をつい先日知った。

 それを知るまでは、夢の事なんか覚えていなくて、時々それまでの前後の辻褄が合わない不思議な感覚があるだけだった。疲れているのかも。それ位にしか考えていなかった。周りも周りで私が突然変な事を口走る様になった事を、物語にかぶれ過ぎた為だろう位に考えていた。

 夢を意識する様になってから、段々と夢の中でも意識がはっきりする様になって、起きた後も夢を覚えていられる様になった。それにつれて、この夢が何なのかぼんやりとだが分かりかけてきた。

 それから私は積極的にこの夢を見ようと努力している。その努力は実っていないが、意識して夢の中に入る様になった。

 この夢を見る事になった原因を探し出して、消し去る為に。私が母親を傷つける事になった原因を、それがあるなら一片も残らない位叩き壊し、それがいるなら意識の一片たりとも残さないように殺し尽くす為に。

 今丁度、頭の中をすっと冷たい何かが横切る様な感触があった。これが夢に入る前兆だ。


 鈍い衝撃が足先に伝わった。足元を見てみると、金属製の水筒が足の上に落ちたらしい。傍の草上に砂にまみれた金属製の水筒が転がっていて、自分の足が履いている皮靴が奇妙に歪んでいた。

 落ちた水筒を拾って調べてみると、長い間使われていないのか、中に砂が溜まっていた。水分の補給が必要無いので、自分のではないはずだ。汚れ具合から誰かが使っていたものを、奪ったり貰ったりしたものではなさそうに思う。ならば何故こんなものを持っているのだろう。

 この夢の世界にきて初めにする事は状況の確認だ。ここが島内にある遺跡であり、毎回この遺跡かその近辺に飛ばされてくる。この島とは全く関係のない他の世界も夢見ているはずなのだが、何故かはっきりと思い出せるのはこの島の事だけだ。

 場所については、その遺跡の何処かで、自分がいなかった時の記憶もぼんやりとだがあるので、地図を見ながらすぐに確認できる。

 問題は状況で、突然戦いの最中に放り出される事もあれば、激流の中で気がついてそのまま流されていった事もある。突然飛ばされる為に危急の対応を迫られた時に判断ができないし、また自分のいない時の記憶はぼんやりとしたものなので、例えば今持っている水筒をどこで手に入れ、どうしたかったか、などの些細な事は大抵思い出す事ができない。

 何よりの問題は……

「さて、誰ぞを襲って商おうかな」

 別の誰かの意識も一緒に同じ体に存在する為、強く意識を保っておかないと勝手に体が動き出してしまう事だ。

「そうはさせるか」

 大抵、平和主義というか、私の価値観でいう「悪い事」をしたがらない人が多いので、滅多に変な動きはしないが、たまに強烈な意識が入り込んできて、勝手に人を襲う事がある。この間、女性を襲った事があったが、どれだけ強く止めようと思っても、全く手を緩めることなく、襲いかかっていた。

 私の意識と関係なく、体が動く。意識せずとも足が動く。とても不思議な感覚だ。方角は……察するに南にある魔法円へと向かっている様だ。私は特に異存もないので、周囲の景色を眺めながら、気ままに歩く体に任せる事にした。


 真っ暗な夜空の下を、疲れ知らずのこの体が昼間の往来を歩く様に軽妙な足取りで歩いていた。月一つ、星一つない夜なのに、瑞々しく生え茂っている草の絨毯に光が照り返して、まるで月の出る雪夜の様に明るかった。

 もう時刻は深夜をとうに過ぎて、夜が明け始める頃合いだ。こんな時間までこの夢に浸っている事は今日が初めてだ。疲れを知らないからだとはいえ、意識の方は何となく夜が近づくと休息を取ろうとして眠ってしまい、そのまま夢から覚めていく。その後でも体は動いているのかもしれないが、少なくとも私はこの島の夜を経験した事がなかった……はずだ。

 視界の端に全く光の無い夜空が見える。太陽は出るのに、星と月はでないのだろうか? それとも今が曇っているのか。そもそも遺跡の中なのになぜ空があるのだろう。ぼんやりと夜空に想いを馳せているが、決して視界は空を見上げようとはしない。このちぐはぐな印象も段々と慣れてくると、それが当たり前の様になってくる。こちらの世界が正しくて、向こうの世界が間違っている様なそんな気になってくる。勿論、それはその刹那、咄嗟の感覚の話であって、しっかりと意識を向ければ、その錯覚はすぐに消え去ってしまうのだけれど。

 さっと世界が明るくなった。

 体が後ろを振り返ると、背後に聳える山々から朝の予光が漏れ始めていた。

 夜明けか。見るのはいつ以来だったろう。何年か前に家族と初日の出を見に行った時が最後だったかも知れない。

 言い知れない郷愁だか、感傷だかが胸に広がると、頭の中にさっと冷たい何かが横切った。

 今日はもうこれでお終いだ。結局、この夢を壊すきっかけは掴めなかった。あるいは宝玉を手に入れれば。

 曙光が山々に覆いかぶさりその背丈を小さくしていく。視界一杯に光が広がって、その光が心の中に差し込んで、意識を白く染め上げていく。

 消え去る意識が空を見上げた。空には月と星が浮かんでいて、太陽の光によって消し去られている所だった。

 月は浮かんでいたのだろうか?

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