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混ぜ合わさる幻想旅情

 月が好きだ。清浄な青い光に身を包まれると、まるで自分が綺麗になったような錯覚ができるからだ。だから目の前にいる犬も好きだ。普段は嫌悪を感じる存在だけど、綺麗になった今の自分なら触れ合っても許されるような気がする。なので月が見えない事がとても悲しい。


 月が嫌いだ。村の老爺が語る話では、月が恐ろしいものの前触れだったからだ。そう、ちょうど今頭上に上っているような丸い月は、きっと俺をおかしくしちまう。だからそこにいる狼も嫌いだ。狼は月と共に現れて、月は狼と共に狂気を振りまく。なので月が見えない事がとても嬉しい。


 月は綺麗だ。今日の様な満月は特に。いつのことだったか、故郷であいつと一緒に見た素敵な夜の事が思いだされる。だからそこにいる狼も綺麗だ。あの夜は狼の遠吠えが辺りにこだまして、二人で一緒に震えていた。狼に噛み砕かれたあいつは月の光で輝いて、とても綺麗で、周りに広がる世界も綺麗に見えた。なので月が見えない事がとても悲しい。


 月は気味が悪い。今日の様な満月はもっと。昔、みんなで肝試しをした記憶が蘇る。だからそこにいる犬も気味が悪い。肝試しの間ずっと犬の高笑いが鳴り響いて……結局、あの時一人多かったのはなんだったんだろう。今でも答えは見つからない。なので月が見えない事がとても嬉しい。



 白い病室の中で私は、学校の帰りに私は、戦争を終えて私は、結婚式の式場で私は、雪に閉ざされたロッジで私は、茨に囲まれたお城の中で私は、私は、私は。


 目を覚ますと狼の死体を抱いていた。緑がかったカーペットの上だった。

 ここがどこだか分からない。私が誰だか分からない。

 私は血に塗れて座っていた。とても心地の良い気分だった。

 ここはとてもいい気持。気持ちのいい別世界。

 きっとここは夢の中だろう。ぼんやりとそう思った。

 気持ちがいいから夢の中。苦しまないのが夢の中。

 ぼんやりと腕の中で眠っている母──でもなぜか死んでいる狼を見た。

 死んでるから殺さない。私は母を殺さない。

 疲れはすっかりとれていた。いつも頭を苛んでいた頭痛も消えていた。

 やっぱりここは夢の世界。苦しまないから夢の世界。

 ぼーっとしていると、現実の記憶が薄れていった。

 現実の事を忘れてく。嫌な事を忘れてく。

 現実に戻るのが怖い。現実に対する記憶は薄れているが、現実は苦しいという印象だけは強く残っていた。

 いつまでたっても忘れられない。だってみんなが責めるから。

 ここはどこで、私は誰だろう。今の私がいつもの私でない事は、感覚として分かっていた。

 ここがどこだか分からない。私が誰だか分からない。

 記憶がどんどんあやふやになる。苦しい気持だけが心に残る。

 あれ?

 目が覚めたらまたあの苦しい世界に、

 私って、

 戻らなくちゃいけないのだろうか。

 今とっても幸せだったはず。


 ぐるんと誰かの記憶が抜け落ちて、私の記憶が戻ってきた。



 目が覚めた。

 お母さんが笑っていた。私は謝って謝って謝り続けた。


 目が覚めた。

 蜂が辺りを飛び回っていた。友達になろうと思った。殺した。


 目が覚めた。

 シュウの家で夕飯を食べた。シュウもおばさんも心配してくれた。嬉しかった。


 目が覚めた。

 月が出ていた。狼が嗤っていた。殺した。


 目が覚めた。

 お母さんが退院した。嬉しい。お祝いをした。


 目が覚めた。

 狼を見つけた。殺した。


 目が覚めた。

 シュウにチョコを渡した。学校に行く時に渡したので、いつ食べるのかと一日中シュウの事を見ていた。なんだか照れくさい。


 目が覚めた。

 夢の中にいた。現実は怖いと思った。けど現実は幸せだ。だから夢は間違っていた。


 目が覚めた。

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