第七話 前門の南雲、後門の三川
先程、第三戦隊旗艦である戦艦『紀伊』に対して命中弾を与えそのまま遁走を開始した『サウスダコタ』と巡洋艦駆逐艦各々一隻づつは、文字通り一目散に、砲撃すら放棄して全速力で逃走していた。
それを追う三戦隊も七戦隊も回頭の際に時間をロスしたことや、高速航行中ではろくに狙いがつけられないことから射撃を中止せざるを得ない状況に陥っていた。さらに、上空から照明弾を投下し続けていた陸攻と三戦隊・七戦隊所属の水偵が補給のため離脱してしまったことで、着弾観測にも支障をきたしつつあったことも射撃を中断した要因としてあげられる。
射撃が止んだことで、『サウスダコタ』と共に脱出を図る米艦将兵達に、もしかしたら逃げ切れるかもしれない──そんな希望が見えはじめた。
──しかし、米艦隊は感知していなかった。
彼等が接触したのは巡航速度の違いの為に先行した先遣部隊であり、米艦隊をほぼ撃破してしまったとはいえ本来の任務はあくまでも足止めであったことを。また、今では如何なる意図があったのか、はたまた単純に航法ミスだったのかは定かではないが、彼等の取った針路は奇しくも『愛宕』の──索敵の為各艦・各駆逐隊ごとに散開し、上空に水偵まで飛ばしていたウェーク攻撃部隊主隊の──ド真ん中と交錯していたことなど知るよしもなかった。
最初に接触したのは主隊所属の水偵であった。上空から、夜目にも明らかな全速力で航行する小艦隊の真っ白な航跡を視認し、『敵味方不明艦隊見ユ』から始まる平の電文を途中まで発信するも、送信中に堂々と敵味方識別灯をつけて追撃する『紀伊』揮下の先遣隊を発見。直ちに訂正電を発した。
WE攻撃部隊主隊 第四戦隊第二分隊 旗艦『愛宕』
「『摩耶』二番機より続報! 戦艦はノースカロライナ型、巡洋艦はアストリア型。数は各々一隻づつ!」
灯火管制が行われ暗闇に包まれた『愛宕』の大型艦橋に水偵からの報告が入ってくる。何としても敵艦隊を捕捉しようという意気込みが、『愛宕』の搭載している水偵を正副二機とも投入しているということからも見てとれる。
「うむ。合戦用意! 目標巡洋艦、水雷戦隊の突撃を支援する!」
「了解、左砲雷戦用意! 目標アストリア型!」
南雲長官の命令を参謀長が復唱し、各部署へ順当に伝達されてゆく。しかし、それに続いて南雲長官から発せられた命令は参謀長の目を剥かせるものだった。
「隷下各艦へ、全軍突撃せよ」
「りょ……って、この兵力でですか!? 一旦集合命令を出して、然る後万全の態勢で叩くべきでは?」
この時、旗艦『愛宕』のそばに居たのは暁型駆逐艦四隻で構成された第六駆逐隊と軽巡『音無瀬』のみで、僚艦の『摩耶』と残りの駆逐隊は離れた所を航行していたのだ。さらに、駆逐隊は通常、同型の駆逐艦四隻──稀に三隻──で構成されているが、この時の第六駆逐隊は無理が祟ったのか隊旗艦の『暁』が機関不調で落伍、その戦力を3/4に減らしていた。
「それでは間に合わん。『摩耶』には駆逐隊と合同し索敵を継続するよう命じよ」
南雲中将としては、集結している間に失探してはことであるというのと、あまりに敵艦の数が少ないということが先の命令の根拠であった。さらに、水雷突撃をかければ回避なり被雷なりで速度を失う。そうすれば、後から追いかけている三川戦隊と栗田戦隊がなんなりと料理するだろう、という予測もあった。
「……はッ。通信! 『音無瀬』大森少将へ、『直チニ突撃セヨ』。『摩耶』へ、『七駆及ビ二〇駆ト合同シ索敵ヲ継続セヨ』」
「艦長、思いッ切り突っ込んで、一撃にて切り伏せよ。良いな?」
「了解! 魚雷戦用意、左魚雷発射後反転し同航右砲雷戦! 第一戦速!」
艦長の命令一下、主砲や魚雷発射管が旋回し、見張員から刻一刻と送られてくる的速や方位角を元に照準を合わせる。
現在の彼我の位置関係は、単艦で突撃体勢に入った『愛宕』から見て正面を右から左へ『音無瀬』『響』『雷』『電』が単縦陣で横切りつつある。これは、陣形が乱れたまま逃走する米艦隊の手薄な側から丁度“イ”の字を描くようにして雷撃を仕掛け、反対側から巡洋艦を狙う『愛宕』と挟み撃ちにする為である。
彼我の相対速度は40ktを超える。両艦隊の間はぐんぐん縮まり、アッという間に発射時機となった。
「発射始め!」
「面舵一杯!」
水雷長の号令と共に、シュボッ、シュボッ、という圧搾空気の音を残して九三式魚雷八本が海中に踊り込み、間髪入れず艦が旋回を始める。
「…………ヨシ、戻せ! 第三戦速!」
「了解、第三戦速!」
艦が頭を振り終わり、艦速がじわじわあがっていくのを見すまして指揮所と探照灯へと命令が下る。
「探照灯照射! 主砲・高角砲、撃ち方始め!」
第一水雷戦隊 第六駆逐隊 臨時隊旗艦『響』
「発射時機近づく!」
「よーし水雷長、逃がすんじゃあないぞ!」
数刻前に機関不調で落伍した『暁』に代わり隊旗艦を務める『響』の露天艦橋では、駆逐隊全体の指揮も兼任している駆逐艦長が潮気のある声でがなりたてる。それに応える乗員の動きもきびきびとしていて、場慣れしていることを感じさせる。それもそのはず、一水戦に属する駆逐隊は、昨年のマレー沖海戦において巡洋戦艦『レパルス』に対し出会い頭に肉薄雷撃を敢行、これを撃沈した歴戦の部隊なのである。
「『愛宕』探照射撃開始!」
「敵無線を傍受! 著しく混乱している模様!」
「敵戦艦、盛んに発光信号を発信しています」
「…………ははあ、我々を味方の増援かなにかと勘違いしたか。よし、もっと寄せるぞ!」
敵の混乱を見てとった駆逐艦長は、すぐさま『電』『雷』に対し隊内無線で、緊急一斉回頭で距離をつめるよう指示をだせと命じた。
「六駆隊青々二番艦!」
《了解! 六駆隊青々『雷』!》
「二番艦良し、殿艦!」
《六駆隊青々『電』了解!》
「各艦良し! 右45°回頭!」
無線でのやり取りの後、ほぼ同時──厳密には『良し』のタイミングで──各艦が回頭し梯陣をなす。
戦隊旗艦の『音無瀬』からは離れてしまうが、水無瀬型の九三式魚雷と特型の九〇式魚雷では性能が違い過ぎる為に元々雷撃統制艦は『響』であり、そこはたいして問題にはならない。
「よし、切り返せ。左一斉回頭45°」
「六駆隊赤々『雷』!」
再び、今度は逆に一斉回頭を命じ隊列を単縦陣に戻す。
回頭を終えて魚雷発射点へと猛進する六駆隊、その左前方より一閃の光芒が目標である敵戦艦に突き刺さり、直後、光源から発せられた八つの発砲炎が水無瀬型軽巡のスマートな艦影を闇に浮き立たせる。
「『音無瀬』探照灯照射! 射撃開始しました!」
「敵巡洋艦に火柱! 『愛宕』の雷撃と認む!」
鉄を引き裂く轟音に右舷方向を見やると、主砲高角砲でめったうちにされていたニューオーリンズ型甲巡が傾き、炎をあげながら落伍してゆくのが視界に入った。
「はっはっは、ずいぶん明るくなったじゃないか! 後で『音無瀬』と敵サンには礼をいわにゃならんぞ!」
そう言いながら右手を振り上げる駆逐艦長。
「お祈りは済んだか!? 地獄逝きまで三分ぐらいは暇があるぞ? 雷撃始め!」
右手が振り下ろされるのと同時に六本の九〇式魚雷が発射管から打ちだされ、真っ白な空気の泡を盛大に曳きながら敵艦のどてっぱらへと疾走する。それを見た後続の2艦も六本づつ、発射管三基の内二基分を発射した。
「よーし、取り舵一杯! ずらかるぞ! 主砲、ガンガン撃てぇ!」
重巡とは比べ物にならないほど小さな弧を描いてターンし、手当たり次第に主砲を撃ち込む『響』。駆逐艦の豆鉄砲と言えども撃つと撃たないでは士気が大きく違うし、戦艦でも全てに装甲を纏っている訳ではない。
先程、魚雷を一基分残したのは、急速次発装填装置を備えた朝潮型、甲型、乙型のような新型駆逐艦や一線級の巡洋艦と違い戦闘中に予備魚雷を装填することが出来ないからである。考えてもみて欲しい。2.5tもある魚雷を、格納場所から取り出してダビッドで吊り上げレールに乗せて人力で運び発射管につめる、という作業が戦闘海域で出来るかどうかを。ちなみに、急速次発装填装置ならば、竹筒に入った羊羮を吸い込むが如く数十秒で装填出来る。さすがに弾雨の最中では無茶だが、それでも再度攻撃できるメリットは計り知れない。
とはいえ、こちらの主砲の射程に入っているということは戦艦の両用砲が撃ち込んでくるのも必然であり、戦艦とは比べるべくもない華奢な艦である駆逐艦は一発が致命傷となるために避け続けるより他にない。
「ったく、敵サンは一体どこを狙ってるんだ。あんな下手くそでよく喧嘩売る気になったもんだぞ」
「ははは、皆の普段の行いが良いから艦霊の加護があるのですよッ」
口を歪めてせせら笑う艦長に、舵輪を回しながら航海長が大声で答える。
しかし、『響』が身を捩ってかわしたその直後に真横に水柱が林立する等『サウスダコタ』の射撃は至近に着弾しており、先の二人の会話は士気を保つための芝居であることは明白である。
とはいえ、必中を期すため距離数千まで踏み込んだのだから手荒な歓迎は当然であり、一方で魚雷の発射を許した時点で戦艦の命運は定まっていた。
「さぁて、そろそろ昇天のお時間だぜ?」
左手に握られたストップウォッチが三分を少し過ぎたその時、『サウスダコタ』の塔型艦橋を覆い隠すように水柱が立つ。三本、二本、間をあけて更に三本。
「命中! 敵艦に魚雷命中!」
「いった!! 仕留めたぞ!」
「万歳! 万歳!」
脅威の命中率44%、八本もの大型魚雷を片舷に叩きつけられて無事でいられる艦など存在しない。
水柱が収まると敵戦艦は亀の子のようにひっくり返って艦底を顕にしており、やがて、缶室が水に浸かったか弾火薬庫に火が着いたか、連続して大爆発を起こしながら海底へと消えていった。
「……諸行無常……か」
「明日は我が身やもしれませんからね……」
艦橋の喧騒を余所に、軍帽を取り暫時黙祷を捧げる二人。あの爆発ではとても生存者は望めまい。
そこへ、見張員がいつの間にか接近してきていた『音無瀬』からの発光信号を伝えてくる。
「艦長、『音無瀬』より信号。『我ニ従イ単縦陣ヲ成セ』です」
「よし航海長、取舵」
「取舵、宜候」
戦闘が終結し、分散した各隊に集合命令が出る。艦隊の誰もが程度の差こそあれ気を緩めた、その時──
「艦長! 緊急電です!!」
「何事か!?」
「『暁』がッ……!」
──少し時を戻して TF16.2 戦艦『ワシントン』
「……追っ手はなさそうですね」
火災は鎮火し、最大速力の発揮が可能となった『ワシントン』の艦橋で、副長役に収まった格好の士官が呟く。
「油断するな。『インディアナ』があの状態では見つかったら終わりだ。それに……嫌な感じがする」
真面目な顔と声音で首席参謀が答えるが、左手で軍帽をくるくる回し、右手は跳ね放題の後ろ髪を撫で付け、おまけにアホ毛が揺れているようではあまり締まらない。
「成る程安心しました。無線の受信機能は復旧しましたし、首席参謀は自前のレーダーをお持ちのようで……」
「茶化すな。まだ──」
「敵艦発見! 駆逐艦! 十時方向約五千ヤード(約4500m)! 近い!」
軽口を叩いた士官に対する首席参謀の言葉を遮るように見張員から報告が飛び込む。
「艦級は!?」
「わかりません!」
「ええぃ、そこを退け!」
要領を得ない、頼りない見張を押し退けて双眼鏡を覗く首席参謀。趣味で鍛えられた目が目標を識別する。
「……フブキクラス駆逐艦、多分、ヒビキグループ四隻の内の一隻」
「サブタイプまで分かったんですか!?」
「そこは勘。両用砲射撃用意! 無電打たれる前に! 急いで!」
僚艦に伝える暇も惜しんで両用砲が旋回、敵艦へ照準が合わせられる。
「射撃準備完了!」
「敵艦よりの無電発信を確認!」
「Damn it ! Bigin firing !!」
間に合わなかったことに顔をしかめながら、撃ち方始め、と叫ぶ首席参謀。号令と共に左舷両用砲群が火を吹いた。
つづく