第四話 海鷲は夜空に舞う
トラック環礁沖 TF16.2上空
「間違いないな?」
「眼下の艦隊より識別符丁の応答無し。間違いありません、敵艦隊です」
美幌海軍航空隊に属する一式陸攻が闇の中、TF16.2上空へと侵入していた。
彼らの任務は攻撃隊の嚮導と照明弾の投下であり、その際には特定の敵味方識別符丁を打電するよう厳重に定められていた。
というのも、昨年のマレー沖海戦において陸攻隊は夜間爆撃を敢行。見事、小沢中将座乗の南遣艦隊旗艦に命中弾を与えるという戦果をあげるも不発であった。という教訓を生かしてのことである。
ちなみに、件の命中弾を出した陸攻の搭乗員は、柔道の猛者と名高い小沢治三郎提督直々に稽古をつけて貰える(拒否権無し)という名誉を得たとか、得なかったとか。
そして、今回は間違いなく敵艦隊であることを確認した嚮導機は、照明弾の投下進路に入る。
「……間もなく敵艦隊直上」
「爆弾倉開け」
扉の空気抵抗で機速がガクッとおちる。
「直上、今」
「ってー」
吊光照明弾が爆弾倉から離れ、艦隊上空で光を放つ。それを確認した攻撃隊指揮官は電信員に命じ、全軍突撃せよを意味するト連送を打電させた。
TF16.2 旗艦『ワシントン』
「敵襲! 日本海軍の夜襲の模様!」
「どこだ! 敵艦はどこにいる!?」
頭上に突然輝いた照明弾の光を日本艦隊の夜襲と判断した見張員達は艦影を見逃すまいと目を凝らし、対水上レーダーは電波の目を闇夜に光らせる。だが……
「敵艦、目視できません」
「対水上レーダー探知圏に目標なし」
周囲に敵艦はいない、という報告しか上がっては来ない。
それを聞いたリー少将は、眼鏡をずり上げながら、ふむ、と一言呟き、顔を上げて誰ともなしに問うた。
「と、なると、ブラフ……か?」
「小官はそうは考えません」
首席参謀が即時に異をとなえる。
「またキミかね? ……まあ、一応聞かせて貰おうか」
「は。まず、日本人の性質からしてブラフ等という小細工弄するとは考えにくいかと。彼らにできるのは奇襲・強襲・迂回攻撃の三つだけです。逆に言えば、如何に不利であろうとも突っ込んでくるかと」
そして、と、続ける。
「ツシマ沖では、彼らは戦艦から水雷艇まで持てる全てを夜戦に投入しました。それ以来、この傾向は強化されていると分析できます」
「ふむ。確かにな」
戦前からの研究では、対米戦において日本海軍は決戦に先立ち夜襲を行うと推定されており、それ自体は別段おかしな話ではない。
「ですから、Nell(九六式陸攻)や新型のBetty(一式陸攻)が夜間に雷撃してきたとしても何ら不思議ではありません」
「そうだな、ミッチェルのような双発機が夜間に雷撃してくることも十分に考えられる……訳ないだろ」
思わずそのまま同意しかけた少将が我にかえって否定する。この時代、夜間攻撃はおろか夜間発進すら高等技術というのが常識であった。
「ふん、キミはあんな猿の細長く近眼な黒い目でまともに見えるとでもいうのか? 馬鹿らしい。奴らの飛行機だって猿真似に過ぎない劣悪品だ」
臆病風に吹かれたか、と続けて言った参謀長のほうがむしろ普通の見解だろう。
一応、直属の上司には逆らわず引き下がった首席参謀だが、内心は不満であったし、こいつが死ねば無能が減ってポストが空くのに、と不穏なことを考えていた。
案外その時はすぐ訪れることになるのだが。
「警報! 左舷低空より接近する機影約三十!」
「Bettyだ! 糞ッ、雷撃だ! 奴らなんてクレイジーな……」
見張り達の絶叫が木霊する。
「は? 嘘だr……」
「……Goddamn it ! 艦長!」
忌々しい! と一言叫び、艦長を振り返る少将。
「……っ、右180°緊急回頭! 両用砲は対空射撃開始! 急げ!」
間髪入れず艦長は回避を命ずる。配置についていた両舷の両用砲が、おそらく命令の届く前に撃ち始めるも、ろくに照準も出来ていない上に陸攻の高度が低すぎて遥か遠くで炸裂している。
そして運命の時、その数秒間を正確に描写することは非常に困難である。
何せ、見張りからの報告三つ――本艦魚雷回避成功、殿艦『インディアナ』被雷、艦隊直上に新たな敵機群発見――が、ほぼ同時に艦橋に殺到し、更に血相を変えた通信参謀が首席参謀を突飛ばしてリー少将に駆け寄ったのだ。
それによって起こった一瞬の混乱の後、尻餅をついた首席参謀が悪態をつこうと大口を開けた刹那、艦橋を爆風が吹き抜け、艦中枢スタッフ達の意識を一時、或いは永遠に刈り取ったからである。
──三川戦隊 旗艦『紀伊』
「『尾張』、統制射撃準備完了」
「『美作』、統制射撃準備完了」
《『紀伊』、統制射撃準備完了。いつでも行けます!》
僚艦からの通信を読み上げる声に続き、射撃指揮所から砲術長の先程とは違う自信に溢れた声が響く。
既に入力された緒元に従い砲塔がゆっくりと旋回し、砲身が適切な仰角をとる。
「一式陸攻の夜襲は上手くいっているようだn……」
「距離二万、統制射撃装置よし。どうぞ、ご命令を」
首席参謀の呟きに被せて、万事準備が整ったことを千早参謀が告げる。この統制射撃装置により三戦艦の射撃データを共有出来、あたかも主砲三六門の巨大戦艦のように振る舞うことが出来るのだ。
そして、報告を受けた三川司令官は軽く深呼吸して命令を発した。
「よろしい……主砲副砲、一斉撃ち方……撃ち方始め!」
「撃ち方始めぇ!!」
復唱の後、ブザーが三回鳴り、三川戦隊の36サンチ主砲36門が敵先頭戦艦に、紀伊型と最上型の長十五サンチ砲百八門が軽快艦艇に火を吹いた。
つづく
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◇WE攻撃部隊先遣隊艦隊編成
第三戦隊 三川軍一中将
戦艦『紀伊』『美作』『尾張』
付属 駆逐艦『秋月』
第七戦隊 栗田健男少将
軽巡『熊野』『鈴谷』『三隈』『最上』
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