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第三話 三川戦隊先行す

 時間を巻き戻して、トラックへ急行中のWE攻撃部隊


 この部隊は、この作戦のために連合艦隊の各艦隊から臨時に集められてきた混成部隊であり、若干連携に不安があること勘定に入れても有力な戦力を有していた。

 今、海原を高速で巡航する艦艇、その中でも一際巨大なシルエットは、帝国海軍の誇る最新鋭戦艦の勇姿であった。

 その戦艦隊の先頭を行く第三戦隊旗艦にして紀伊型三姉妹の長、戦艦『紀伊』。その艦橋と集合煙突の間の中央指揮所、通称第三艦橋に、三川軍一戦隊司令官と幕僚達が詰めていた。

 

「――以上、敵艦隊の突入戦力は戦艦四、巡洋艦六、駆逐艦数隻と推定されます」

「そうか。ならばこちらは戦艦三、巡洋艦八、駆逐艦十数。数の上では有利だが……間に合うのか? 砲撃を許せば“アレ”が危険になる」

 

 三川軍一中将が懸念の表情を見せる。

 それに対し、海図に各艦隊――WE主隊と先程切り離した千田貞敏少将の『千早』以下空母三隻を根幹とする第七航空戦隊及び敵戦艦隊と空母部隊――の位置を書き込んでいた航海参謀がかぶりを振りながら答える。

 

「……ダメです。ギリギリ間に合いません。本戦隊のみなら最終防衛圏までに補足できますが……。潜水艦に任せる訳にはいかないのですか?」

 

 最終防衛圏とは、トラックに展開する潜水艦隊が敷いた最終防衛ラインで、砲撃を阻止できるギリギリの距離に設定され、ここを踏み越えた場合は味方撃ちを恐れず(夜間なので敵味方の識別は困難)迎撃することになっている。

 

「いや、あまりにそれは投機的だ。…………うむ、南雲長官に具申するとしよう、我々のみでの突撃を許可されたし、と」

「し、しかし閣下、本戦隊のみとなりますと、軽快艦艇への阻止能力が不足するのでは?」

 

 先任参謀が至極全うな意見を吐くが、直ぐに横から反論を受ける。

 

「阻止能力という点では、本艦級は長砲身十五サンチ砲を多数装備しておりますし、元々少数での挺身攻撃も想定された任務の内です」

 

 反論したのは砲術参謀の千早正隆少佐。対空砲術についてよく研究しており、三番艦『尾張』の艤装委員も経験している。

 

「敵重爆の水平爆撃を警戒して、というのもありますが、長十五サンチ砲を副・高角合わせて片舷十四門も積んでいるのはその為ですし、敵制空権下で挺身行動するため高角砲も多数搭載しています」

「そりゃあそうだ。だがな、それは乙型直駆が十分に配備されているのが前提……」

「そこまでだ。確かに君の言うことは最もだ。しかし、今はトラックを……決戦兵器の四発大攻をやらせる訳にはいかん」

 

 そう言って三川少将が議論をやめさせる。

 乙型直駆とは、秋月型直掩駆逐艦のことで、夕張型軽巡並みの艦体に長十サンチ連装高角砲四基八門と四連装魚雷発射管を装備している。

 

「航海参謀、ちょっと来てくれ。通信、『愛宕』に、南雲長官へ打電してくれ。文面は――」

 

 

 WE攻撃艦隊旗艦『愛宕』

 

 

「――とのことです。終わり!」

 

 通信兵から紙片を受け取った通信参謀が報告する。

 

「……なかなか三川君も大胆だね。戦艦数で勝る敵艦隊に水雷戦隊無しで先行するとは」

 

 彼はあまり無茶をする人間ではないのだが、と呟いたのはこの艦隊の司令長官、南雲忠一中将である。

 

「しかし……このままの速度だと間に合うかどうか、だからね」

「そうなると、訓練未了で二水戦をもってこられなかったのが悔やまれますな」

 

 何しろ、一水戦の駆逐艦は吹雪型と暁型、二水戦のは最新鋭の陽炎型ですから。と、先任参謀が応じる。

 

「吹雪型は睦月型よりはましとはいえ航続距離が短めだからね。……訓練済みの『雪風』までを連れてくる、という話もあったのだが……残念だね」

 

 既に七航戦と共に分離した睦月型や水雷戦隊の中核を担う吹雪型は九〇式魚雷こそ装備しているが、旧式化は否めない。

 また、駆逐艦は艦体が小さいため、波の高い外洋でスペック通りの高速で巡航するのは――これは睦月・吹雪型に限らず陽炎型でもだが――不可能だ。というか、できたらそれは巡洋艦という。

 

「では、先行させる、で宜しいですか?」

 

 参謀長の確認に、南雲長官は顎を擦って少し考えて答える。

 

「ふむ……うん、そうだね。……よし、七戦隊にも命令だ」

 

 

 第三戦隊旗艦『紀伊』

 

 

「『愛宕』より返答! 『先行セヨ』です!」

 

 通信参謀が大声で報告する。

 

「うむ。では航海参謀、聞いた通りだ。直ちに先程の予備命令を発動したまえ」

「了解!」

 

 先程、航海参謀に策定させた命令――戦隊最大速力にあげ、前方の巡洋艦や水雷戦隊をかわして前に出る――を発光信号で僚艦に伝えさせる。

 

「……続報です、七戦隊を本戦隊の支援にあたらせる、とのことです。終わり!」

 

 室内に軽いどよめきがおこる。

 

「七戦隊……栗田健男少将麾下の最上型四隻とは! ……有難い」

 

 最上型巡洋艦は、一万トンクラスの艦体に長十五サンチ砲15門を装備し速力35ktを叩き出す大型軽巡である。

 無条約時代に突入した暁には二十サンチ砲へと換装する予定があったが、意外に長十五サンチ砲が優秀――散布界が小さく操作性も良好――であり、換装の手間と不具合が発生することを嫌ったため換装されなかった。

 また、新型砲弾の採用により、砲口径の不利を手数で補う目処がたったというのも大きい。

 

 かくして、第三戦隊三川軍一少将揮下の高速戦艦『紀伊』『美作』『尾張』と直衛駆逐艦『秋月』、第七戦隊栗田健男少将揮下の大型軽巡『熊野』『鈴谷』『最上』『三隈』が単縦陣を組んで艦隊から離れた。南雲忠一中将直率の重巡『愛宕』『摩耶』と第一水雷戦隊大森仙太郎少将下の新鋭軽巡『音無瀬』以下特型駆逐艦は徐々に引き離され、日没頃には完全に置き去りとなった。

 

 

 日没 会敵予想時刻まで六時間強

 

 

 既に全員戦闘服に着替え終わり、高級士官の面々は軍装をバッチリ着込んでいる。

 首席参謀となにやら話している三川司令官に、砲術参謀が声をかける。

 

「閣下、戦闘計画を検討したいのですが」

 

 千早参謀が提出した計画書にざっと目を通す。

 

「ふむ、中距離砲撃戦か。時間稼ぎに徹する訳だな?」

「はい。主力の水雷戦隊の到着までは持久に努めます。敵新型戦艦は本艦と同じく主砲口径14in、装甲は対16inと推定されております。距離二万程度なら双方が互いに安全圏となりますので十分可能かと」

 

 安全圏とは、ある主砲弾に対してある戦艦が重要区画をぶち抜かれない距離の意味で、例えば、紀伊型戦艦(条約型)の14in主砲に対してビッグ7で最も装甲の厚いネルソン級(ポストジュットランド型)の対16in装甲の安全圏は大体9000m〜30000m。

 分かりやすく言うと、『紀伊』が徹甲弾で『ネルソン』に致命傷を与えようと思ったなら、爆沈の恐怖に耐えつつ9kmという至近距離に近づくか、30km以上から絶望的な命中率を我慢しつつ遠距離砲戦か、となるのだ。

 

「ふむ。では、二式通常弾で統制砲撃を行うのだな」

「無論です閣下。両方ともこの時の為に……砲口径の不利と数の劣位を覆す為に開発されたのですから」

 

 どこか遠い目をする一同。しかしそれも一瞬のこと、すぐに表情を戻す。

 

「ではこれでいくとしよう。砲術長」

 

 壁際に立っていた『紀伊』砲術長を呼び寄せる。

 

「は、はいっ」

「砲撃戦の際には本艦が統制艦となる。重責ではあるが、気負わず演習通りやってくれれば良い」

「さ、最善を尽くします! 失礼します!」

 

 敬礼して少し不自然な歩き方でこの場を後にする砲術長。それを見て参謀の一人が思わず、

 

「大丈夫なのか……?」

 

 と呟いた。

 当然、最新鋭戦艦の砲術長ともなれば超のつくほど優秀な人物なのだろうが、あまりそのようには見えない振舞いであったためであろう。

 

 

 一九四二年二月二五日 深夜

 

 

 日付も変わって翌二五日、道真公の命日でもあるがわりとどうでもよく、艦隊は会敵予想海面に到着していた。

 しかし、鵜の目鷹の目にゃんこの目、極限まで高められた帝国海軍見張り員の暗視能力をもってしても、天候が回復し星明かりが海を照らしていても、敵艦隊を発見出来ずにいた。

 

「まだ見つからんのか!?」

 

 首席参謀の声音にも焦りの色が見られる。それに対し、

 

「トラックからも索敵攻撃隊が出たそうです。我々の下駄履き(水偵)も全機上がって索敵任務に就いております」

 

 発見は時間の問題と、航空参謀は敢えて言い切ってみせた。無論、彼も内心は焦っているのだが。

 

 そして、午前二時――戦史では十一分――ごろ。

 突然、進行方向右寄りが人工の黄白色光に照らし出された。

 

「二時方向! 陸攻の零式吊光照明弾と思われます!」

「光の下に敵艦隊! 距離二六〇〇〇!」

 

 遂に敵艦隊を捕捉した三川司令官は、南雲長官や周辺の潜水艦・航空機に彼我艦隊の位置を知らせると、敵艦隊の頭を抑えるべく回頭を命じた。


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