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第十話 朝日は昇りて

 二月二五日 夜明けから数時間

 雷雨に紛れて北方へ退避する米艦隊

 戦艦『ワシントン』医務室



 戦艦『ワシントン』医務室、その一番奥まったスペース。そこには意識を回復しベッドに身を起こしている眼鏡をかけ頭に包帯をまいた初老の男と、そばの椅子に腰掛けた若い佐官がいた。W・A・リー提督と戦隊首席参謀である。


「……そうか、第2群は壊滅したか」

「はい。生き延びたのはこの『ワシントン』とキンケイド提督麾下にあった駆逐艦『カッシン』のみです」


 他は全て沈んだと思われます、と続ける首席参謀。


「『カッシン』とは退避中に運よく合流できたのですが。……その後、モガミ級巡洋艦二隻に追尾されたので星弾を発射。賭けでしたが味方巡洋艦戦隊が駆けつけてくれまして、敵巡洋艦は追尾を諦めてくれました」

「また大きな博打を打ったものだな?」


 敵本隊の追撃を受けていたらどうする積もりだったのだ、と、半ば呆れ顔で言うリー提督に、勝算はありましたので、と返す。


「まず、主砲火力半減の戦艦とたった一隻の駆逐艦では魚雷持ちの日本巡洋艦に対して勝負になるかすら怪しいですし、あれ以上敵が増えたとしても状況は大して変わりません」


 既に酸素魚雷を実用化して装備している兆候すらありましたし、と続ける。


「それに、私は先生とおやっさんを信頼していますから」

「……ああ、確かキミはスプルーアンス君と親交があるのだったね。まったく、ハルゼー提督も自らの危険をかえりみず彼の巡洋艦戦隊を迎えによこしてくれるとは……“おやっさん”と慕われるのも当然か。それに引き替え私ときたらこのザマだ」


 そう自嘲気味に笑い、嘆息する提督。一気に老け込んだ感を見せるリー少将に対して報告を続ける。


「……では、本艦と『カッシン』が最終的に確認した敵艦隊の合計兵力を報告致します。戦艦が艦級不明六程度。巡洋艦がモガミ級八、タカオ級三、フルタカ級とユーバリ級それぞれ二、艦級不明が複数。艦級不明駆逐艦が数十隻、少なくとも一隻はフブキ級でした」


 つまり、トラック近海には戦艦五〜七隻、巡洋艦十五隻以上、それに駆逐艦数個連隊が展開していたという計算になる。


「そんな大部隊が!? キミの言った通り巡洋艦数隻という判断は早計だったか……」

「はい。累計値なのでダブルカウントや誤認はあるでしょうが、それでも甘過ぎる想定でした。しかしながら、その責を負うべきは情報部や統合作戦本部でしょう」


 むしろまんまと罠にかけられた感すらありますね、と露骨に不信感を露にする首席参謀。まあ今更ですが、と肩をすくめため息をつく。


「そして戦果は、私が直接確認したのは撃沈がフブキ級二ないし三隻、撃破がタカオ級一隻。『カッシン』は戦艦一、モガミ級二、駆逐艦三の撃沈と、艦級不明戦艦、タカオ級、フルタカ級それぞれ一及び駆逐艦二の撃破を確認したと主張しています。

 対して損害は戦艦三隻、巡洋艦三隻、駆逐艦五隻が未帰還となっています」


 こちらに関してはあえて誤認の可能性に言及しなかった。今それを強調したところで大して意味は無いし、損害の代償としてはあまりに儚いものだったからだ。

 そして、その他の細々とした報告事項を伝え終わると席を立った。


「──報告は以上です」

「うむ、本当にご苦労だった」

「私は義務を果たしたまでです。……それでは失礼します」


 敬礼を残して去る首席参謀。それと入れ替わるように近づいて来た軍医にリー提督はベッドに押し倒され、絶対安静を申し渡された。

リー提督が起き上がれるようになった頃、米艦隊は文字通り荒天に恵まれてこれ以上の損害を出さずに離脱することに成功。先行していた空母『エンタープライズ』『ヨークタウン』と駆逐艦四隻及び高速タンカー『シマロン』『ネオショー』と合流しパールハーバーへの帰途についた。



 同日 昼過ぎ

 WE攻撃部隊 第三戦隊旗艦『紀伊』



 三川軍一司令官以下戦隊幕僚がつめている煙突後方の司令部施設。通称第三艦橋には、比較的緩やかな空気が流れていた。

 もちろん、敵艦隊に空母が含まれるとの報告もあって総員が戦闘配置についたままだったが、新兵器の対空電探も百戦錬磨の見張員もなんらの異常を捉えていないことと、夜明けと共に発進した三波の索敵隊がことごとく空振りだったことで警戒をゆるめていた。

 更に昼前頃、ハルゼー台風を未然に察知しようと哨戒網を敷いていた第三潜水戦隊所属の伊72潜から急速に発達する寒冷前線の中を北へ航行する戦艦一を含む艦隊発見と通報があり、先ほど、サイパンを発った一式陸偵──陸軍の百式司令部偵察機の海軍仕様──が、密雲の切れ目から東進する空母を発見したことから直接の脅威は去ったと判断されていた。

 そして、艦隊司令長官の南雲忠一中将から直々に『第三戦隊の働きは格別のもの有り』との言があり、また、後に感状を授与されたこともあって大いに士気を高めることとなった。

 後に、この海戦が帝国海軍の大勝利であったことが知れ渡ると、海戦が行われたのが菅原道真の命日である二月二五日であったことから、天神様の加護があったに違いない、と、天満宮の神札を艦内神社に奉ったりする艦もあったという。


 第一章 完


 ────────────────


 ◇海戦後の動き


 〈大本営海軍部発表〉

 我が海軍部隊は、二月二五日、トラック諸島北方百カイリの洋上において、敵有力部隊を発見捕捉し、これを攻撃。次の如き大戦果を収めたり。


 ・撃沈

 戦艦三隻 (『ノースカロライナ』『サウスダコタ』『インディアナ』)、巡洋艦五隻 (『ニューオーリンズ』『ミネアポリス』等)、駆逐艦六隻

 ・撃破

 戦艦一隻 (『ワシントン』)、駆逐艦一隻


 我が方の損害

 ・沈没

 駆逐艦三隻

 ・損傷

 巡洋艦一隻


 この海戦をトラック沖海戦と命名す。



 〈感状〉


  感状

 南雲忠一中将麾下 WE攻撃部隊

昭和十七年二月トラック沖海戦ニ際シ各部隊緊密適切ナル協同ノモト来襲スル敵艦隊ヲ撃壊シ特ニ飛行場攻撃ヲ砲撃セントシテ進入シ来ル米戦艦隊ヲ発見スルヤ直チニ攻撃ヲ開始シ此ヲ完封セシメ各隊協力善戦奮闘シ遂ニ敵ヲ殲滅シテ克ク其ノ任ヲ全フセルハ功績顕著ナリト認ム依テ茲ニ感状ヲ授与ス

 連合艦隊司令長官 寺島健


  感状

 第六駆逐隊 響 電 雷

昭和十七年二月トラック沖海戦ニ際シ(中略)勇猛果敢ナル突撃ノ末遂ニ米戦艦サウスダコタ号ヲ撃沈シ克ク其ノ任ヲ全フセルハ功績顕著ナリト認ム依テ茲ニ感状ヲ授与ス

 連合艦隊司令長官 寺島健


 〈各所の反応〉


 ──海戦後、ニューヨーク・タイムズ

 海軍当局の発表によれば、先月25日の海戦で、日本海軍の戦艦『ヒラヌマ』を撃沈し、戦艦『ヒエイ』『ミマサカ』を大破させた。我が軍は戦艦『ワシントン』が損傷した。


 ──第一艦隊参謀長宇垣纏少将の日記の一部

 南雲部隊は赫赫たる戦果をあげたり。なれど、『摩耶』の重大なる損傷は痛恨事なり。


 ──海戦の報告を聞いたF・D・ルーズベルト大統領

「……マサチューセッツ級戦艦とボルティモア級巡洋艦の追加発注が必要なようだな」


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