「しあわせのパン」を作るパン職人ですが王宮の厨房を全焼させて無職になりました
「まーたやったのか! もう擁護できん……お前はクビだ! 僕との婚約も白紙にする! 故郷に帰れ!」
「そ、そんなぁ! 王太子様ぁ!」
わたし、フィオ・バーナーは、誰もがうらやむ王太子様の婚約者であり、王宮お抱えのパン職人……だった。
たった今、独り身の無職にジョブチェンジ。
「そりゃ、パーティー用のパン五十斤、黒コゲにしたのは悪かったですけど……」
「そうだな! パンと一緒に厨房と食糧庫全部燃やさなきゃクビにならなかったかもな! 今夜のパーティーどうする気だ!」
「それはちょっと、ほんのちょーっと加減を間違えたっていうか……!」
「加減間違えたで済むかアホー!」
*
とほほ。
庭園のベンチで途方に暮れるわたし。
しかたなく黒コゲのパンをかじる。一個くすねてきたのだ。
「ゲホッゲホッ」
むせた。
誰、こんなの焼いたの!
……わたしか。
ぽいっと垣根のむこうに投げ捨てる。
「これはこれはフィオ様。あなた様のパンを投げ捨てるなどもったいない」
垣根の向こうから銀髪の男性が顔を出す。
「あら、ロリス様。こんなところで何をされているのです? わたしにもう敬語はいりませんよ。婚約者なしの無職になりましたから。……服、汚れてますよ?」
宰相のロリス・フリッツ公爵だった。
「いや、ちょっと昼寝をね。あなたのパンが当たったからススがついてしまいましたね。これをいただけば私も幸せになれるでしょうか」
その手にはわたしが投げ捨てたパン。
「なれるといいですね」
わたしみたいな一介のパン職人が、なぜ王太子様と婚約していたのか。
それは、わたしが神様から授かったこのパン作りの能力のおかげだった。
しあわせのパン作り――
そんな名前でよばれるこの能力、わたしのパンを食べた人が「まれに」とてもしあわせになるというもの。
少し前に、噂を聞きつけた王太子様がそれを食べてから出征し、負けそうな戦にバカ勝ちした。
わたしは勝利の女神とおだてられ、いつの間にか王太子様と婚約までしていたというわけ。
それで宮廷パン職人とかいう訳のわからない役職についたわけなんだけど、一つだけ小さな問題があった。
わたし、パンを焼くのが絶望的に下手だったらしい。
おうちで一つ二つ焼くのは問題なかったんだけど、たくさん焼くとなぜか間違いなくコゲる。なんならそのまま火事になる。
温度とか、薪の量とか、何も間違えたりしてないはずなんだけど……。
「ふむ、独特の風味……」
うわ、食べてる。
「しあわせの味とは、なんともほろ苦いものですな」
「うまいこと言ったつもりですか。お腹壊しますよ」
こんな能力、わたし自身が半信半疑。っていうか作ってるわたしがこんなに不幸な目にあってるのにしあわせも何もないでしょ。
「それにしても、先ほど婚約者なしの無職とおっしゃいましたか? なにゆえに?」
「いやー、また、やっちゃいまして……王太子様のガマンが限界突破しちゃったみたい、です。田舎に帰ってほそぼそとパン焼いて暮らしますわ」
「おお、たかだかパンを焦がすことの二度や三度、王太子様も堪え性のない」
「まあ、わたしも悪かったですから」
……実際、二十回目だし? 今日は派手に火事になったし?
「そのお力、ぜひ我が公爵家で活かしてみませんか」
「まあ、プロポーズ? やだ、今さっき王太子様にフラれたばかりなのにわたしったらそんなに魅力あります?」
「いいえ、もちろん単なる使用人として」
ですよねー。
*
「要は、フィオ様はたくさんパンを焼くと焦がすのです。ひとつずつ焼けば良いということ」
ロリス様のおうちの、厨房。
そこには、ご丁寧にパン一つ分くらいの小さなオーブンがあった。
「これ、真新しいですけど、まさかわたしのために作ったのですか?」
「はい、そうです。と言ったら?」
「クビになるのを見越して、って? まさか」
「はは、そうですね。まあひとつ焼いてみてください。小麦や道具はこちらにありますから。オルステッド、あとは頼みますよ」
「わかりました。あなたが有名な破壊神フィオですか。お初にお目にかかります。ここは焼かないでくださいね」
オルステッドと呼ばれた若い男の人が握手を求めてくる。わたしと同い年か、少し上くらい?
厨房にいるにしては、なんだか不釣り合いな黒いローブみたいなものを着ている。
「……どんなあだ名ですか。よろしくお願いします、オルステッド。えっと、公爵邸の料理人さん、ですか?」
「いいえ、精霊使いです。ああ、魔法使いと言った方がわかりやすいかな?」
「はあ」
なぜ魔法使いが? パン焼きに?
「あはは、驚いていますね。私が睨んだ通りなら、役に立つ男だと思いますよ。それでは、失礼」
ロリス様は行ってしまった。
「じゃあ、まず焼いてみようか」
それからわたしは、毎日朝、昼、晩に一つずつパンを焼いた。
やっぱり、一つずつなら上手に焼ける。楽すぎて物足りないけれど、ひとまずそれで良いとオルステッドが言うので、その通りに仕事をする。
焼いたパンはお皿に乗せてロリス様へお出しする。
「ふむ、なるほど。興味深い」
そんなことを言うオルステッド。
「どうかしました? パン、食べます?」
焼き上がった夜の分のパンを差し出してみる。
「いえ、それはロリス様へお願いします」
オルステッドはわたしがパンを焼くところをじぃーっと、見ている。何をするわけでもない。
「フィオ、あなたは火の精霊に『愛されて』いますね。溺愛されています」
「はあ」
「だから、ほんの種火しかつかないはずのこのオーブンでパンが焼けるのです」
「はあ?」
「みていてください」
オルステッドが薪をくべてオーブンに火を入れる。
「おお……?」
薪の量に比べて、明らかに火の通りが悪い。薪を入れすぎたのかと思って少し間引いてみるも、変わらない。
「どういう仕組みなんです?」
「僕の精霊魔法で精霊の力を抑制しているのですよ。だから火はある程度までしかつかない。はずなのですが……」
やってみてください、と言われ、わたしが火をつける。
「おお?」
普通のオーブン並に燃え上がる。
「やはり。いつも黒コゲになっていたと聞きますが、普通の火力でそうなりましたか?」
「はい、というか……普通より弱くしたり、コゲないようにそりゃ工夫してましたよ」
「それでも燃える。やはりそれは精霊の暴走ですね。いや珍しい体質だ。これほど精霊に愛されている人を初めて見ました」
「はあ……でもパン職人と相性悪すぎませんかそれ」
「フィオは特別なパン職人。きっと神様が一度にたくさん作れないようにそんな試練を与えたのでしょう。よし、精霊と仲良くなって制御する練習をしましょう」
「はあ……」
ということで、翌日からはパンを焼きながら合間に魔法? の練習をすることに。
瞑想みたいなことばかりさせられて、何やってるんだろうという気もしたけど、まあ一日にパン三つしか焼かなくてもお給料もらえるし? 暇だし? ちょうどよかった。
そんな暮らしを続けて数ヶ月。
その日はいきなりやってきた。
「こんなところにいたのか、フィオ!」
ロリス邸の厨房の扉を壊すんじゃないかという勢いで開けて入ってきたのは、王太子様。
「あら、どうしたんです?」
「どうしたんですじゃない! まったく勝手にいなくなりおって、探したぞ! パンを作れパンを!」
なんなの。自分で言ったことを忘れたのだろうか。
「クビにして故郷に帰れって言ったの、王太子様じゃないですか?」
「いいから! 国の一大事なのだ!」
ははーん? わたしのパンが必要なことが起きて、慌てて探しにきたな?
都合のいい女あつかいしてくれちゃって!
「いやでーす。わたし、もうあなたの婚約者でも部下でもありませんから」
「ロリス! お前からもなんとか言え! そしてなんで宮廷魔導士長がこんなところにいる!」
やれやれという感じでロリス様とオルステッドが顔を見合わせる。
オルステッド、そんな偉い人だったのね。
王宮にしばらくいたけど王太子妃教育させられているか厨房にいるかだったから、知らなかったわ。
「フィオ、こうして王太子自らわざわざ来てくださったのです。ちょっと焼いて差し上げてください」
「まあ、ロリス様の頼みなら……一つでいいんです?」
「百斤……いや、五百斤だ!」
「いやいや、無理でしょ。ここのオーブン一つずつしか焼けない特別製なんですから」
「隣の大国が攻めてきているのだ! 国の存亡がかかっているのだぞ!!」
思ったより大ごとだった。
いや、それで当たるかわからない「しあわせのパン」頼みってひどくない?
「フィオ、特訓の成果を見せる時だな。王宮の大きなオーブンで焼いてみなさい」
オルステッドが勧めてくる。
「ええー……ちょっとトラウマなんですけど」
まだ目の前で燃え盛る炎の記憶も新しい。
「大丈夫、今回は火事になりそうだったら僕が水の精霊にお願いして消してもらいますよ」
「それなら、じゃあ……」
*
王宮の厨房。
わたしが燃やしちゃったので、再建されて真新しい。
「じゃ、行きますよ? 精霊さん、手加減よろしくね」
最近ちょっと言うことを聞いてくれるようになった精霊さんに語りかけて、火をつける。弱めに。
「お……?」
「おお!」
わたしだけでなく見ている王太子様も声を出す。
なにせ、とてもいい感じなのだ。
王宮のオーブンで初めてまともに焼けている。感動。
「うんうん、僕の指導が良かったのですね」
自分で自分を褒めて納得しているオルステッド。
まあその通りなんだけどさ。
「これなら大丈夫そうですね。騎士に食べさせるのですか?」
「そうだ」
ロリス様の問いに王太子様が答える。
やっぱり。自分が前に食べて成功したから、それを拡大させたいのね。
でもなあ。
「ご存知かとは思いますが、わたしのパン、必ずしあわせを運ぶわけではありませんからね?」
「わかっている。しかし、一人でもその効果が現れればあるいはという意味で重要なのだ。何せ先の戦いではすごかったからな……」
すごかったんだ……。
あまり戦の詳細は聞いていないのよね。
「まあ、やれるだけはやってみます。はい、最初の一つ、焼きたてです。どうぞ」
「うむ」
王太子様に焼き上がった最初の一つを渡す。その場でかじる王太子様。
ふっ、かかった。
「ぐわっ!! なんだこれ、辛っ!!! 水! 水!!」
味は言われてなかったからね。王太子様の分だけ激辛にしてやったのよ。
ざまー。
*
という感じで無事に五百斤を焼き上げまして。
会戦当日、最前線の陣地。
「あのー……なんでわたしここにいるのでしょうか……」
「ああ、戦争中もお腹は空くからね。パンをジャンジャン焼いてほしいんだってさ」
オルステッドが軽い感じで言う。
「危なくないんです?」
「ノーコメント」
それは危ないって言ってるのと同じ意味だぞ?
「まあ、しばらく焼いて、危なそうだったら逃げますからね? いいですか?」
「もちろんだよ。ここは前線では後方だからそんなに危うくはないとは思うけれど。僕もロリスも前の方に出ちゃうから、たまに辺りを見て危なそうだったら逃げてね」
適当だなあ、もう。
仕方がないのでパンを焼き始める。
「精霊さん、もうちょっと弱く〜」
やっぱり戦争が近いと精霊さんも荒ぶるのだろうか。
少し火加減が難しい。
そんなこんなで追加で百斤ほどを焼き上げる。
「……ひとつかじっとこ」
不安もあるので、わたし自身があやかりたくて焼きたてのパンをかじる。
うん、おいしい。
と思ったその時。
ドドーン!
なんか、そう遠くない場所で何かが破裂するみたいな音。ちょっとまずそうじゃないこれ?
外に出てみると、やっぱりなんか敵が見える距離まで近づいていて、たまに何かが飛んできている。
やっぱりパンごときで戦争ひっくり返すなんて無理だったんだろう。
「やば、逃げよ」
そんなこんなで荷物をまとめていると――
ドーン!
「うっひゃあ! あぶな!」
なんと大きな石がオーブンを直撃! 半壊するオーブン!
火はまだ入れっぱなしだったので、そこから火が燃え上がる!
「あっ、精霊さん! ちょっと、ちょっとまったー!」
火の精霊さん、わたしに危害が加わりそうになってカンカンに怒って、ものすごい大きさの炎になって空を飛んでいる。
ああー、私の言うことまるで聞いてない。あー、もう知らない。
「ああー、あ?」
精霊さん、そのまま飛んでいって――あっ、敵の軍に火を放ってる。一瞬で潰走する敵軍。
「愛されてるなー、わたし」
そんなこんなで、精霊さんのおかげで逆転大勝利で終わったのであった。
あ、オルステッドが消火してる。水の精霊さんも便利ねー。
*
「フィオ・バーナー! 貴君を第一等戦功者として表彰する!」
王宮、謁見の間。
王様の前で跪くわたし。
「子爵に叙爵し、戦功に応じ金貨一万枚を与える!」
「い、一万……!?」
爵位はどうでもいいんだけど、一万枚はやばい。やばすぎる。
一生遊んで暮らすのを十回できる。
「ほとんど一人で敵軍を追い払ったのだ。それに報いるにはこれくらいはいるであろう」
「ありがとうございます! 遠慮なくいただきます!」
うふふ、何買おう。
「はっはっはっ、僕はフィオを信じていたぞ! さすが我が妃となる者よ!」
「いや、それは間に合ってます」
キッパリとお断り。
「それより……一番の功労者である火の精霊さんが喜びそうなバカでかオーブン、作ってくれません?」
『それはダメ』
みんなが声を揃える。
戦場での、ちょーっとやんちゃが過ぎた精霊さんの振る舞いを見てから、みんなこんな感じ。
ちぇっ、ケチ。
「ダメだってー、精霊さん。じゃあ別のとこに作ってもらいましょうねー」
小さなランタンの中で種火サイズで大人しくしてる精霊さんにそう言うと、わたしは立ち上がった。あの戦以来、こんな感じで一緒にいるのだ。
「じゃ、お暇します!」
「あー、オルステッド。監視……じゃなかった、従者としてついて行ってやってくれ」
ロリス様がそんなことを言いだす。
「うーん、そうだね。わかった。まだ教えなきゃならないこともあるし。一緒に行ってもいいかい?」
「ええ、オルステッドならいいわよ? でもあなた、偉い人なのでしょ? お仕事は良いのですか?」
「あー、いいっていいって。君のためなら。……まあ、無自覚な大精霊使いの監視の仕事なんだけど」
「頼んだぞ、火の大精霊使いを育てて囲い込む私の策、国のために成し遂げてくれ」
オルステッドとロリス様がなんかこそこそ言ってるけど、よく聞こえない。まあ変な邪魔しないならなんでもいいけど。
「では、ごきげんよう!」
わたしは一礼して、その場を後にする。
まずは実家に行ってお母さん驚かせてあげよう。貴族になってお金持ちになったよーって。
「じゃ、いってみましょうか!」
フィオは、自分のパンの効果が「ものすごく」あったことに、全く気がついていなかった。
そして、これが、水の大精霊使いオルステッドと火の大精霊使いフィオの伝説の始まりだということにも。
母を驚かせたらあとはどこかで小さなパン屋でも始めよう――それくらいしか考えてなかったのであった。
お読みいただきありがとうございました。
ゆるめなファンタジーを書きたくなったのです。
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