海水浴していただけなのに、大時化になった
今日は、海が気持ちよさそうだった。
空は晴れ。
雲も少なく、風も穏やか。
潮の匂いも、悪くない。
たまには、海もいい。
そう思って、
岩場からそのまま、海へ入った。
――ざふん。
冷たすぎず、
ぬるすぎず。
「……ちょうどいいな」
翼をたたみ、
体を半分ほど沈める。
波は静かで、
沖も落ち着いている。
最高の海水浴日和だ。
少し泳いで、
少し浮かんで。
そのまま、何も考えずに、ぼんやりしていた。
――――
しばらくすると。
海の向こうが、わずかに揺れた。
波ではない。
潮の流れが、一瞬だけ止まった。
「……?」
次の瞬間。
海面が、盛り上がった。
ズボー、と。
何か巨大なものが、水面から顔を出す。
巨大な顎。
山のような額。
海そのものを背負ったかのような存在感。
リヴァイアサンが、こちらを見つめていた。
「……あ」
知り合いだった。
――――
一方、その頃。
はるか沖合を航行していた四隻の軍艦は、
前代未聞の大時化に巻き込まれていた。
「こんな大時化は初めてだな!」
「くそっ、舵が利かねぇ!」
波は壁のように立ち上がり、
海は狂った獣のように暴れている。
「船長! あれを!」
見張りが叫ぶ。
次の瞬間。
それまで暴れていた潮が、
主を見つけたかのように、嘘のように静まった。
「……波が、止まった?」
不自然な静寂。
そして――
海の向こうに、“それ”が見えた。
望遠鏡越しに映ったのは、
巨大な海竜。
そして、その頭の上に。
腕を組んで、くつろいでいる――
一匹のドラゴン。
「……は?」
「……え?」
「……乗ってる?」
しかも、そのドラゴン。
海水に足を浸し、ぱしゃぱしゃと遊んでいた。
「……遊んで、いる?」
「いや、待て……あれは――」
船内が、凍りつく。
誰かが、震える声で呟いた。
「リヴァイアサンを……
乗り物扱いしている……」
――――
「……いや、ちょっと待て」
海面から顔だけ出したリヴァイアサンと、
岩場代わりにその頭へ腰掛けている自分。
どう見ても――
世界観的にアウトな絵面だった。
リヴァイアサンは、ゆっくりと首を傾げる。
その動きだけで、
周囲の海が大きくうねる。
《……ドラゴンよ》
低く、
海そのものが震えるような声。
《なぜ、そこにいる》
「いや、海水浴だが?」
《海水……浴?》
「今日は天気もいいし、潮も穏やかでな」
数秒間。
リヴァイアサンは、完全に黙った。
あまりに重い沈黙に、
逆に波が静まり返る。
《……我が出ると、嵐になるのだが》
「そうなのか?
今、めちゃくちゃ楽しいぞ」
《…………》
リヴァイアサンは、
「世界の理」を一つ疑い始めた顔をしていた。
――――
その頃、軍艦。
「提督に報告しろ!」
「なんて報告すればいいんですか!」
「考えろ!」
「“ドラゴンが日光浴中”とかですか!?」
「ふざけるな!」
「しかし事実です!」
艦内は、かつてない混乱に包まれていた。
――――
一方、海の上。
《……我は戻るぞ》
「おう。付き合ってくれてありがとう」
《……礼を言われるとは思わなかった》
「また会ったら、今度は一緒に泳ごう」
《話を聞け》
リヴァイアサンは、
深く、深く、海へと沈んでいった。
波は、すぐに元通りになる。
――――
その後。
四隻の軍艦は、
「敵意なし・目的不明・非常に暇そう」
という、史上最悪に判断の難しい報告書を提出することになる。
そして――
当のドラゴンは。
「さて……」
翼を広げ、空へ戻る。
今日は、
本当にいい海水浴日和だった。




