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第5話 月ヶ瀬ぱっしょん。

 美術の時間。クラスの垣根を超える数少ない授業で、しばらくは人物画をするという。


 向かい側にはペアになった月ヶ瀬が鉛筆を垂直にしながら片目を瞑り俺の方を見ていた。


「最近渡良瀬さんとは、どーなんだい? うーまーくーいっているのかい? どーっちなんだい?」

「何者だよ……」


 みょうちくりんなイントネーションに言い回しだ。


「ぱわあ!」

「うおっ」


 急に叫ぶなよびっくりした……。

 月ヶ瀬は俺の心臓の事など気にもしてないのか、つらつらとキャンバスに鉛筆を走らせ始める。


「ミス・月ヶ瀬」

「は、はいっ!」


 教師に名前を呼ばれ、顔を強張らせる月ヶ瀬。ある程度私語が許されている授業とは言え、流石に叫ぶのは……。


「ナイスパッション! 良いですね! 芸術はパッション! 素晴らしい!」


 いやいいんかい。


「ありがとうございます!」


 先ほどとは一転。元気よく挨拶すると、月ヶ瀬が褒められたよと言わんばかりに勝気な笑みを浮かべ俺の方を見やる。そんなアピールされてもな……。


 しかしうちの美術の先生、なかなか癖が強い。芸術科目は書道・音楽・美術の選択式だが、もしかして他の科目の先生もこんな感じなのだろうか。


「それで? 実際のとこどうなの?」


 月ヶ瀬が鉛筆を走らせながら尋ねてくる。


「中学の時はじゅうくんと、ああ、いつも、うん、一緒に……いたよね……」


 月ヶ瀬の声のトーンがどんどん沈んでいくと、最後には描く手を止めてしまう。まぁそういう反応にもなるよな。顔を合わせれば必ずと言ってもいいほど暴言を浴びせられてただろうからな俺。


「別にどうも無いぞ」


 なんならどうでもいいまである。


「でもなんか今日一緒に学校来てたよね? 高校になってからはずっと別々だったのに」

「まぁそうだけど」


 事実ではあるので肯定すると、月ヶ瀬は俺の隣に椅子を引きずりながら寄ってくる。


「ほっほお、良いですね。センスある!」


 月ヶ瀬が俺のキャンバスを覗き込み、画廊の真似事でもしているのか顎をさすりながら言い放つ。


「世辞よりあんま見ないでくれたほうが嬉しい」


 実物の素材が良すぎるせいで申し訳なくなってくる。


「えぇ~全然うまいと思うけどなぁ」


 言いながら、月ヶ瀬はこっちは本題じゃなさそうで、さらに俺に接近し耳元に顔を寄せてくる。


 肩に届くか届かないくらいかの絹のように綺麗な髪が揺れると、柑橘系の香りが漂ってきた。

 思いのほか詰まった距離に気恥ずかしさがやや先行する。


「でさ、噂で聞いたんだけど、渡良瀬さん、親族の方亡くなったんだよね? やっぱそれで?」

「まぁ、きっかけはそれ」

「そかあ……なら仕方ないかー……」


 俺から離れると、月ヶ瀬は体を二つに折りぐでーんと沈み込む。


「仕方ない?」


 発言の意図が分からなかったので聞き返すと、月ヶ瀬は背筋をぴんと伸ばし首をぶんぶん横に振る。


「やや、こっちの話! で、でも渡良瀬さんもじゅう君に寄り添ってもらえてきっと嬉しかったと思うよ!」


 言われて朝方の事を思い出す。


「ありえないな」


 否定するつもりは無かったが、気づけばそんな言葉が口をついていた。我ならが随分ときっぱり言い切ったもんだ。こんな事適当に流しとけばよかったのに。


「えーっと、そうなの?」


 月ヶ瀬が小首を傾げる。一度言い出してしまうと、さらに言いたくなってしまうのも人の性というべきか。あるいは客観的な視点が欲しかったのかもしれない。俺の思考はすっかり月ヶ瀬の疑問を解消しようという方向に傾いていた。


「まぁ聞いてくれるか」


 朝方のやり取りなどを伝え、いかに渡良瀬にとって俺がどうでもいい存在なのかを説く。

 要するにただの愚痴だが、月ヶ瀬は真面目に耳を傾けてくれた。


「……で、女子を落とすには云々、見当違いにも程があるというか、まぁそんなところだ」

「なるほどそんな事があったんだ……」


 月ヶ瀬は目を瞑り考える素振りを見せると、出し抜けに勢いよく立ち上がる。


「これはチャンスかもしれない!」

「え」


 想定外の言葉につい声が漏れる。自ずと他の人からの視線も一手に引き受けているが、当の本人は気づいて無さそうだ。


「間違えた! それは流石にちょっと渡良瀬さん良くないと思った!」


 俊敏な動作でこちらへと顔を向けてくる。

 一体何をどう間違えたというのか。たまに月ヶ瀬、よく分からない事言いがち。


「ミス月ヶ瀬」

「は、はい!」


 ふと先生が月ヶ瀬の名前を呼ぶ。またパッションとかで褒められるのだろうか。


「パッションは良いけど授業という事も忘れちゃノンノン」

「はいすみません」


 月ヶ瀬は再び椅子に座し、縮こまる。あ、今のは注意するんだ。

 ここは月ヶ瀬のためにも話を切り上げて絵に集中した方が良さそうだな。


「ま、別にいいんだけどな。ただやっぱおばちゃんの事ですらあれなのはちょっと思う所があっただけっていうか。すまんな変な事聞かせて」


 なんというか、月ヶ瀬相手だと軽い不満くらいなら打ち明けられるというか、月ヶ瀬の前ではそんな不満もちっぽけに感じる事ができるというか。


「全然、むしろ嬉しい。じゅう君には中学の頃は色々相談に乗ってもらったからね。今度は私の番って事だよっ」


 月ヶ瀬が弾むように言うと、ウィンクしてくる。

 そうか、未だに感謝してくれてるのか。


 まぁその相談のせいであの『事件』が起きてしまったので複雑な気分ではあるのだが、そう言ってくれるだけでも幾らが溜飲が下がるというもの。


「あ、そうだ、渡良瀬さんだけどさ」


 元の位置へ帰っていったので、再び鉛筆に手を取り描き始めるとのかと思ったら、くるっとペン回しをして尻側をこちらへと向けてくる。


「私ね、流石にこのままっていうのも良くないと思う」

「というと?」

「聞いた感じ、渡良瀬さんは事の重大さを理解してないと思うんだよ」

「まぁ……」


 重大かはさておき俺の心中など何一つ関心が無いのは事実だろう。


「だからちょっとここらへんで手を打とう!」

「手を打つ……?」


 平手打ち? なわけないか。


「ま、とりあえずここではなんだし、なんなら怒られたし……」


 しょぼーんと小さい声で肩を落とす月ヶ瀬。意外と注意された事気にしているらしい。


「というわけで、昼休みご飯食べ終わったら中庭集合で!」

「え、中庭……? まぁいいか」

「じゃあ決まり!」


 月ヶ瀬は自らのキャンバスにまた目を向けると、鼻歌混じりにまた絵を再開させる。

 大方どういう話になるのかは予想はつくが、まぁ女子と昼休み過ごせるというのは一介の男子高校生としては悪くない気分だ。断る理由も無いだろう。


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