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第4話 結局俺はそれくらいの存在でしかない

 夏の始まりに必ず通らなければならない梅雨。

 六月に入ったばかりだというのに既にその足音は聞こえていて、週間天気予報には太陽マークが見当たらない。


 空を見れば当然のように雲は厚くて暗い。今にも雨が降り出しそうな気配だ。

 渡良瀬とは前に帰った時から一度も話していない。お通夜では顔を合わせたものの、なんと声をかけたものか分からなかった。


 あいつにとっておばちゃんはこれまで育ててくれた親同然の存在、あるいは最愛の存在だったかもしれない。そんな相手との突然の別れは辛いに決まっている。だがそれ以上の事は当人にしか分からない領域だからな。


 聞けばおばちゃんは死の数日前に倒れて病院に運ばれていたという。その後一時的に回復はしたが、すぐに容体が悪化したらしい。


 今思えば、あの時渡良瀬の様子がおかしかったのはこの事があったからなのだろう。時期が丁度一致する。


 あれから少しの間学校を休んでいた渡良瀬だが、どうやら今日からまた登校するらしい。


 なので正直悩んだものの、今日は少し早く出て駅に行く際必ず通る事になる分かれ道のところで渡良瀬を待ってみる事にした。


 相変わらずすっきりしない空模様の中歩いていると、やがて目印でもある古ぼけたカーブミラーが目に入った。

 まだよく行動を共にしていた幼い頃は、この場所が俺たちの待ち合わせ場所でもあった。


 しばらく待っていると、渡良瀬がこちらへと歩いてくる。

 すぐにあちらも気づいたようで、俺を見ると立ち止まり目を瞬かせた。

 ややあって、早歩きでこちらに近づいてくる。

 俺の傍までやってきた渡良瀬はすっと顔を寄せてくると、


「あれれ~なんでこんなとこに立ってるんですかぁ?」

「……」


 いやらしい笑みを浮かべ、いつもと変わらぬ調子で煽ってきた。


「まさかとは思うけどストーカー? 流石に幼馴染でもそれはキツいかも~!」

「……まぁ、お前を待ってたのは間違いない。おばちゃんの事あったし、様子はどうかと思ってな」


 変に濁しても仕方がない気がしたので正直に言うと、渡良瀬がふっと息を漏らす。


「嘘でしょ、それ本気で言ってる?」

「そりゃこんな事で茶化せるわけないだろ」


 俺ですらおばちゃんの事はショックだったんだ。渡良瀬なら尚更のはず。それでふざける方がどうかしてる。

 だが裏腹、渡良瀬はじっとりとした視線をこちらに向け自らの口元に手を添える。


「うわぁ引くわー」

「は……」


 俺は今何を言われた?


「なに、もしかしてネットの情報にでも載ってた?」


 ネット? いやいや何を言ってるんだ。何の話だ。

 頭が今の状況をかみ砕こうともがくが、そんな事知るかとばかりに渡良瀬はつらつらと言葉を紡ぎ続ける。


「まぁーだよねぇ? 山添みたいなだめだめな奴はそういうの読んじゃうかあ」


 俺はそりゃまぁ、人間だし駄目な部分はいくらでもある。あるが、今の何が駄目だったんだ。確かに言葉選びは下手の方だと思っているが……。


「あれでしょ? どうせ女子を落とすには弱った時に~とかそういうのでしょ? いやー山添だし分かるけどさ? 分かるけど流石に必死過ぎて情けないよ?」

「は?」


 いや俺はただ純粋に……ああ、もういいか。

 諦念の波が押し寄せてくる。もしかしたら俺は勘違いしていたのかもしれない。あるいはそう思い込んで自分の心を落ち着かせていたのか。


 腐れ縁とは言え長い付き合いだ、あっちにとってもそれは事実なわけで、少なからず絆のようなものがあると思っていた。そうでなければそれが馬鹿にし、馬鹿にされるものだとしても会話すら起こりえないだろう、と。


 でも実際はどうだ、渡良瀬にとって俺は自らの育ての親の死を利用して親密になろうとしてくる、そんなくだらない、そんな距離感の男でしかなかったというのか。

 なるほど、それなら俺は嘲笑に値する人間だ。常日頃から馬鹿にされてるのも納得だな。


 なんてな、分かってる。そんな認識ならそれこそ会話なんて起きないし、いつだって話しかけてくるのはあちらからだった。


「ああ、そうだな。お前の言う通りだ」


 渡良瀬にとっての俺は辛い事があってもその一部すら肩代わりなどさせるに値しない存在。それほどまでに俺を侮り、嘲り続けてきた。


「ふ、ふーん、身の程知ったんだ。良い心がけじゃない?」

「おう。ちょっと魔が差したんだ。あれだったら先に行ってくれても構わないぞ。どっかで時間潰して一本電車遅らせるから」


 俺の提案に、渡良瀬はこれみよがしにため息をつき薄い笑みを浮かべる。


「はー仕方ないなぁ、かわいそーな山添のために今日は一緒に行ってあげる」

「そうか。じゃあ行くか」


 歩き出すと、渡良瀬がこの前の下校時のようにちろちろと俺の周りで動き始めた。


「ねーねーどんな気分? 憐みで幼馴染と登校してもらう気分は」

「あーまぁ惨めだな」

「うわ、自分で認めちゃうんだぁ? 卑屈すぎてきも~」


 相も変わらず小馬鹿にしたように笑う渡良瀬。

 あまりにいつも通りな光景に、ついつい欠伸が込み上げてきた。

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