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第34話 帰り道

 裏門近くで渡良瀬を待つ。

 六月も中旬とさしかかれば気温も高くなり、日が少し傾いたくらいでは涼しさなどとは縁遠い。

 今も雨こそ降っていないが梅雨のじめじめした空気は依然変わらず、なんなら蒸し暑いとも感じるくらいだ。


 それでも心地よい気分でいられるのは、先ほどのお茶会のおかげだろう。

 終始和やかな空気で進んだあの時間は、渡良瀬と茶道部の人達の努力によって紡ぎあげられた唯一無二の時間だったと言える。


「山添~!」


 呼びかけられるので見てみると、向こう側から渡良瀬が慌ただしく走ってきていた。当然和服姿というわけではなく今は制服姿だ。

 こちらまで駆け寄ってくる渡良瀬だったが、すぐ傍まで来たところでバランスを崩す。


「ごめんね遅くなっ、わっ……!」

 

 咄嗟に片腕で受け止めると、腕の中に渡良瀬の温もりが伝わってくる。


「あ、ありがとう山添」

「気をつけろよ」


 しっかりと立たせてやると、恥ずかしそうにしながらコクコク頷く。

 先ほどの茶会の雰囲気はどこへやったのか。その姿は年相応の少女、あるいはそれよりも少し幼く見えた。

 ただ俺の良く知る渡良瀬には違いない。


「そ、それでお茶会どうだった?」


 はたと渡良瀬が顔を上げると、爛々とした眼差しでこちらへとにじり寄ってくる。

 どこの事を聞いているのか分からないが、でもやっぱり印象に残ったのは渡良瀬の姿か。


「そうだな、とりあえず渡良瀬のお点前がすごい綺麗だった」

「ほ、ほんと!?」


 嬉々とした様子で尋ねてくる渡良瀬。


「ああ、正直魅入ってた。素人だから細かい所はよく分からないけど、かなりレベル高いんだろうな」


 言うと、渡良瀬は勝気な笑み浮かべ小さな身体で胸を張る。


「えへへ、そうでしょ~? 私、茶道部のエースだから」

「詫びさびは無いのかお前は」


 その無邪気さに愛しさ半分、呆れ半分に指摘すると、渡良瀬は口をもにょもにょとさせた。


「うっ……山添に褒められるの嬉しかったからつい……」


 けっこう痛い所を突いちゃったみたいだ。


「まぁでも、一年なのにああいう場でお点前まかされてるくらいだからな。実際、誇っても恥ずかしくない事なんだろ?」


 普通に考えたらあれだけの動作、二か月やちょっとで覚える事はできないだろうし、その上洗練させるとなれば一年でも足りないんじゃないだろうか。


「いえいえ、滅相もございません」


 渡良瀬が突然丁寧な口調になると、居住まいを正す。


「幼い頃からの祖母のご指導の賜物でございます」


 そう言い姿勢よくお辞儀する姿は、先ほど茶会で見せてくれた大人びた一面に相違なかった。

 まさか美しいなんて感情を渡良瀬に向ける日が来るとは思っても無かった。少なくとも二週間前では考えられないな。

 十年以上に渡り受けていた艱難辛苦を思い出し目頭が熱くなる。


「すっかり大人になったなぁ。うんうん」

「ふふーん、詫びさび」


 ちゃんとできるんだよと言いたげにふんぞり返る渡良瀬。


「あーあ、まだまだ未熟だった」

「えへへ」


 渡良瀬が茶目っ気混じりに笑う。いたずらっ子かお前は。まぁメスガキなんかよりよっぽど可愛げはあるが。


「うし、とりあえず行くか」


 庭白駅へと向けて歩き始めると、渡良瀬は当然のように肩を並べてきた。。


「あ、お抹茶の味とかもどうだった?」


 歩く中、渡良瀬が思い出したように訊いてくる。


「控えめに言って超美味かったな。過去に何回か飲む機会はあったが、たぶん一番だ」

「やった! 山添の一番だ私~」


 俺の言葉に、隣で鼻歌混じりで楽しそうにする渡良瀬。

 う、うーん……そういう言い方されると若干語弊はある気がするが、まぁ一番気心のしれてる相手であるのは確かだから間違いではないな。

 それともあるいは……。


 自らの心の所在がどこにあるのか、探してみるが、靄がかかるばかりで見つけるにはまだ少し時間を要しそうだった。


「でも、山添とこうやって帰れるのも今日で最後なんだよね……」


 ふと渡良瀬の鼻歌がやめ、静かに肩を落とす。

 考えないようにはしていたが、そういうわけにもいかないか。

 俺としても寂しくないと言えば嘘になるが、俺まで浸ってしまえばより渡良瀬の寂しさは深まるばかりだろう。俺としてはそんな渡良瀬よりも楽しく笑っている渡良瀬を見たい。嗜虐的意味で楽しんでるメスガキスマイルはお断りだが。


「確かにそうだな。でも明日は見送りもする。しんみりするにはまだ早いぞ」

「そ、そうだよね」


 渡良瀬がやや申し訳なさそうに頬を掻く。


「ちなみに親御さんはいつくらいに帰ってくる? 今日? 明日?」

「えと、今日だけど、仕事が忙しいらしくて、けっこう遅くになるって」

「そっか。じゃあどっかに寄って晩飯とか食べて帰らないか、いい時間だし」


 提案すると、少し沈んでいた渡良瀬の表情はパッと明るくなる。


「え、行きたい!」

「よし、何がいい? ちなみにラーメンとかオススメだぞ」

「ラーメン、いいね!」


 渡良瀬が目を輝かせる。やはりラーメンは最強。嫌いな奴はこの世にいない。これ至言。


「茶会帰りだし、あっさりと京風のラーメンにするか。いい店を知ってる」

「そうしようそうしよう!」


 すっかり元気になった渡良瀬は再び鼻歌を口ずさむと、目に見えるくらい楽し気に歩き始める。

 その姿にこちらまで楽しくなっていくのをささやかながら感じていた。

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