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第31話 クレイジートパーズ

 今日は雨が降ってないので庭白駅まで歩き、そこから生駒駅に行こうと思ったのだが、釜戸に歩くのが疲れると言われてしまい、無駄金を支払い学前経由で行くことになった。

 いつも降りている東生駒駅を通り過ぎ、電車は生駒駅へと到着する。


「やっとついたか。それで百貨店だっけ」


 釜戸の方へと目を向けるが、むすーっとしながら一向にこちらに視線を合わせてくる気配がない。


「お腹でも痛いのか?」


 尋ねると、握りこぶしを振り下ろし叫ぶ。


「ちがあう!」

「じゃあなんなんだよ」

「なんでずぅっと山添くんスマホ触ってるのお!」


 釜戸がスマホを持っている方の俺の手首を掴んでくる。


「何か問題でもあるのか」

「せっかくなんだから色々とおしゃべりとかしようよ!」


 釜戸とおしゃべり?


「……いや釜戸と喋る事とか何かあったか?」


 考えてもまったく思いつかなかったので訊くと、釜戸も考えてみたのか視線で弧を描く。


「それはー……ないけど」


 無いんかい。


「でも何かあるでしょお! 山添くん男なんだからリードしてよう!」


 釜戸が目をくの字に引き結びぷりぷりし始めるので、つい半目になる。


「あー出たよ。男だからどうだ女だからどうだ、今の時代にそんな事言いだすのがそもそもナンセンス。男だってリードされていい、女だってリードされていい。そこに男女の概念を持ち出すのは間違いだ。もし男女の違いを持ち出していいのならそれは精神的な部分じゃなく肉体的な部分だけだと俺は思うね」


 生物学的に筋肉のつきやすい構造をしてる以上、力仕事とかはそりゃお前がやれと言われてもまぁ納得するさ。だが、リードだかエスコートだかそこらへんの事は個人個人の素養に基づいた公平な判断の元押し付けろと声を大にして言いたい。


「むっすう!」


 つい溜息が込み上げてくるのを感じると、より一層釜戸が顔を真っ赤にさせる。


「えーい!」


 釜で湯を沸かしてるのかなと見ていると、突然俺のスマホがひったくられる。


「おい何する」

「私、女なんですけど~?」

「だからなんだ、さっきも言ったように俺が男だからと言って話しかけろというなら断固拒否させてもらう」

「いいもんいいもん、その代わりスマホは渡さないしい!」

「いや普通に返してもらうが?」


 男の生物学的な力を舐めるなよとふんだくろうとするが、ひょいと避けられたスマホはすとんと、肌色の狭間へと収められた。


「おいまさか……」


 瞬きを一つし焦点をリセットさせ視野を広く持つと、スマホのいる場所が釜戸の胸の谷間である事に気づかされる。


 ブラウスは第一ボタンどころか第二ボタンまで外され、かなり際どい部分まで覗かせる肌色。キャミソールで抑えつけられた豊満な山肌は、行き場を探すようにひしめきながらその存在感を放っていた。


「そ、そんなに返してほしいならぁ? と、とったらいいんじゃない? 女の子の身体から」


 顔を真っ赤にしながら上体を前かがみにさせ、によによとこちらを見上げてくる。


「お、お前自分が何してるか分かってるのか……?」

「や、山添くん言ったよねぇ? 男女の違いを持ち出していいのは肉体的なとこだけだって」

「言ったが持ち出し方が明らかにおかしいんだよな⁉」

「あ、あーやっぱり山添くんも男の子なんだぁ? か、顔真っ赤だよ~?」


 煽り散らかしてくる釜戸だが、当の本人は首まで発火させかなりしんどそうだ。


「お前もだろうが。無理すんな、とりあえず今すぐ普通に俺にそのスマホを手渡ししろ」

「こうしたら山添くんでも動揺しちゃうんだねぇ、そっかそっかぁ~」

「そりゃするだろうが! 俺を弄んでいるつもりなのかは知らんが、お前自身も意識してたら本末転倒だぞ!」

「え~? 何言ってるのかとぱちゃんわかんなぁい」


 それはたぶん脳が現実から逃避しちゃってるねぇ!


「べ、別に? 女の子の制服の中に手を突っ込んで取るだけでいいんだよぉ~? かんたんでしょお? がんばれがんばれぇ」

「言い方ぁ……」


 なおも釜戸の谷間にふんぞり返っているスマホ。おめぇそこ席代われ……じゃなくて、どうすればいい。もう恥も外聞もリスク管理もかなぐり捨てて言われるまま抜き取ってやればいいのか?


 で、でもそうだよな。釜戸がそうしろって、言ってるんだもんなぁ? 一応これ、合意の上ってやつだよなぁ? しかも揉みしだこうってわけでもないし、うまくやれば触れずにとる事……はちょっと隙間が少なすぎるが、でもそんなちょっと指先が触れるだけ。先っちょだけ……むしろ何を俺はそこまで躊躇しているんだ?


 脳がどんどんとその機能を低下していくのを感じていると、ふと隣のホームに電車が入ってくる。

 発生した風圧が熱を少し冷まし、間一髪俺に冷静な思考を取り戻させてくれた。


「いいかよく聞け釜戸。今電車が来ただろう? こんな事してたら俺だけではなく降りてくる人にもきっとお前のその体たらくを見られるぞ」

「じゃ、じゃあ早く山添くん早くとってもらわないとなぁ~?」


 釜戸がぐぐいっと身体を接近させ、すぐ傍までスマホを近づけてくる。

 相当発火してるのかそれだけで熱が伝わってきた。


「ほらほらぁ?」


 なおも姿勢を崩さない釜戸。

 駄目だコイツ! たぶん許容範囲越えちゃって無敵の人になってやがる!


「分かったから寄るな!」


 もはやこれ以上拒み続けるのは余計コイツの傷口を広げる事になるだけだろう。

 大衆の面前に晒されトラウマになるくらいなら俺が介錯してやろうと、意を決する。


 同時、隣の電車が騒がしく音を立て扉が開くと、揚々と人影が飛び出してきた。


「よ~し、今日も一番早くこの電車から出た私はレースクイーン……って、え?」


 不幸な事に、たまたま人影真っ先に見た先が俺たちの方だった。

 さっきまで爛々と輝いていたその瞳が、みるみるうちに濁っていくのが分かる。

 まぁそりゃそうだよな……。胸元を多めに露出させあまつさえそこにスマホを挟んでいる女と、そのすぐ傍にそこへ手を伸ばそうとしている男。ドン引きです。


「え、同じ高校……?」


 異様な空気感に気づいたか、未だ呆然と立ち尽くす人影の制服に目を向けた釜戸が蚊の鳴くような声を出す。


 滝のように汗を流すと、すぐにスマホを俺に返し、必要以上に開いていたボタンを留めていく。なんで最初からそうしてくれなかったんだ……。


「あー月ヶ瀬、お前も帰るところだったのか」


 確か最寄り駅ここだもんなこの子。たぶん庭白駅経由から来たんだ。


「じゅう君は……え?」

「とりあえず一生お願いだから一旦ついて来てもらってもいいか」


 誤解を誤解のままにしていてはきっと誰も幸せにしない。

 それはこの場の誰もが分かっていたようだ。

 釜戸は勿論異を唱えず、月ヶ瀬もまた放心しながらもかくんと頷くのだった。


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