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第28話 月ヶ瀬といって。

 渡良瀬の転校は、週末の明けた月曜日に教室で正式に周知された。

 一足先にその事を知らされていた身としても現実感は正直薄かったのだが、クラスメイトにチヤホヤされている渡良瀬を見るといよいよ本当に転校するのだと実感する。


 クラスのグルチャに入ったとはいえ、その群れに突撃する気概は持ち合わせていない。教室の空気たるもの空気を読めなくしては立ち行かないからな。

 席を立ち教室の外へと出ようとすると、釜戸が扉の傍らで立っていた。


「山添君どこ行くの~?」

「今日は弁当を頼んでるから取りに行くだけだ」


 うちは食堂が無い代わりに購買の方で弁当を注文することができるので、朝のうちに頼んでおいた。コンビニパンばかりだと飽きるからな。


「へぇ、じゃーあ~私が付いて行ってあげよっか~?」

「いらん、渡良瀬の所に帰れ」


 即レスすると、釜戸がによによと嘗め回すような視線を送り付けてきた。


「ふうん、ここでるこちの名前出るんだぁ? ふっしぎい」

「だってお前、渡良瀬以外と一緒にいるところ見た事ないし」

「ぎくう!」


 先ほどとは一転、釜戸は表情を強張らせ肩をびくつかせる。

 あれ、なんだその図星みたいな反応。


 売り言葉に買い言葉だったが、思い返してみれば確かに渡良瀬と一緒にいるところ以外の記憶があまり無いな? 基本的に俺は教室内の勢力図からは爪はじき……興味関心が無いから、てっきり俺の存ぜぬところで釜戸は他のクラスメイトともちゃんと仲良いものだと思い込んでいた。


 一応昼休みとか、渡良瀬を筆頭に何人かで机を囲んでた中にはいたとは思うんだがな。

 もし本当に友達がいないなら仲間じゃん。若干今までより親近感を覚えていると、釜戸が拗ねたように呟く。


「だって私より可愛い子他にいないんだもーん……」


 うわ性格わるっ。


「じゃあな」


 こんな奴は捨て置き、さっさと弁当を取りに行くことにする。

 やや遅くなったためか、いつもは人だかりのできている購買前も閑散としていた。少し離れた注文弁当が置かれる平机の上には、もうまばらにしか弁当が残っていない。


 注文票と見比べ自分のものを手に取ると、月ヶ瀬が購買から肩を落としながら出てくるのが目に入った。


「うぅ……油断してた……」


 片手に持つのは黄色い箱。あれはカロリー補給のメイトだな。どうやら購買戦争に負けたらしい。


 出遅れたら最後、甘すぎて人気の無い菓子パンが残っていたらまだマシな方で、日によってはメイトとか酒のつまみみたいなスナック菓子だけになるからな。今日は後者だったようだ。


「あ、じゅう君だ~……」


 あちらもこちらに気づいたらしく、肩を落としながら手を振ってくる。

なんというかシュールな絵面だな。足長アルマジロが二足歩行で手を振ってきたらこんなシルエットになるかもしれない。


「うす。購買の洗礼を受けたみたいだな」


 言うと、月ヶ瀬は姿勢そのままに哀愁を漂わせる。


「ぐすん。購買はコンビニみたいに無限に食料が湧く場所と思ってたよ……」


 いやそれはコンビニをなんだと思ってるんだ。


「意気揚々と出て行ったのに買えたのがこれだけ……クラスのみんなにまたツキナシって言われる!」


 渡良瀬がメイトを握りしめこちらを見つめてくる。


「ツキナシ……?」


 聞き慣れない言葉に聞き返すと、テレテレと笑いながら自らの後頭部をさする。


「いやぁ、実はじゅう君と中学の時の話してたのクラスの子に聞かれてたみたいで~あはは~」

「あっ……」


 全て察する。

 確かにあの時の月ヶ瀬は半狂乱と言っても差し支えなかったからな、しかも普通に廊下だったし、全然聞かれててもおかしくはない。

 その上内容がとんでもない男に引っかかってしまった話だからそりゃ名前に月があるけどツキが無い、ツキナシとも言われる事もあるか……。


「あれからちょっとでも私に運が悪い事あったらツキナシって! 最近はもう雨が降ったらツキナシがいるから仕方ないね~だよ! 酷くない⁉」

「まぁ……」


 中庭の方に目を向ければしとしとと雨が降っている。なるほど、これツキナシのせいだったのか。


「じゃあ、ツキナシ」

「月ヶ瀬だよ⁉」


 出来心で素直に間違うと、すかさず飛び掛かってきて訴えかけるような視線を送り付けてきた。


「すまん、間違えた」

「じゅう君は間違えないでっ!」


 月ヶ瀬は目をくの字に引き結び、拳を振り下ろす。

 名指しされてしまった。


「悪かったって。それで月ヶ瀬、」

「どーしたんだい」


 ぷりぷりと不貞腐れたように顔を逸らされるが、一応話は聞いてくれるようだ。


「あー、そのもし教室でそう呼ばれるのがあれなら、どっかで一緒に飯食わないか?」


 あんまり教室に戻るとこちらも釜戸とかに捕まると面倒臭そうだ。

 ただ自分で、ましてや女子なんて誘う事はまずないので頬の辺りがむずがゆくなってくる。


「えっ……」


 月ヶ瀬はぱっとこちらの方を見やると、目をぱちぱち瞬かせる。

 ややあって、顔を綻ばせると前のめりに距離を詰めてきた。


「食べる! 一緒に食べよう!」


 流石に身の程知らずかと思ったが杞憂だったようだ。


「ふ、二人だけだよね⁉」

「まぁ、そうなるんだけど」


 誘える友達なんていないもんで。


「っしゃああ!」


 メイトを天に掲げると、人目も憚らず咆哮する月ヶ瀬。

 よっぽど教室でツキナシ呼ばわりされるのが嫌だったのかもしれない。

 何はともあれ断られなくて良かった。


「どこ行くどこ行く?」

「そうだな……」


 月ヶ瀬と一緒にいる時は大抵中庭だったが、流石に雨に打たれながら食べるわけにもいかないからな。

 かと言ってあまり人目につく場所だと黄色い箱がバレる可能性もある事を考えると……。


「屋上前のとこにしとくか」

「あ、私もそこ思ってた! そうと決まれば、ごーご~!」


 月ヶ瀬がぱたぱたと駆けだすと、少し向こうとで早く早く~と手招きしてくる。

 その姿を見ていると、じめじめとした重苦しい梅雨の空気を幾らか晴らしてくれるような心持がした。

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