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第26話 渡良瀬カミングホーム

 一つ一つ地道に時間割を潰していき、ようやく放課後だ。

 外を見れば太陽はまだ視認できるものの少し雲が厚くなってきたか。あとなんかちょっと風も出てきてるな。


 とは言え、明日からは二連休。束の間の安息を今週も手に入れた俺はもはや無敵。

 さっさと帰ろうといつもの何倍も手早く帰り支度を整え立ち上がると、颯爽と教室を出ていく。


 あまりのスピード感に誰も俺に付いてくる事は出来なかったかとまだほとんど人のいない下駄箱を見渡し愉悦に浸っていると、ふと後ろに気配を感じる。まさかこの俺に付いてくる事ができる奴がいるとはな。


 その顔しかと拝み我が記憶に刻んでくれると振り返ってみれば、やや申し訳なさそうに視線を逸らす渡良瀬がいた。お前かい。


「部活は?」

「きょ、今日も別にいいかなって……えへ」


 圧倒的にごまかそうとしているタイプの笑い(えへ)である。


「今日も行かなかったらお前はいつ部活に行ってるんだ」


 月曜は普通にこいつ学校休んでたし、思い返せば一週間ずっと行ってない事になるよね。


「普段はちゃんと行ってる。こうみえても私、エースだから」


 誇らしげに胸を張ってみせる渡良瀬。

 でもそれ、実力に胡坐かいて練習すっぽかしてるって事じゃん。見方によってはそっちの方が印象悪いだろ。というかそもそも茶道部のエースとはなんぞやという話なのだが。


「まさかとは思うが、実はお前部活でいじめられてたりとかしてないよな?」


 昨日は活動が無いとは言ってたものの、一週間まるまる行かないというのはやや不自然な気もする。

 だが俺の心配とは裏腹に、渡良瀬はあっけらかんとした様子で首を振った。


「全然」

「ふむ、全然」


 逆になんでそんな事聞くのか分からないとばかりに渡良瀬が不思議そうな目でこちらを見てくる。

 ほないじめと違うかあ。


「で、でも来週は公開お茶会もあるし、ちゃんと毎日行くよ!」


 俺にサボりを責められてると思ったのか、渡良瀬がやや走り気味に訴えかけてくる。一応後ろめたさはあるらしい。


「いやまぁ、サボりたいなら勝手にしてもろてという感じだが、なんか理由でもあるのか?」


 単純に面倒くさいというならそれまでだが、そういうタイプでもない気がするんだよな。


「そ、それはえっと……」


 渡良瀬は恥ずかしそうにもじもじし始めると、頬を染め上目がちにこちらを見てくる。


「山添と一緒に帰れるようになったから……」

「なるほど」


 随分と可愛い事を言ってくれるじゃないか。確かここ、お持ち帰りできたんだっけ?

 衝撃的な発言に一周まわって極めて冷静に変態的思考になっていると、さらに渡良瀬が言葉を重ねる。


「そ、それと今日はその……」


 一層渡良瀬は顔を真っ赤にさせると、よほど恥ずかしかったのか蚊の鳴くような声で告げた。


「久しぶりに山添のおうち、行きたいなって」


 あ、まさかのテイクアウト可能だった。今やどこでもできるようになってるからな。時代だね。

 そんな時代の生み出した産物スマホの通知がふと鳴るので見てみれば、親から今日は帰りが遅くなると連絡があった。

 ほーん、なるほどね。


「そっか。よし、部活は絶対サボった方がいいな。そうと決まれば行くぞ」

「え、いいの⁉」

「いいよ別に。来たいなら」


 言うと、渡良瀬が嬉しそうに微笑み小さく頷く。

 こんな絶好の機会、流石に逃すわけにはいかないよな。


♢ ♢ ♢


 玄関に入ると、髪の毛から水が滴り落ちる。


「急にいっぱい降って来たね……」


 渡良瀬がスカートの裾を摘まみ、小さくパタパタする。


「だな。強行せずに雨宿りするべきだった」

 

 駅を出た時点でポツリとは来たのだが、言っても家まで十五分くらいだしまぁ大丈夫かと高をくくったのが失敗だな。五分歩けばとんでもないゲリラ豪雨に見舞われてしまった。


「とりあえず拭くもの持ってくる」


 言って洗面所へと向かい、中へ入ると何故か少し暖かい。

 もしやと浴室の方を見れば既に湯舟にはお湯が溜まっていた。

 まさか帰りが遅くなるのに気を遣って既に張ってくれてたという事か⁉ まだ冷めきってないようだし追い炊きすればすぐ沸くだろう。


 ちらっと玄関の方を覗いてみれば渡良瀬がくしゅんと小さくくしゃみをしている。

 このままだと風邪、引いちゃうかもしれないよなぁ……。


 別にさ、下心とかは無いんだけど、こうもおあつらえ向きな状況が整っているなら、乗っからないのはむしろ失礼というものでな。いや、普通に風邪ひかないか心配だからなんだけどね。


「ワタラセ―」


 全然拭くだけでいいとか、なんなら一回帰ると言われるかもしれないので、あくまで偶然そうなってたからついでに~という姿勢をアピールすべくしっかりとタオルは持ってきた。


「どうしたの山添」

「いや、なんかサー、風呂たまってたみたいだし、せっかくなら入ってく? 風邪ひくとあれだし」


 流石に月ヶ瀬相手にはこんな変態じみた提案をすることはできないが、渡良瀬は幼馴染だからな。たぶん大目に見てくれるはず。

 さあどうなる! と、スリル感を味わっていると、渡良瀬が申し訳なさそうにしながら口を開く。


「え、悪いよ……」


 これは……俺の家で入るのは抵抗なしって事か……?


「なんか気にしてるのか?」


 さりげなく真意を問いただしてみる。


「だって山添も風邪引いちゃうよね?」

「だから先に入る事はできないと?」


 尋ねると、渡良瀬はこくこくと頷く。これは……いける⁉


「俺は寒くなったら厚着なんなりできるから気にしなくていい。遠慮なく先に入っていいぞ」

「で、でも……」


 再び促すが、なおも渋り続ける渡良瀬。

 うーん、今の渡良瀬ならあるいはと思っていたが、やはり俺が風邪引くからっていうのも建前だったのかもしれない。そりゃ高校生が普通異性の家の風呂なんて入りたくはないよな。

 こちらとしても嫌な事を強制するのは本意ではない。ここは潔く身を引こう。


「渡良――」

「じゃ、じゃあ、一緒に入る……?」

「え?」


 突然告げられた言葉に頭が真っ白になる。


「え?」


 頭が回ら過ぎて二回目もすぐに聞いてしまった。


「そ、その一緒に入ったら二人とも風邪ひかないかなって……」


 そんな事を言う渡良瀬の頬は熱を帯びている気がして、その唇は雨に濡れたせいかほんの少し艶めかしい光を放っている気がした。


 ……っすう。


 もしかしてさ、俺、実は誘われてる? 渡良瀬、元々そのつもりでうちに? 俺の卒業ライブって今日だった? そんなの聞いて無いよマネージャー。あ、でも俺をマネジメントする脳は少し前に死んでたんだっけ。

 ならば今すぐ息を吹き返しやがれッ! そして事情を説明しろ!


「ちょっと待っててくれ渡良瀬」

「?」


 不思議そうにこちらを見やる渡良瀬をしり目に、その辺の壁に手を付く。

 一つ大きく深呼吸すると、おもいっきり頭を叩きつけた。


「きゃっ、山添何してるの⁉」


 渡良瀬の悲鳴に近い声が鈍痛と共に頭の中に響く。

 考えろ俺、渡良瀬がそんな扇情するような真似、するわけないだろ。幼馴染なら分かるはずだ。これまでの散々受けてきた責め苦というのは所作を馬鹿にしたり、態度を馬鹿にしたり、靴を隠したり……とにかく露骨に性を刺激するものはなかった、そう、やり口がガキなのだ。ほんと、単純な嫌がらせ、暴言。


 だがそれはいずれも純粋で素直である事の裏返しとも言える。意地悪しようにも直接的な方法しか思いつかないのだ。

 どちらかというとそういう言葉の裏に意味を含ませ扇情してくるのは釜戸の方だが、カフェで渡良瀬はそんなメギツネの意図をほとんど理解してない雰囲気だった。


 つまりだ! 今の渡良瀬はガチでそういう意図なく、ただ純粋に俺に気を遣い、またその方法をとれば大丈夫だと自分なりに妥協点を見つけた結果、とんでもない誤解を相手に与えてしまう様な物言いになってしまったに過ぎない。


 恥ずかしそうにしてるのはこれから起こるえろいこっちゃな展開を想像してるからではなく、単純に男子に裸を見られる小学生でも当然抱いてしかるべき純然たる普通の羞恥。


 よってここで提案に頷こうものなら全てが崩壊する。何故なら一緒に入ろうものなら俺は間違いなく手を出してしまい、そんな事考えもしてなかった渡良瀬が深く傷つく事になるからだ。


 たまに漫画とかラノベの主人公がヒロインと風呂場で遭遇してそのまま入っちゃったりしてピュアッピュアな反応しながら恥ずかしさに耐えてるような美味しい? 展開というものを見かけるが、その度に思う。そんなもん俺なら五秒もしないうちにヤっちまうね、と。


「よし」


 脳が息を吹き返し、理性が戻ってくる。


「や、山添……?」


 突然の奇行に恐れ半分心配半分と言った具合にこちらの様子を窺う渡良瀬。


「すまんちょっと脳の再生治療をしただけだから安心してくれ」

「そ、そうなんだ?」


 まったく理解してなさそうだが、俺も理解してないから問題ない。


「うん、とりあえず風呂には先に入るといい。どの道制服はすぐに乾かないだろ? 俺はその代わりの着替えとか探さないといけないからな。確か姉貴の昔の服がまだあったはず。あ、勿論風邪ひかないよう自分が先に乾いた服に着替えてから探すからそこは安心してくれ」


 渡良瀬の懸念事項に対する解決策を提示しつつ、一緒に入る必要があるという選択肢を潰していく。

 少しの間考える素振りを見せる渡良瀬だったが、ややあって小さくお辞儀してきた。


「それなら……えと、ご厄介になります」

「あ、これはこれはご丁寧に」


 こちらもお辞儀し返すと訪れる束の間の膠着に、ふと笑いが込み上げて来そうになる。

 いや何の儀式だよ。


「ふふっ、なんか私たち変だね」

「そうだな」


 渡良瀬も同じ気持ちだったのか、可笑しそうに笑い始めた。

 そんな渡良瀬の姿を見て、やはり変な気を起こさなくてよかったと安心する。


 とは言え、だ。一緒に入る事すら許容されるって言うなら、多少は? おいたしても? 大丈夫……? って事だよな。


 ある程度は気心が知れてる相手でかつ可愛い、そんな同級生と自宅で二人きり。こんな機会そう訪れるものじゃないからな。俺はやるぞ。

 今の状況を活かさないなんて選択肢、鼻から持ち合わせてなどいない。


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