第23話 類は友を呼びそのざまぁ身を晒す
人の金で食う飯はなんて美味いんだ!
マクドより高いとは言え所詮ファストフード店。WAGYUとは言っても名ばかりだろうと舐めてかかっていたが、まさかこれほどとは。
無事全て食べ終え店を出ると、腹もいい感じに膨れ幸福感に満たされる。
もはや傍で動作するエスカレーターの音すら心地よい。
「ま、またさ……また行こうね? 山添君」
ややお疲れ気味の芦木がそんな事を言ってくる。そういえば食事中必死こいて色々と話を振ってきていた気もするが、内容はなーんにも覚えていない。
「あーそっすね」
まぁ行くわけ無いのだが。今回は渡良瀬がいたから良かったものの、二人きりとかになった日には地獄を見そうだ。
何気なく謎施設ルシエル兼学前駅の設備である大きな時計のモニュメントへ目を向ければ、時刻は十八時近くになっていた。
そろそろうちの高校の部活帰りの生徒も出てきそうだ。ほぼ幽霊とは言え、部活サボってこんな所にいるの見られたら気まずいし、さっさと帰らないと。
「そーだ! 一回写真とか撮っとく? なんか意味わからないメンツすぎて面白いし」
ポニテ先輩がスマホ片手にそんな事を提案してくる、。
確かに対して交流の無かった中学時代の先輩と後輩二人とその二人と面識のない先輩の友達、という構成は何かしら作意が働かなければまず一緒になる事は無いだろう。
「お、いいじゃーん」
どうやら芦木も乗り気らしい。
うーん、他二人はまだしもこの女と一緒の写真に写るのは嫌だな。芦木の提案だったら余裕で却下するのだが、特に恨みの無いポニテ先輩発案だからなんとも断りづらい。
「あ、あの……」
どう誤魔化そうか考えていると、何やらもじもじと恥ずかしそうにしながら渡良瀬が口を開く。
「ト、トイレってどこかにありますか……? お店で行こうと思ったら空いてなくて……」
そういえばこの子ウーロン茶ちゃんと完飲してたからな。恐らく貰ったものだからちゃんと自分で消費しなきゃと健気に頑張った結果なのだろうが、小柄であの量を一気に消費したら催すのも無理はない。
丁度いい、ここは俺がトイレの場所まで案内するのを口実にこの場を離れそのまま逃げるか。うんそれがいい。デリカシーは無いと思うが、言っても幼馴染だし大目に見てくれるだろう。
「じゃあ……」
「トイレなら向こうのコンビニの横にある階段上ったところにあるよ~」
言いかけるが、割り込まれ口を噤まされてしまう。
「あーでも、ちょっと奥まっててややこしいし、あんた連れてってあげてよ」
「ええ、うちい?」
「他に誰がいるわけ?」
ニッと笑みを浮かべるのは芦木だった。流石ここを上ったすぐそこのカフェで働いてるだけあって建築構造には詳しいらしい。じゃあお前が行けよという話なのだが、恐らく目的があっての事だなこれは。やられた。
「はぁー仕方ないなぁ。分かった分かった行ってやるよ~うまくやれよなー」
ポニテ先輩もどうやら芦木の目的は察しているらしい。
そのまま渡良瀬を連れて行ってしまうと、俺と芦木二人きりの状況になってしまった。渡良瀬を置いて先に帰るわけにもいかないしな。
「やっと二人きりになれた」
ややあって、芦木がそんな事を言い出しこちらへとすり寄ってくる。
やっぱそれが目的だよな。
「あーそっすねー」
目は合わせずに虚空に向かって言う。
このまま全部テキトーに返してやり過ごそうとするが、ふっときつい香水の匂いが全身を覆い尽くすと、嫌な温もりが背中に押し当てられた。
「何してるんですかね」
「えぇ~? 抱き着いてみただけだけどー?」
渡良瀬が耳元で囁きかけてくると、金に染められた毛先が俺の頬を擦る。
「離れてもらっていいですか」
「いいじゃん。もうちょっとだけ」
そう言いながら芦木は俺の手に指を絡ませてきた。
エスカレーターの陰になってるとは言え、バスステーションも兼ねているこの場所は往来も多い。時々通りかかる人たちが気まずそうに目をそらしている。
「ねぇねぇ、山添君この後二人だけでカラオケとか行かない?」
そんな提案をする芦木はエスカレーターの裏側へと俺を移動させると、前に回り込み俺を壁に押し付け自らの大腿を間に挟み込んできた。
「でさ、そこでいい事しようよ」
芦木の手のひらが俺の頬をべったり触り顔を近づけてくる。
変に抵抗してセクハラ扱いでもされたらたまったもんじゃないと大人しくしていたが、やはり耐え難い。
「そうやって中二の時も本倉を誘惑したんですか?」
手首を掴み手のひらを俺から離れさせる。
「えー何で勝太君? もしかしてヤキモチやいてるー? 可愛い」
まるで俺が芦木の事を好いているような言い草だ。虫唾が走る。
「そんなわけないでしょう」
乱暴にすると不利な状況に追いやられかねないので、慎重に密着する芦木の身体を俺から外して逃れる。
「それでももし、俺があいつに焼く事があるとしたら理由はあんたじゃなくて月ヶ瀬だろうなー」
あんないい子の心をほんの僅かな間とは言え射止めたんだからな、同じ男として妬かない道理は無い。
「月ヶ瀬……」
名前を聞きあからさまに声に険を滲ませる芦木。暗にお前が月ヶ瀬より下のグレードであると言われたのは相当効いたようだ。
「月ヶ瀬とはまぁ友達なんですけどね。そんな友達から男を奪ったどころかそれだけに飽き足らず、卒業してもなおいびり倒して楽しむような人と何かしたい事なんてあるわけないでしょう? そんな事も分からないんですか?」
「っ……!」
芦木が目を見開き、その表情はどんどん歪んでいく。
一度枷を外してしまえば面白いくらいどす黒い感情が胸の内から湧き出てくる。この女に対してはどんな言葉を投げかけようともはや罪悪感を欠片も抱くことができないだろう。
「あーそうそう」
どうせなら限界まで毒をぶちまけてやる。
「さっき聞こえたんですけど、先輩ってけっこう色んな男に手を出してたりするんすよねぇ?」
「聞こえてたんだ……あいつ……」
あいつとはポニテ先輩の事を指しているのだろう。まさかそれが原因で俺に拒まれたと思ってたりするのだろうか。だとしたらあまりに滑稽すぎるな。
「いやあ、身に染みて今分かっちゃいましたよね。本当なんだなあ~」
ここまで舐め腐った態度を取られてるんだ。既に芦木のプライドは相当傷つけられているだろうが、まだまだぬるい。
最大限の侮蔑を込めて、言葉を吐き捨ててやる。
「なんていうか芦木先輩って、ビョーキとか持ってそうっすよね」
今の俺の表情はさぞ憎たらしいものになっている事だろう。こちとら十年以上幼馴染から馬鹿にされ続けてきた経歴があるからな、幾らでも人を馬鹿にしたような表情は思いつく。
それを裏付けるかのように芦木の表情は先ほどとは打って変わり、怒りやら焦燥やらなにやらで醜く歪んでいた。
「ぷっ……あはは! おもしれ~すっごい顔~!」
ふと別の所から声が聞こえたかと思うと、どこに潜んでいたのか、ポニテ先輩がぬっと現れスマホを芦木の方に向け始める。
「は、ちょ、いつの間に……ってか何撮ってんの⁉」
突然の事に狼狽えた様子の芦木がスマホを奪いとろうとするが、ひょいとポニテ先輩はそれを避ける。
「ひっひ~いいじゃんいいじゃん、めっちゃいい顔だよこれ。絶対ウケるって!」
スマホを構えたまま、愉しそうにポニテ先輩が笑う。
「は? 何言っちゃってんの?」
「ストーリーに載せちゃお~っと」
「は? ちょっと?」
ポニテ先輩は慣れた手つきでスマホを操作すると、ポッケに入れていた携帯が震えた。
そういえば先ほど交換したばかりだったがまさか……。
見てみれば、本当にポニテ先輩がインスタにショート動画を、しかもけっこうな公開範囲でアップしていた。
内容は芦木が俺に貶された直後のところから始まり、芦木がスマホを奪い去ろうと必死になってる姿が収められている。そして動画の中には『後輩にビョーキ持ってそうって言われた後の芦木』と爆笑の絵文字が書かれていた。
「ほらほら! めっちゃ反応あるじゃん! いやあ、良い動画撮ったわあ~」
動画には現在進行形で色々な反応が付いている。
「消せって!」
「やーだね~。いいだろ~? みんなウケてるし!」
そんな事を宣うポニテ先輩に悪気は……無さそうな気もするが普通にありそうな気もするな。
なんていうか人の不幸で笑いを取って喜んでるって感じか。もしくは日頃から若干不満があったとか……まぁどの道こういうの上げる辺りあんまり性格は良くなさそうだな。
少しだけ残念な気もするが、まぁ類は友を呼ぶというやつだろう。
「絶対許さないから」
芦木が自分で蒔いた種なのに反省したそぶりもなく俺の事を睨みつけてくる。
エェ~⁉ 動画あげたのも俺じゃないし理不尽じゃないか!
ま、別に芦木の許しとか要らないし、どうぞ一生怒っといてもろてって感じだが。
「帰る」
「え~ちょっと待てよ~!」
さっさと歩いていく芦木の後をポニテ先輩が追いかけていく。
分からせることはできなかったが、言いたい事言えたし気分は悪くないな。どの道いくら反省しても許すつもりなかったし。
ま、とりあえずこのショート動画は保存だな。




