第22話 とりあえずたかってみた
芦木先導の元、モスへと入る。
後ろのメニューパネルを見れば、今は期間限定の黒毛WAGYUバーガーというものがあるらしい。当然WAGYUとだけあって普通のグランドメニューよりもさらにお高い。
「じゃ、俺は黒毛WAGYUバーガー、セットで。ドリンクはレモンソーダにします」
「はーいおっけー……ってマジか……」
聞かれてもないのに早々と注文をつけると、芦木が引き気味にパネルにある値段を見て携帯を操作し始める。何をしてるのかと盗み見てみれば、どうやらクーポンが無いか探しているようだ。やだ家庭的。
「渡良瀬は何にするんだ?」
そして俺が払うわけでも無いのに注文を聞いていく。
「え、えとじゃあ私はウーロン茶のSサイズにしようかな……」
ふむ、一番安いやつだな。まぁそりゃ同じ中学の先輩とは言え面識のない人に奢ってもらうなら気を遣うのが普通か。でもそれだと面白くない。
「せめてLサイズにしなさい」
「え、でも……」
当然渋った様子を見せるが、渡良瀬を言いくるめるのは恐らく簡単な事。
「見てみろ、Sサイズは二百円に対して、倍の量のLサイズは三百四十円なんだ。これが意味する事分かるか?」
「えと、Lサイズの方が高い?」
「なるほどな」
やはり値段の事は気にしているみたいだ。
「うん、確かに値段だけ見ればそうだよな。でも量は倍なんだよ。つまり三百四十円分で四百円分のものを得られるという事になり、Lサイズの方が六十円も安いって事になるんだ」
「なるほど……確かに」
俺の言葉を渡良瀬は真剣に聞き入っている。もう一押しかな。
「奢ってもらう以上、よりコスパの良い方、つまりLサイズを頼まないのは失礼だと思わないか?」
言うと、渡良瀬がハッとした様子を見せ顔を綻ばせる。
「そっか……そうだよね。Lサイズにするね!」
「よろしい」
将来詐欺に引っかからないか大変心配になりました。
「先輩、渡良瀬はウーロン茶のLサイズで」
「はいはーい、ウーロン茶のLサイズ……すごいのど乾いてんじゃん……」
未だ携帯でクーポン探しに勤しんでいたか、途中で違和感に気づいたらしい。渡良瀬に胡乱な眼差しを送り付けようとしてくるのですかさず間に立ち遮っておく。
知らぬが仏。これ至言。
「それじゃあ、先に座っときますね」
なんで奢ってもらうのに立って待っとく必要があるのか?
それはきっと陰謀だ。
突然目覚めてしまった俺はさっさと椅子に座らせてもらう事にする。
「え、ちょっと」
「いくか」
何か言いたげな芦木を無視し歩き始めると、芦木に一礼しつつ渡良瀬もついてくる。
席について間もなくしてトレーを持った芦木とポニテ先輩がやってきた。
ポニテ先輩は自分の分だけに対して、芦木は俺達の分もしっかりと乗せてきている。頭の中ピッキピキかもしれないなあと邪推しつつも、一応表情には出していないのでまだまだ許容範囲という事だろう。
「ねーねー渡良瀬さんだっけ?」
芦木がトレーを置くと、当然のように俺の隣に座る渡良瀬に声をかける。
「あーし山添君の隣が良いからさ、席代わってくんない?」
両手を合わせあくまで要請といった風を装っているが、その実これは命令なのだろう。
「わ、分かりました!」
奢られている事に引け目を感じる渡良瀬は当然断れるわけもなく、いそいそと席を立つ。
だが俺はこんな香水臭い女の隣はせっかくのWAGYUが不味くなりかねないのでお断りだ。
「待ってください先輩!」
すかさず止めに入ると、一瞬殺意の籠った視線を向けられた気がするが気のせいだったか、芦木は顔面に笑顔を貼り付けていた。
「どしたの山添君?」
「先輩の隣は恥ずかしいので俺は渡良瀬の隣を希望します!」
流石に嫌いな人の隣は嫌ですとはっきり言うわけにもいかないので、一応建前は使っておく。
「なぁに~? そんな可愛い事言ってくれんの~?」
姦しいな。後輩の彼氏寝取って愉悦に浸るような奴と肩を並べるのが恥ずかしいと言ってるんだ。
「そんな気にしなくてもいいって~」
芦木は膝を折り視線を合わせてくると、俺をおでんとでも勘違いしているのか頬をつんつーんしてきた。
あまりに甘々なシチュエーションに血涙ちょちょぎれる。
「え、えと、とりあえず反対の席行きますね」
空気を呼んだのか、そそくさと渡良瀬が反対の席へと向かうので、即座に立ちあがる。
「じゃ、俺も!」
「ええ、いいじゃんいいじゃん、隣座ってよ~」
「いえいえ、お構いなく!」
有無を言わさず渡良瀬を奥に座らせその隣へとどっかり腰を落とす。
「ぷっ……」
「ちょっと!」
何か可笑しかったのかポニテ先輩がふと噴き出すと、芦木が何笑ってんのとばかりにポニテ先輩の方へと目を向ける。
「先輩山添の隣がいいって言ってるよ……?」
俺の慇懃無礼な態度に良心が痛んでるのか、渡良瀬が不安そうに囁いてくる。
「俺が渡良瀬の隣がいいんだよ。まぁ嫌なら変わるけど」
別に渡良瀬に必要以上の負担を強いたいわけではないからな。
「ぜ、全然嫌じゃない! 私も山添の隣がいい!」
「じゃ、席順はこのままだな」
渡良瀬は頬を赤らめながら懸命にこくこくと頷くと、ウーロン茶のストローを浅く咥える。
「ま、さくらんぼ狩りの芦木ならこれくらい余裕じゃーん?」
揉めているのか、二人の先輩はまだこそこそと話していた。
「ちょっと聞こえたらどうすんの!」
囁きながら苦言を呈す芦木だが、全然聞こえてますね。
さくらんぼ狩り……チェリーハント……つまりビッ……ってコト⁉
こいつけっこうやってるみたいだな。ポニテ先輩がため息ついたのって手癖の悪さに呆れてたからなのかもしれない。
ま、これ食ったらさっさとブロックするだけだし、俺には関係の無い事だけどな。
WAGYUバーガーを手に取り一つ齧ると、口の中でパティがすっと溶けていった。
やべえ。これは美味すぎる。




