第20話 とんでもない奴に絡まれた!
放課後。
廊下にはそれぞれがいつものように部活へ行ったりとどこかしこへと慌ただしく動き、各々が青春を謳歌している。
そんな俺も別に帰宅部というわけではなく、ちゃんと所属している部活はあるにはあるのだが、所属しているメンバーが俺以外には三年生一人の先輩というなんとも気まずい事になっているのもあり実質幽霊部員となってしまっている現状があった。
確か今日は活動日だった気がするが、そうでもない気もしたので行くのはやめておこうと思う。
ただまぁ入部時に興味のある日にくればいいという緩いスタンスなのは聞いているので、仮に活動日だとしてもきっと問題はない。
外を見れば相変わらず雨がしとしとと降っている。帰りはまたバスに乗り学前経由で家に帰る事になりそうだ。
「で、お前は今日も部活に行かないのか」
当然の如く俺に付いてくる渡良瀬の方へと視線を向ける。
「今日はちゃんとした活動ない日」
無い胸を張り自慢げに言う渡良瀬だが、昨日は貴重な活動日に休んだって事か。
ただ俺もまぁサボってるわけではないが欠席している手前、窘める事はできないな。
なら昨日わざわざ渡良瀬を理由に休んだ釜戸もついてきそうなものだが、まぁどうでもいいか。
渡良瀬と共に通学バスに乗り、学前駅へ。
そのまま電車に乗り込み東生駒駅に到着、となる予定だったのだが、改札を入る前想定外の人影が俺たちの前に立ちふさがった。
きつい香水の香りが鼻につく。
「ねぇねぇ、山添君だよね」
「ちょっとやめなよ」
人影は二人。どちらも他校の制服を身に纏っているが、そのうち一人は見覚えがある。
「芦木先輩……でしたっけ」
金髪ギャルの名前を呼ぶ。
その少し後ろにいる見覚えの無いポニーテールの先輩はこいつの高校の友達という事だろうか。どこか呆れた様子で芦木の事を眺めている。
はぁ、とんでもない奴に絡まれちゃったな。
「お、あーしの名前覚えてくれてんだ?」
「まぁ、友人と関わってた先輩なんで」
「おお! すごいじゃーん! 記憶力いいね?」
本倉に関しては元友人ではあるが、俺がこの女の名前を認知するには十分すぎる出来事があったし。
「じゃあさ、ヨネダであーし、接客したのも気づいてた?」
「あー、まぁ一応は」
嘘ついても仕方ないのでここは正直に答えておく。
一体何が目的なんだ。月ヶ瀬いびりの仕返しに俺をいびりに来たのか?
「まじい? じゃあ声かけてよ~!」
「はあ、すみません」
対して関わりもない友達の先輩にわざわざ声をかけにいく後輩はそうとうヤバイきがするが。
「いーっていーって、あーしもすぐに気づけなかったしさ~」
そりゃそうでしょうよ。たぶん一回も中学の時しゃべったことなかっただろ俺と。
ただなんというか、あまり言動に敵意は感じられないな。月ヶ瀬に見せていた醜悪さが無い、というよりは上手く隠してると言ったところか。
「それで、俺に何か御用ですか」
「うんうん、ちょーっと聞きたいことがあってね」
恐らく本題はここからだろう。何かあった時のために録音でもしとくか? あるいは先に渡良瀬を逃がした方がいい場合もあるかもしれない。
「なんでしょう」
警戒しつつも、続きを促す。
「あのさ、山添君って、もしかして月ヶ瀬の彼氏だったりすんの?」
芦木はどこかわくわくした様子で尋ねてくる。その姿は他人の恋路に興味津々な乙女と言った風な気配。
例えばここであーしの彼氏登場~! ちょっとツラかしてもらうねぇ~みたいな展開も想定していたのだが、それは無さそうか。
「あ、知ってるっけ? あーし月ヶ瀬と同じ部活だったんだよ~! 可愛い後輩が男作ったんならやっぱ気になっちゃうじゃん?」
俺が黙っていたのが怪しんでいるからと思ったのか、補足で付け加えてくる。
月ヶ瀬が可愛い後輩? こいつどの口が言ってんだ。
喫茶店の出来事や過去の月ヶ瀬への所業。色々と思い出し、心のうちにふつふつと憤りが湧いてくる。
「ただの友達ですけど」
「ふーん、そっかあ、友達……」
芦木が吟味するように言うと、ずっと黙っていた渡良瀬の方に目を向ける。
「じゃあもしかしてこの子が彼女だったり?」
「っ……⁉」
突然注目を受け、びっくりした様子で背筋を伸ばす渡良瀬。
「こいつも……まぁ友達、ですかね」
「友達……えへへ」
答えると、渡良瀬が少し嬉しそうに頬を染める。
まぁ少し前まではそうでもなかったが、今なら別にそう言っても差し支えないだろう。
「なるほどねぇ……」
芦木が腕を組み目を閉じ何やら考え事を始める。
まだ目的が見えてこないな。ほんとに何を企んでやがるんだ。
一応あのポニテ先輩がやめときなとは言ってたが……。
「ねね、山添」
色々と邪推してると、退屈になったのか渡良瀬が俺の服を軽く引っ張り控えめに話しかけてくる。
「この人誰?」
「中学の時の先輩だ。見た事無かったか?」
「そっか、たぶん私見た事ないや」
まぁ全校生徒数は市内でもトップクラスだったしなうちの中学。仮に見かけてたとしても記憶に残らない事も十分あり得る。
「あ、でも」
何か思いついたのかふと渡良瀬が口を開くと、俺の耳元に届くように背伸びした。
「すっごく香水の匂いきついね」
耳元で渡良瀬が囁くのは突然の悪口。
とは言ったものの、これは悪意があったというよりは、純粋に抱いた感想を共有したかった感じっぽいな。
「そうだ、山添君さあ」
「おい渡良瀬―香水の匂いきついとかそういう事をいうんじゃ、ナーイ」
「っ⁉」
「プッ」
丁度タイミングよく芦木の意識がこちらに向いたみたいなので遮ってみた。
当然渡良瀬はめっちゃびっくりしてる。
あとポニテ先輩、噴き出してた。
「~っ!」
こちらを見る渡良瀬は、せっかく気を遣って聞こえないようしたのにー! みたいなニュアンスを滲ませ、目をくの字にして頬をぷっくり膨らませてくる。
だって芦木ムカつくんだもの。面識のある俺が言ったらもしかしたら悪意むき出しなの悟られるかもしれないが、面識のない渡良瀬が言うのならそれはただの第三者の意見だからな。というもっともらしい理由をつけたただの保身なんだけども。
「え、香水の匂いって、あーし?」
明らかにぴきった様子で尋ねてくる芦木に、渡良瀬が若干顔を青くし半歩あとずさる。やはり金髪ギャルっていうのは睨むと迫力あるな。こえー。
「いえ、先輩とは一言も言ってなかったですよ。さっき改札に入った人かも」
改札の向こうを指さし、超絶テキトーに対岸で起こした火事のフォローをしておく。
「ま、それならいいけど」
芦木は前髪をいじり不服そうにしつつも、とりあえずは鎮火したようだ。
いやチョッろ。こいつもしかしておもちゃのポテンシャルあるんじゃないか。
「それで、何か俺に言いかけてましたよね」
相変わらずこいつの事は嫌いだが、話くらい聞いてもいい気がしてきた。
「そうそう、次の日曜あーしとどっか遊びに行かない?」
切り出されたのは唐突のお誘いだった。




