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第19話 渡良瀬アンビション

 朝の電車は災難だったなと午前の授業が終わり外を見れば、相変わらずしとしとと雨が降り続けている。

 ここ最近は中庭で昼休みを過ごす事が多かったが、久々に今日は飯を食べたら教室で就寝タイムとしゃれこもう。


 決して行き場が無いから寝るとかではなく、ここで寝るのと寝ないのでは午後の授業の能率が圧倒的に変わる。だから寝るのである。


 より良い入眠に向かうには甘いものを多く摂取し血糖値スパイクを引き起こすのが良いだろうと、午前のうちにあらかじめ購買で買っておいた昼飯は全て菓子パンである。


 二色ドーナツ四つ入り、チョコチップメロンパン、イチゴジャムパン、さてどれから処理してくれようかと考えを巡らせていると、くいくいと誰かが制服の裾を引っ張ってくる。


「どうした渡良……」


 言いかけて、やめる。

 見てみれば、確かに隣の席では渡良瀬がもじもじとこちらの様子を窺っていたが、その両手は弁当箱の包みに置かれている。

 じゃあ誰が俺の服を……?


「残念とぱちゃんでした~」


 下に視線を落とすと、しゃがんだ釜戸がニヨニヨとこちらの方を見上げていた。

 スカート短いなこの人。


「お熱いんだからも~!」


 昨日分からせてやったというのにまるで懲りた様子が無い。

 ただ今回は良いものは見せてもらったのでわざわざ表だって分からせる必要も無いだろう。


 何故なら既に見えた時点で俺の勝ちは決定づけられたようなものだからな。あとはその事を気取られなければ完封である。


「前々から思ったんだけどそのとぱちゃんっていうのは何由来なんだ?」

「えぇ知りたいの~?」


 努めて冷静に尋ねると、釜戸はいたずらめいた笑みを浮かべ質問を返してくる。

 めんどくさいな。


「と、とぱちゃんはね! 名前の燈子(トパーズ)から取ってるんだよ!」


 ふと、渡良瀬がやや走り気味に答えてくれる。

 なるほどそれでとぱちゃん。発想は実に普通だが名前の癖が強いからニックネームも癖が強くなったというわけか。


「も~! すぐに教えないでよるこち~!」

「えっ、だ、駄目だった?」


 釜戸にぽかぽかと殴られ不安そうにするので、しっかりと褒めてやることにする。


「全然駄目じゃない」

「ほんとに?」

「おう、偉いぞ」

「えへへ、山添に今日も褒められた」


 嬉しそうに頬を染める渡良瀬に対し、釜戸はは口を尖らせ不満げに「むう」と呻る。


「で、釜戸は何か用でもあったのか俺に」


 尋ねると、そうだったと何か思い出したそぶりを見せ、渡良瀬の方を指さす。


「一緒にお昼ご飯食べないか誘って、ってるこちが」

「~~っ!」


 釜戸の言葉に渡良瀬が湯気を出さん勢いで顔を真っ赤に染める。


「酷いとぱちゃん! 言わないでって言ったのに!」

「ふーんだ、あたしを困らせたお仕置きだよーっだ!」

「も~!」


 頬を膨らませると、今度は渡良瀬がぽかぽか釜戸の事を殴り出す。仲良いなこいつら。


「で、山添君どうするの~? るこちのラブコールだよ~!」

「も~っ! も~っ!」


 茶化され、さらにぽかぽかぽかぽかと殴る速度を上げる渡良瀬。

 その背後、何気なく教室の出入り口へと目を向けてみるが、特に誰かいたりはしないようだった。


「なるほど、事情は分かった。一緒に食べるか」

「い、いいの?」

「おう。他に約束とかも無いし」


 昔ならともかく、今の渡良瀬なら心穏やかに食事できそうだしな。


「というわけで、伝言ご苦労。行っていいぞ釜戸」

「はいはーい」


 にこやかにその場を立ち去ろうとする釜戸だが、すぐに引き返してくる。


「私も一緒に食べるんだケド!」

「え、そうなのか?」


 言ってもまともに関わったの昨日が初めてだし、釜戸も俺のような端役と食べても楽しくないだろうに。


「うわー、あからさまに嫌そうな顔してるー……」


 あれ、顔に出たか。正直昨日今日知り合った奴と一緒に飯食べるの気まずいんだよな。


 まぁ釜戸に関してはぞんざいに扱っても大丈夫そうだしそこらへんあまり気にならない気もするが、喫茶店の時みたいにダルがらみされると正直面倒くさい。ていうかそっちが本音だな。こいつめんどい。


「机、くっつけるね!」


 渡良瀬が一目で分かるくらいウッキウキで自らの机をこちらへと寄せてくると、釜戸が前の人の席へ勝手に座りピンクの包みをこちら側へ置く。


 右に渡良瀬、正面に釜戸。


 あれ、よく考えたらめっちゃ美味しくないかこの状況。渡良瀬は当然として、実は釜戸もけっこう見てくれはいい。何より、渡良瀬には無いなかなかにエロいバデーをお待ちだ。

 これはいわゆるあれだな、モテ期って奴だ。


「いただきます」


 この束の間のご利益と目の前の食事に感謝をしつつ、菓子パンの袋を開けると、釜戸が立ち上がる。


「あ、飲み物買おうと思ってたの忘れてた~ちょっと行ってくる~!」


 そう言って釜戸はこの場を離れて行った。一瞬で終わる俺のモテ期。 

 まぁでもまだ渡良瀬がいるからいいやと目を向けてみれば、丁度弁当箱の蓋を開けていた。


 何気なく中を見てみると、さといもやひじき、きんぴらごぼうや焼き魚など、なかなかに渋いラインナップだ。


 今は知らないが昔は渡良瀬の両親は共働きで、どちらも単身赴任に近いような形であまり家にはいなかった。おじいちゃんは物心ついたころにはいなかったという。もしそのままなら自ずとこの弁当は渡良瀬が作ったものになるんだろうが。


「その弁当って自分で作ってるのか?」


 気になったので尋ねると、渡良瀬がこくりと頷く。


「全部おばあちゃんが教えてくれたお料理」


 渡良瀬は少しだけ寂しそうに弁当箱へと目を落とす。

 もしかしたらあまり触れるべきで話題ではなかったのかもしれないな。


「……美味しそうにできてるじゃないか」


 どう声をかけるべくか悩んだ挙句出た言葉がそれだった。気の利く言葉なんて一つも出やしない。


「そ、そうかな? 良かったら食べてみる……?」

「え、いや流石に悪いだろ」

「ちょっと作りすぎちゃったし、うまくできてるかも知りたい……あ、でも嫌なら」

「ああいや、そういう事なら少し食べさせてもらってもいいか?」


 渡良瀬があまりに悲しそうにするのでやや食い気味に言ってしまった。

 だがそのかいあってか、渡良瀬は顔を綻ばせる。


「ど、どれ食べたい?」

「じゃあおすすめで」

「えっと、えっと、じゃあ……これ!」


 選ばれたのはきんぴらごぼうだった。

 渡良瀬は箸でそれを掬い取ると、俺の口元付近まで持ってくる。

 おおう、これ食べさせてもらう感じか……まぁ、昨日パフェももらったりもしたし、今更か。


「それじゃいただきます」


 食べると、ぴりっとした辛さが来るのかと思っていたが案外そうでもない。一般的なきんぴらごぼうよりは少し甘めだろうか。しかし一辺倒で浅い味には決してなっておらず、味わい深い。


「すごい、優しい味だ。美味しい」


 自然とそんな感想が口から零れると、渡良瀬がにこやかに、どこか誇らしげに笑った。


「えへへっ、私もそう思う」


 その表情を見て察する。

 なるほどそうか。おばちゃんの味なんだからうまくできてるかどうかなんて、渡良瀬はとっくに分かってたはずなんだよな。


 それから少しして釜戸も戻ってくると、思いのほか今日の昼休みの時間は早く過ぎ去ってしまい、睡眠時間の確保まではできなかった。


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