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第16話 反ぎゃくの狼煙

 あちらはまだ気づいては無さそうだが……ほんとマジで、どうしてこんな所に来てしまったんだ。

 何せ、この店には月ヶ瀬と絶対に合わせるべきではない人間がいる。


 動向を見守っていると、月ヶ瀬の元に店員が歩いていった。

 その店員が金髪ギャルの店員じゃない事を確認し、ひとまずは安心する。


 そのまま俺たちの座る方へ案内される月ヶ瀬だったが、丁度店員が壁になり視界を遮られてしまった。


 せめて傍を通ってくれれば声をかける事ができたのだが、残念ながらかなり手前の席に通され、加えて俺たち席に背を向ける形で座ってしまっている。

 距離もそれなりだしこれではあちらから俺に気づく可能性はかなり低くなったか。

 ならばメッセージを送っておくかとスマホを手に取ろうとすると、申し訳なさそうにする渡良瀬が目に入る。


「わ、悪いよ……」

「ダイジョブダイジョブ! さ、山添君、るこちにあーんしてあげよ?」


 ふと、釜戸がそんな事を言ってくる。月ヶ瀬に気を取られてたせいで何も聞いてなかった。

 いつの間にかとんでもない方向に話が進んでいたらしい。


「別に全然あげるけどわざわざ俺が食べさせてやる必要なくないか?」

「え~でもるこちはあーんしてもらいたいよねぇ?」


 釜戸が息を吸うように渡良瀬に同意を求める。


「そうなのか?」


 そんなわけないだろうと思って聞くが、渡良瀬は控えめにこちらを見上げた。


「や、山添がいいなら……」

「だってさぁ」


 釜戸がいやらしい笑みをこちらへ向けてくる中、渡良瀬は不安げに瞳を揺らしもじもじとしている。

 そんな雰囲気出された嫌って言えないだろうが……。


「分かったよ」

「ほ、ほんとに? やった」


 渡良瀬が嬉しそうに頬を染めるのを。視界の端に捉えつつ手元のパフェをいい感じに掬う。

 ま、美少女に餌付けできる機会などそうないからな。それ自体はいい。


 問題は釜戸が目の前で楽し気にスタンバってる事なのだが……と見ていると、視線に気づいたかぷぷーと小馬鹿にしたように噴き出してくる。


 ……なんか、そろそろこのままやられっぱなしって言うのも癪になってきたな。


 姉、渡良瀬と俺は数々の責め苦を受け続けその心臓は鋼のように鍛え上げられている。予想外の攻撃であったのとコミュ障デバフで適応に時間はかかったものの、そろそろ慣れてきた頃合い。


「あー」


 小さな口を開き、渡良瀬はパフェ待ちの姿勢を取る。

 完全にこちらに委ねきっている様子はまさに無防備。相手の事を純粋に信じ従うような所作は、かつての姿からは想像できない。


 だがこれが今の渡良瀬である。パフェを口へと運んでやるとパクリと小さな口は閉ざされた。


「おいし~、えへへ」


 渡良瀬は嬉しそうに目を細める。

 幸せそうで何より。そしてそんな姿を釜戸が面白おかしそうに眺めている。

 だが笑ってられるのも今のうちだ。


「そうか。どれどれ」


 元来俺は欲望には忠実な人間! 

 渡良瀬に咥えさせてやったこの得物(スプーン)をそのまま抹茶アイスへ突き刺し、華麗な手さばきで掬い取り自らの口へ運び込む。


 同時に、舌の上ではややアダルティでビターな抹茶の香りと、それによって爽やかになった甘い糖分の味が溶け広がっていった。


 よし美味いッ!


「おやおや~? 山添くぅん」

「釜戸」


 その名を呼び、言葉を遮る。

 残念ながら既にそう来るのは予測済みだ。ここからは俺のターン。


「え~どうしたのかなぁ?」


 釜戸は未だ余裕綽々な様子で笑みを浮かべている。どうやら俺に反撃されるとは露ほども思っていないようだ。くく……侮れない相手ではあるが、蓋を開ければ大したことの無い。


「これ食うか? うまいぞぉ」


 ニチャアっとした抹茶アイスを掬い、俺の得物(スプーン)を釜戸の喉元まで突き付ける。

 目を瞬かせ、一瞬たじろいだ様子の釜戸だったが、すぐに口角を吊り上げた。


「あれれ~?」


 そうだよなぁ! 釜戸ならそう来るよなぁ!


「もしかして山添くん私とかん……」

「わーたらせぇ!」


 釜戸が言い終える前に次の手札を切る。


「ど、どしたの山添?」


 突然の事にやや戸惑った様子を見せつつも、俺の呼びかけに呼応する渡良瀬。


「これ、美味かったよな? 釜戸にも、食ってもらいたいよなぁ?」


 尋ねると、渡良瀬が顔を綻ばせる。


「あ、確かに! とぱちゃんこれ本当に美味しかったから食べて食べて」

「えっ……」


 かつてのような邪気は今や消え失せ、純粋な輝きを放つ渡良瀬の眼差しが釜戸に襲い掛かる。

 今の渡良瀬の単純……素直さを侮っていたのか、あるいは俺の事を見くびっていたのか。

 分からないが、純粋な善意の前では人は膝を折るしか無いのだ!


「どうした釜戸?」

「むむむ……」


 唸りながら悔しさを滲ませる釜戸だったが、期待の眼差しを向ける渡良瀬の方を見るとついに観念したか、一思いに俺の得物(スプーン)を咥えた。


「美味しい……?」


 渡良瀬が小首を傾げる。


「美味しい……よ」

「うんうん、美味しいよね美味しいよね! 食べて良かったでしょ? ね?」

「うぅ……」


 渡良瀬から無邪気に煽り倒され、半泣きになりそうな釜戸の姿に満足しつつも、俺はアフターケアもしっかりと怠らない。


「もうちょっと食べるか? 渡良瀬」

「え、いいの?」

「おう」

「やった!」


 渡良瀬が再び「あー」と口を開けるのでパフェを運び込んでやる。


「はむ。おいし~」


 俺の意図など知る由もない渡良瀬はやはり幸せそうに頬を染める。

 これで釜戸は一方的に屈辱を文字通り味わわされた事になったというわけだ。あぁ~山添くんも私と間接キッスしたぁ! などとは絶対に言わせない。


 もっとも、今の釜戸にそこまでのカウンターを入れる余裕があったかは分からないがなぁ!


 かつての俺は全て受け流せば丸く収まると思っていたし、実際それは間違っていない。

 だが俺はここ最近の中で知ってしまったのだ。分からせの喜びというやつをな……。


「さて……」


 遠慮なく本来自分のものである抹茶パフェを一つ口に入れる。

 一仕事終えたので今一度月ヶ瀬の方へと目を向けると、よっぽどうきうきしてるのか、メニューを見ながら身体をゆらゆら揺らしていた。

 なんかすごい楽しそうだな……。何事も無ければそれでいいのだが。


 しばらくメニューと踊る月ヶ瀬だったが、ふと動作を止めると月ヶ瀬はおもむろに手を上げ、突然振り返る。

 うお、やべ。


「へいマスター!」

「少々お待ちくださ~い」


 反射的に隠れてしまい、月ヶ瀬と遠くの店員の声のみが耳に届く。呼び出しベルあるんだからそっち使えばよくないか。


「や、山添……?」


 声をかけられるので見てみれば、渡良瀬が頬を染めながら不安げにこちらの様子を窺っていた。

 隠れる場合奥側へと身体を引っ込ませることになるため、いつの間にかぴったりと渡良瀬の方へとくっつく形になってしまっている。


 まずい、釜戸が図に乗るかもしれない!


 確認するが、幸いなことに釜戸はしょんぼりした様子でひたすらちびちびとチーズケーキを食べており気づいていないようだった。完全に心をへし折っていたようでひとまず安心。


「すまん」


 離れると、渡良瀬が恥ずかしそうに頬を朱に染めながらはにかむ。


「えと、大丈夫。むしろちょっとだけ嬉しかったかも……えへへ」

「……」


 あまりに開け放たれた心の窓につい自らの魔が差すのを感じる。

 もしかしてこの子、今お持ち帰りしちゃっても許されるんじゃないか……?


「あ、これも美味しかったから食べる? お返し」


 おもむろに渡良瀬が自らのパフェのプリンを掬い上げる。


「まぁ、くれるっていうなら、遠慮なく貰いますけども?」

「はいあーん」


 差し出しされるままに一口で食べると、カスタードの甘さが舌の上でとろけた。

 だが転瞬、味とはそぐわない香料臭さが鼻腔を突き抜ける。


 それが渡良瀬のものではないのは明々白々。嫌な予感が頭によぎった。

 振り返れば、俺の席の傍を香料の匂いを漂わせた金髪ギャル店員が通り過ぎて行く。しまった、こうなった時のために足止めしようと思っていたのに。

 今からでもメッセージを……!


「あっれー? もしかして月ヶ瀬か~?」


 再び月ヶ瀬の方へと目を向けるが、時既に遅し。金髪のギャル店員はかつての後輩に気づいてしまう。


「あ、芦木(あしき)先輩……」


 その名前を呼ぶ月ヶ瀬はかろうじで笑って見せているようだが、その表情は非常に硬く、先ほどの楽しそうな姿は見る影もなくなっていた。


 ああ、なんで本当に、来てしまったんだろう。

 というか、喫茶店にあんな接客態度も雑で香水の臭いにまみれてるような女雇ってるんじゃねえよここの採用担当。


 本倉と今もなお交流があるのかは知らないが、あの金髪ギャル店員は他でもない、月ヶ瀬から本倉を奪った張本人だ。


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