第15話 ほんと、何故こんなところに来てしまったのか
軽い不安を覚えていると、その元凶たる釜戸がメニューを手に取る。
「とりあえず二人ともパフェでいい?」
釜戸の言葉に渡良瀬が頷く。
「いや俺はアールグレ……」
「どれにする?」
俺の言葉を遮るようにメニューを前に突き出してくる釜戸。当然パフェしか載っていないページだ。
え、何。これもしかして選択権無い感じなのか。まぁ、別に甘いのは嫌いじゃないしアーグレイ頼んでみたらちょっとかっこいいかなと思っただけだからいいんだけども。
いやあるいはネオサディスト釜戸の事だ、何か企んでいる可能性もあるな。例えばここでプリンアラモードパフェとか頼んだら可愛いねぇとかニヤニヤしながら言ってくるつもりに違いない。ならば俺が選ぶべきパフェはコーヒー……はちょっと苦そうだからやめとこう。
「じゃあ、抹茶パフェで」
「へー渋いね」
めちゃくちゃ無感動に言われてしまった。
茶道部の癖にそれが抹茶に対する態度かッ!
「るこちは?」
「うーん……」
メニューとにらめっこする渡良瀬はなかなか決まらない様子。
ややあって、俺の方へちらちら視線を送り始める。
なんとなく抹茶パフェと交互に見られてる気がするな。今の渡良瀬で考えるなら俺と一緒の物にしようか迷ってるという感じか? と推測をしてみる。
「えと……」
「このプリンの奴とか良さそうじゃない?」
何か言いかける渡良瀬だったが、釜戸にメニューを指さされ口を閉ざす。
「あ、なんか気になるのあった?」
どうやらわざとではなくたまたまタイミングが重なってしまっただけらしい。
釜戸はすぐに指をのけ渡良瀬へ尋ねた。
「ううん、どれも美味しそうだから迷っちゃって。それにしようかな」
「……おっけーい、じゃ、注文するね」
渡良瀬も決まったところで釜戸が傍を通った店員に声をかけ、ちゃきちゃきと注文内容を伝える。
店員が下がってから幾ばくかし、突如釜戸が視線を交互に俺達へ送り付けてきた。
「ねーねーるこちー山添くぅん」
「……?」
「はいなんでしょう」
渡良瀬が小首を傾げ、俺が返事すると、ニコニコと釜戸が胡散臭い笑顔を向けてくる。
「なんかやってよ」
「なんかやってよ?」
あまりに唐突な要請についオウム返しで聞き返してしまった。
もしかして何らかのハラスメント受けてる?
「私の事はぜーんぜん気にしなくていいからどんどん見せつけちゃえ~」
「マジで何言ってんだ」
心から出た俺の言葉に、渡良瀬も同じ気分なのか頭に疑問符を浮かべている。
「えぇ~分かんないかなぁ? 友達がイチャコラしてるの、傍目から見たら超面白いじゃん」
「全然分からないですね」
仮に二年前本倉と月ヶ瀬が俺の目の前でイチャコラし始めたとしたら、めちゃくちゃ本倉の方をぶん殴りたくなるかもしれん。ただ月ヶ瀬が幸せならそれはそれで訪れてほしかった世界線でもあるが……。
もはや叶う事の無い光景に思いを馳せていると、釜戸が人差し指を突き立て身を乗り出す。
「じゃあさ、お互いに良い所を言い合ってみる?」
言い合ってみる? じゃないんだよ。動画配信じゃないんだぞ。
「山添のいいとこ言えばいいの?」
「うんうん、しっかりと顔を見て言ってあげるといいと思う!」
「おい……」
制しようと試みるが、渡良瀬があまりに邪気の無い眼差しを向けてくるので喉がつっかえてしまう。
「いっぱいあるけど……」
渡良瀬は少し悩んだ末、ニコッと微笑む。
「いつも一緒にいてくれること」
「っ……!」
な、なんという無邪気な表情ッ!
「へえ、いつも一緒にいるんだぁ?」
渡良瀬とは打って変わり、釜戸は邪気まみれの笑みをこちらへ向けてくる。
「毎晩夜通し一緒にいるのかな?」
「いるわけないんだよね」
「さ、次は山添くんの番だよ~」
俺の言葉などどうでもいいのか、すぐに梯子を外してくる釜戸。
この女……。しかしこれ、マジでやらないといけないのか?
「わくわく」
あぁ……渡良瀬がすっごい期待の眼差しで擬音を口にだしているぅ……。でも正直言うと虐げられてきた十年が長すぎて実はそんなに思いつかないんだよなぁ……。でも無いとか言ったら今の渡良瀬、絶対傷つく……。
「そ、そうだな」
とにかく今の渡良瀬を見て絞り出そう。昔の渡良瀬を参照したらそりゃ当然あるわけないが、今の渡良瀬はちゃんと可愛いし何かしらは必ず……ハッ、これだ!
「可愛いとことか……?」
咄嗟に口をついた言葉だが、流石にテキトーすぎたか?
恐る恐る様子を窺ってみると、渡良瀬は首まで真っ赤にしながら目をぱちぱち瞬かせていた。
とりあえず期待を裏切ること無かったようで安心したが、そこまであからさまに照れられるとこっちまで恥ずかしくなってくるからやめてほしいなぁ!
「うわぁ~早速惚気ちゃうんだぁ」
釜戸が口元に手を添え、じっとりとした笑みでこちらを見てくる。。
「いや、そういうつもりじゃないからな?」
そもそも惚気るような関係じゃないし!
「それじゃ~あ~、具体的にどこが可愛いのか言ってみる?」
「言ってみるわけないよなぁ! 俺の番は終わりだろ⁉」
「じゃあ次るこちの番でその次だね~」
嘘だろ……? まだ続くのか?
だが俺の絶望とは裏腹、渡良瀬はすっと隣からさらに距離を詰めてくる。
「や、優しくしてくれるとこ!」
「ふぅん、山添くん優しくするタイプなんだあ。へぇ……」
「あのですねぇ」
物珍しいものを見るかのような釜戸の視線に、こめかみの辺りが痛くなってくる。俺も低気圧にやられてきたか……?
「じゃ、山添くんの番だよ。るこちのどこが可愛いのかなぁ?」
「ぐっ……」
によによと促してくる釜戸に苦虫を噛みつぶす。
やはり回ってくるのか俺のターン。
正直どこが可愛いと言われたら真っ先に思いつくのが顔面なんだよなぁ……。でもそんな事言ったら流石に品性疑われるだろうしい……。いや、別に最近はそれ以外に可愛い所あるなーとは認めつつあるよ? ただ過去が過去のせいで一番しっくりくるのがそこなんだよ。そこだけが昔から認めていたところではあるからな。
まぁそれでも、今の渡良瀬基準であれば……。
「あー、素直なとこ?」
虐げられてきた長い年月のせいで、その言葉はまだ俺の中で表層的なものだが、最近感じ始めた印象の一つにこれが該当した。
「ふーん、そっかー」
そんな俺の熱感を感じ取ってか取らずしてか、先ほどより釜戸はややつまらなさそうに相槌を打ってくる。
だが当の渡良瀬はというと、
「そ、そっか、素直で可愛いんだ。えへへ」
けっこう嬉しそうに頬を染め笑っていた。
……あっれぇ? 本当に素直な反応だなこれ?
やっぱりこの子って相当可愛い性格、してるんじゃない……?
この様子見せられたら、今までの十年も何かしらそういう背景とかあったりしたんじゃないかと思えてきたぞぉ?
「お待たせしましたー」
俺の中で素直の言葉に重みが増していくのを感じていると、先ほどの雰囲気が店にそぐわない金髪ギャル店員が品物を持ってやって来た。
渡良瀬はプリンアラモードパフェ、俺は抹茶パフェ。釜戸は……なんか普通にチーズケーキ頼んでるな。
え、なんでこの人俺にパフェ強要してきた?
「うわぁすごい美味しそうだよ抹茶パフェ~」
ギャル店員が雑に伝票を置いていくと、やや誇張気味にすら感じられる口ぶりで釜戸が口を開く。
「るこちもそう思わない?」
「うん、確かに美味しそうだね」
「だよね? るこち抹茶好きだもんね。じゃあさぁ……」
釜戸は怪しい雰囲気を醸し出すと、その口角を吊り上げる。
「ちょっと味見させてもらいなよ~?」
その一言で全て察する。
それが目的かぁッ!
思わず天井を仰ぐと、その中途、視界の中に妙な違和感があったの覚える。いや、違和感というよりは既視感か?
その正体を見極めるべく、ゆっくりとまた徐々にその視線を戻していくと、店の入り口付近、見知った姿が店員を待っているようだった。
俺の知り合いは当然少ないので、人に対して既視感を覚えるとなれば自ずとその対象は限られる。
だが、何故よりによってそれが月ヶ瀬なのか。
これは大よそ、考え得る中で一番最悪のパターンかもしれない。
あちらはまだ気づいては無さそうだが……ほんとマジで、どうしてこんな所に来てしまったんだ。
何せこの店には、月ヶ瀬と絶対に合わせるべきではない人物がいる――




