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第13話 美朔ぎゃく。

 しばらく様子を窺っていると、我に返ったか月ヶ瀬がはっとした表情を見せる。


「え、えーっと、とりあえず座る?」

「それもそうだな」


 提案してくるので頷くと、この前と同じく竹の植え込みのある付近へ月ヶ瀬が座る。

 昨日隣だからと言って調子に乗ってそっちに行こうものなら勘違い男甚だしい事になるので、今回は対面寄りの場所に腰を下ろした。


「今日は半袖だと少し寒いなー……あはは」


 月ヶ瀬がカクンと首を倒し力なく笑う。


「確かに」


 ここ最近は腕まくりする日が続いていたが、今は幾らか空気がひんやりしてる気がするな。まぁまだ六月初旬だし、太陽が出てなければそう言う日もあるか。


「一応今後どうあるべきか整理するためにも詳細は聞かせもらうね、じゅう君」

「分かった」


 月ヶ瀬が居住まいを正すと、ゆっくりと持っていた包みを解き始める。

 また何かアドバイスでもくれるのだろうか。


「えーっと、とりあえずじゅう君は渡良瀬さんを突き放したんだよね?」

「そうだな」


 月ヶ瀬が弁当箱の蓋を取るので、俺も倣ってたまごドッグの袋を開ける。


「そしたら、《《あの》》渡良瀬さんが今反省してて、大人しくなったと」

「たぶんそんな感じ」

「なるほどなるほど」


 俺が一つたまごドッグをかじると、月ヶ瀬は小さいサイズの卵焼きを箸で挟みパクリと口に入れる。

 そのままコクンと卵焼きを飲み込むと、もう一つの卵焼きへと箸を向かわせる。


「月ヶ瀬はそうなると分かって俺に分からせるように言ってくれたんだよな~」

「え⁉」


 月ヶ瀬の箸が止まる。


「どうした叫んで」

「え? いや何もないよ! まぁね? 渡良瀬さんの事だから突然そんな事されたらきっと反発して修復不可能なくらいの亀裂入るんじゃないかとか全然考えてなかったよ!」

「そうなんだよなぁ。正直俺は安直にそんな感じになるかと思ってたから月ヶ瀬はすごいよ」

「ま、まぁ、修羅場くぐりぬけてるので……ハハ」


 なるほど、裏切られた過去が月ヶ瀬の今の感性を育てたというわけか。

 これぞけがの功名、にしてはあまりに酷いケガではあるが……。

 俺がパンをかじると、月ヶ瀬は箸を再開させ残りの卵焼きやや強引な感じに飲み込んだ。


「ちなみに渡良瀬さん、具体的にはどんな状態なの?」


 月ヶ瀬が三本足のたこさんウィンナーを箸にとり、口へと運んで行く。


「そうだな、とりあえずお手に応じるくらい素直になった」

「なるほどお手に……」


 ゆっくりもぐもぐする月ヶ瀬だったが、突然くっと喉を鳴らす。


「お手⁉」

「言い間違えた、手を繋いでくるくらいの素直さだな」


 危ない危ない、うちのクラスであいつの罵倒がプレイ扱いされてたくらいだ、そんな事を言えば要らぬ誤解を呼んでしまいかねない。

 市販のたまごサラダ系特有の防腐剤だかなんだかの味を噛みしめながら、最後の一口を胃へと収める。


「なるほどね、それなら分か……」


 ミニハンバーグへと箸を伸ばす月ヶ瀬だったが、突然その動作を止め、ゆっくりと顔を持ち上げる。


「え、手繋いだの?」

「まぁ、成り行きで」

「成り行きで繋いでいいんだ⁉」

「え、いやまぁどうだろうな……」


 でも確かによく考えたら軽い感じで繋ぐものでもないよな……。あいつから邪気が取れて幼馴染要素が残ってしまった結果ちょっと感覚がマヒしているのかもしれない。


「四日くらい彼氏いたことある私でも繋いだことないのにな~あはは~」


 乾いた笑みを浮かべグサっと月ヶ瀬がミニハンバーグを箸で突き刺すと、かかっていた赤いケチャップが刺し傷を浮き彫りにさせる。


「これ、豆腐ハンバーグ。すごくヘルシーでいいんだよ」

「け、健康的であるならそれはいい事だよな」


 急ぎチョコチップメロンパンの袋を開ける。

 ひと齧りすれば、メロンとカカオの香りが同時に口の中に広がり、脳内をドーパミンで塗りたくっていった。


「他に……何か……変わった事って……」


 未だにミニ豆腐ハンバーグを箸で突き刺したままの月ヶ瀬だが、その手は苦し気にぷるぷる震えている。


「あとはなんだ、頭撫でても嬉しそうにしてたな」

「あぁ~~……たまを撫でるう⁉」


 月ヶ瀬が箸を広ければ、突き刺していた豆腐ハンバーグは半分にすっぱり分断された。


「私は撫でられたことないのにっ!」


 た、確かに五日も付き合ってないならそりゃそういうイベントも起きないか。


「いや、まぁ……なんだ、別にあれだぞ。そんな特別なものじゃないというか、付き合っててもそういう事しないカップルは普通にいると思うから……」

「カップルでもやらない事やったんだ!」

「いやそういう意味じゃないぞ⁉」

「じゃあどゆことなんだいっ⁉」


 月ヶ瀬が涙目になりながらぱくぱくとミニ豆腐ハンバーグを口に入れていく。


「その、本倉……元カレとはそういう事がなかっても気にする必要はないと言いたくてだな」


 説明すると、月ヶ瀬は箸を弁当箱の上にぺちんと叩きつける様に置き、目をくの字にする。


「あんな人によしよしされたかったわけじゃないよッ!」

「あぁ、いやまぁ、そうだよな! それならいいんだ……!」


 当時はそうだったかもしれないが、そんな黒歴史思い出したくないよな! ごめんね⁉


「ほか……他にはなんか、変わった事ある……?」

「ほ、他か……?」


 なんか知らぬ間に月ヶ瀬を殴ってる気がしてきてあんまり答えたくないのだが、まぁでも今はこれくらいしか特に無かった気もするし……。

 チョコチップメロンパンを齧りつつ考えていると、月ヶ瀬はっとした表情を見せる。


「ま、まさか」


 月ヶ瀬は怪しい手つきで指をくねくね曲げたりすると、ぬったりと前のめりになった。


「キキキ、キスとかそんなとこまで……!」

「流石に無いからな⁉」


 論理の飛躍が見られたのですぐさま否定する。


「そ、そーだよね⁉ よ、よかったぁ……」


 身を引いた月ヶ瀬は表情を柔らかくすると、再び箸を手に取る。

 そのまま米を掬い取ると、やや額に汗を滲ませてはいるが、おおむね穏やかな様子でむにゃむにゃと食べ始めた。


 キスはいくらなんでも一線を超越している。超越してはいるのだが――

 渡良瀬、お手したんだよな。


「……なんか今のあいつなら素直に応じてしまいそうな気もするな」

「んぐっ⁉」


 今朝の様子を思い返しつい呟いてしまうと、うめき声をあげた月ヶ瀬が勢いよく水筒のお茶を煽った。どうやら喉を詰まらせたらしい。


「駄目だよ⁉ 絶対やっちゃだめだからね⁉」


 勢いよく振り下ろされた水筒が、地面のベニヤ板をカーンと打ち鳴らす。


「わ、分かってるって。流石の俺でもそれくらいの甲斐性はあるからな?」

「そ、そうだよ! そういうのはちゃんと付き合ってからじゃないとだからね!」

「ああ間違いないな。そういうのはちゃんと付き合ってから……」


 残りのチョコチップメロンパンを口に放り込み、次の焼きそばパンに手をかけたところで、はたと思考がよぎる。


「ああでもそうか、付き合うっていうのも自然な流れの一つなのか……」

「っ!」


 今までされてきた扱いのせいでそんな考えなど一ミリもよぎったことなかったが、今ならそれも選択肢としてなくはないよな。


「や、やっぱ今の無し! ちょっとさっき私の言った事は全部忘れようじゅう君!」

「えぇ⁉ って事は付き合わなくてもそういうのしちゃうものなのか⁉」

「ちがう、そーじゃないッ!」


 大きくのぞける月ヶ瀬だが、すぐに折り返し頭を抱えてうずくまる。


「な、なんか大丈夫か月ヶ瀬……」

「きっとこれは低気圧のせい。低気圧の頭痛が悪夢をみせてるだけ……」


 なるほど三半規管の辺りが弱いタイプだったらしい。今の時期大変そう。


「その、あれだったら保健室行くか?」


 尋ねると、月ヶ瀬が箸を持たないの方の手をぬっと伸ばし俺の腕を掴んでくる。


「せめて……」


 え、あれ、なんだ? 力強くない? 焼きそばパン取ろうと思っても取れないんだけど。


「せめて、この短い時間だけでもじゅう君とこごにいざぜで……っ」


 こちらへと向いた月ヶ瀬の目からは、ポロポロと涙がこぼれていた。


「え、ああ、おう。大丈夫ならいいんだけどさ」


 そうは言ったものの全然大丈夫そうに見えないな。まぁ本人がそう言ってる以上尊重はしようか。


「もしかしてあいつあの子振ったのか……?」


 ふと、周囲の声が風に乗って耳に届く。


「おいおい贅沢過ぎるだろ」

「でも振るにしてもこんな大勢いるところで振るとかよっぽど鬼畜だな」

「あれはたぶんDV男だね。女の勘がそう言ってる」


 あれ、なんか俺とんでもなく不名誉な誤解されてない? 

 DVなんてそんな事……いやでもなんか思い返せば月ヶ瀬、俺の発言の後で苦しんでたような気がしないでも……。

 いや、まぁ気のせいか! ほんとギャラリー共は変なタイミングで関心向けてくんなよな! これだから校内人気スポットは嫌なんだ!


 その後、周囲からのやや冷たい視線はあったものの、月ヶ瀬と過ごす昼休みはつつがなく終わりを迎えた。

 当の月ヶ瀬はと言えばやはり低気圧が厳しかったか、終始憔悴した様子ではあったが、まぁ今日はこの子にとって色々と災難な日だっただろうしな。

 帰ったらぜひともゆっくり身体を休めてほしいものだ。

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