第11話 友達というわけでは断じてないクラスの可愛い系イケメン
「おい本倉」
扉まで行きつんつんした派手な色の後頭部に向かって声をかけると、その向こうで月ヶ瀬が顔を綻ばせるのが目に入る。
「じゅう君……!」
とりあえず体裁だけでもいいから昼飯誘って月ヶ瀬をこの場から離れさせるのが丸いだろうか。
「あれ~誰かと思えば山添じゃん。今僕美朔ちゃんと話してるんだけど、何か用?」
本倉がこちらへと顔を向けると、挑戦的な笑みを向けてくる。
「お前に用なんてあるわけないだろ。俺が用があるのは月ヶ瀬だ。お前に呼びかけたのは単純に邪魔だからどけってだけ」
「それを言うなら僕も美朔ちゃんに用あるから話してるんだけどー?」
「お前が月ヶ瀬に用を預けられる立場と思ってるのか?」
こいつは他でもないあの『事件』の当事者であり加害者側の人間だ。
「あーはいはい、またそれね。いつまで擦ってんの? ま、最近仲良いみたいだし? 他でもない僕が近づくのは気が気でなかったのかもだけど、流石に必死過ぎて笑える」
相変わらず性根は腐ってるみたいだな。ならこちらもこちらで考えがある。
「そんなんじゃねえよ。そもそも必死なのはどっちなんだかな」
こいつは自分の事を過大評価している節があるが、同時にコンプレックスの塊だ。俺にはそんな本倉によく効く手札を持っている。
「は? どーういう意味?」
「いや何、お前の中学の写真とかクラスに晒してやってもいいんだぞって話だ」
俺と出会った頃のこいつはこんな可愛い系イケメンみたいななりではなかった。高校デビューというわけでもないんだが、それでも今の自分のを脅かしかねない事には敏感だ。今だって突然月ヶ瀬に絡んだのは陰キャだといじられた事に危機感を覚えたからだろうしな。
「は、はぁ? なんでそんなの持ってんの?」
やや臆したか、本倉の目に動揺の色が走る。
「……ま、昔需要があったんでな」
月ヶ瀬の方に少し目を向けると、その節は~みたいな感じで頬を掻きながらゆっくり視線を逸らす。
「なんなら今ここで証明してもいいぞ」
「い、いや別に? 見たくないし。でもさ、クラスのグルチャにも入ってないのにどうやったら晒せんの?」
「え、そんなのあるのか?」
初めて聞く事実につい聞き返してしまうと、本倉が隙ありとばかりにいやらしい笑みを浮かべる。
「あれ~知らなかったんだあ? なんなら今ここで誘ってあげよーか?」
歯茎を見せながら親指を下に向け、俺より背の低い位置から見下してくる。
「は? いや別に。いらないし。なんでお前にそんなとこ誘われなきゃいけないわけ? どうせそういうグループって進級するにつれて形骸化してうちらのクラス世界一最強! みたいな事言ってたあの時の言葉はなんだったんだろうって考えさせられる啓蒙的グループになるのは目に見えてるわけでな」
別に動揺とか一切無いけど、あまりにキレッキレな反論かましちまったんだぜ。あーレスバ強すぎるのも考えものですわ~。
「それは同意するけど今この瞬間山添がクラスから仲間外れになってる事実は変わらないよね」
存外冷静に本倉が指摘してくる。
ほ、ほーん。あんなぼろくそ言い負かされてるのに反撃してくる感じね? ほーん、まぁまぁ、相手してやるけどね? いやあ困っちゃうなあ。
「でも俺の手の中にお前の黒歴史はしっかり保存されてる事実も変わらないんだよなぁ? ブツがこっちにある以上いくらでもやりようあるんですよね」
「もしかして印刷してばらまいたりすんの? そんな事までしたら逆にそっちがやばいと思うけどなぁ!」
「ほーん? 俺無敵だけど?」
「へぇ? じゃあやってみる?」
本倉との間に束の間の膠着が訪れる。
しばらくにらみ合っていると、月ヶ瀬がぽそりと呟く。
「あれ、もしかして意外と二人仲良し……」
「ありえないな。絶対にない」
「ないない、ぜーったいない!」
声を重ねてきやがったので睨みつけると、あちらも同様に睨み返してくる。
このクズと仲良いと勘違いされるのだけはごめんだからな、そこはしっかり誤解を解いておかないとな。
「月ヶ瀬も知ってるだろう、こいつがいかにゴミクズなのか。そんな奴とどうやって仲良くできるんだ」
「た、確かに……」
月ヶ瀬はこちらの方に寄ってくると、俺の身体を盾にしながら本倉の方ににらみを利かせる。
図らずも二対一の構図ができ本倉も分が悪いと悟ったか、半歩後ずさる。
「はー! もういいもんね、さっさと用済ませばいいじゃん。よろしくやってどうぞ!」
本倉は投げやりに言うと、元居た場所へと戻っていった。
はい俺の勝ちい! 結局この世は数の暴力が正義なんだよなぁ! 多数決の前にはどんなレスポンスも無力ッ!
「ごめーんみんな、山添の顔見たら美朔ちゃん萎えちゃってさあ」
あの野郎息を吸うように嘯きやがるな……。まぁいいか、実際そういう事実は無いしな。
ああでもなんかすごい陽キャたちの視線が刺さる……。
「じゅう君、ありがとうね」
ふと月ヶ瀬がお礼を言ってくる。
「別に大したことはしてない。それよりなんでこんなところにいたんだ?」
尋ねると、月ヶ瀬は自らの弁当包みを口元を隠し、遠慮がちな眼差しでこちらを見てくる。
「えと、じゅう君お昼ごはん一緒にどうかなって思って」
「あ、俺だったのか」
一応こちらも昼飯は携えてきたが、避難させるための口実に使うために持ってきただけで逆に誘われるとは微塵も思ってなかった。
「その、嫌だったら全然……」
先ほどの事もあったせいかやや月ヶ瀬は不安そうに尋ねてくる。
「いやむしろ歓迎だ」
丁度渡良瀬についても報告しときたかったしな。
「ほんと⁉ それじゃあレッツ中庭へゴー!」
瞬く間に気を取り直したらしい月ヶ瀬はぱっと顔を明るくすると、嬉々として弁当の包みを掲げ歩き出す。
元気になって何よりではあるが、また中庭なんだな……。お世辞にも居心地がいい場所とは言えないが、かといって他にいい場所もないから仕方ないか。




