05.始まりを告げる春の風
春の匂いが、エルミナ学園の職員室を満たしていた。
冬の名残をほんのりと残しつつ、窓の外にはやわらかな陽射し。
新しい季節のはじまりを告げる風が、カーテンをやさしく揺らしている。
「……ようやく、ちょっと落ち着いたな」
グレンが呟き、窓の外を眺めた。
数日前まで混乱していた職員室は、今では一応の秩序を取り戻しつつある。
樹が正式に教員として加わってから、月の負担もほんのわずかに減り、教員たちの顔にも幾分か余裕が戻っていた。
そして今、話題はひとつ──明日の入学式。
「さてさて!」
月がいつものテンションで立ち上がると、手元の紙をぺらっと掲げる。
「今年度のクラス割りと人数の件ですが〜……今のところ以下の通りでーす!」
教師たちが一斉に顔を上げる。
「まず、初等部新1年生は……10人! 1クラス! 担任は、未定です!」
ざわっ。
「続いて、初等部2年生は去年の1年生40人が進級。
2クラスで担任は柊先生とヒサメ先生、継続です!」
柊が「了解」と片手を挙げ、ヒサメはふわりと笑っていた。
「初等部3年生は、去年の2年生30人が進級して1クラス。
担任は橘先生、継続ですね!」
「承知しました」
橘がメガネを押し上げながら頷いた。
「そして、中等部1年生!
新規入学20人に加えて、進級できなかった昨年度の10人を加えて、合計30人!
担任はセレナ先生です!」
「は〜い、がんばりま〜す」
セレナが手をひらひらと振る。
「そして……中等部2年生は……進級者、ゼロです!」
静寂。
「……0人進級って……」
「逆に潔いな……」
「なにがあったの……」
教師陣がそれぞれに動揺と困惑を表情に浮かべ、ぼそぼそと呟き始める。
だが、月はまったく気にしていない様子で、にこにこと満足げに資料を片づけた。
「では、次に始業式についてですが〜」
職員室が一斉にピンと緊張する。
「学園長。今年こそは三分以内で挨拶を終えてくださいね!」
「……善処しよう。善処な……」
神崎が遠い目をしながら返した。
その隣で、ラットンが慌てて机を叩く。
「で、で、今回の始業式の挨拶は誰なんだい!?
前回のセリフ劇は我輩の心臓に悪すぎたぞ!
今度は落語か!? ミュージカルか!?」
月はくるりと回って、にっこりと笑った。
「………………当日までのお楽しみです!」
「ヒィッ!?」
ラットンが耳を伏せて机の下に身を沈める。
職員室の空気が一気に不穏になった。
「……おい、また何か企んでるぞ」
「まさか、去年以上のことを……?」
「誰か止めて……」
ざわざわと騒ぎながら、それでも誰も月には逆らわない。
新年度の準備は、進んでいた。
教師たちの目には、期待と不安と、少しだけ諦めが混ざっていたが──
それでも、この場所で始まる新しい一年に、誰もが確かに備え始めていた。




