03.月のために、誤魔化しの言葉
黒い霧がゆっくりと形を成していく。
輪郭が現れ、指が、腕が、胴体が──やがて、樹が何事もなかったように姿を戻した。
「ほんっとうに………毎回毎回………」
立ち上がりながらぼやく声は、どこか悟った響きを帯びている。
「どこに行ってたの? お兄様」
リエが首をかしげながら問いかける。
その瞳には、悪意も疑念もなかった。
「ちょっとそこまで」
「そう」
会話がそれで完結した。
何が起きたのか、何が問題だったのか。
そんなことは最初から話題にすらならない。
月はぽかんとそのやり取りを見ていたが、ふと、思いついたように口を開く。
「……あの、三人って、兄妹なんですか?」
「俺は関係ない」
シキが即答する。
月の方すら見ないまま。
「俺とリエちゃんだけが兄妹」
樹が肩をすくめて続ける。
「血は繋がってないけどね」
リエの返答に、月は小さく頷いた。
「そうですか……」
気まずい空気でも、不穏な気配でもない。
けれど、どこか噛み合わない。
そんなやり取りのあと、月は改めて問いかけた。
「それで……わたしに、何か用事だったんですか?」
「まあ……色々と指令を受けて、月を守るように言われてたんだけど……」
シキが面倒くさそうに頭をかく。
「色々あって…………」
樹の補足も投げやりだ。
「今になったのよ。
ほら、貴女、運無いじゃない? こっちも仕事を抱えてるから………」
「そうそう。
でも見つけたし……大丈夫大丈夫」
そんな適当な三人の言葉に、月は一瞬だけ目を細めたが、すぐに何も言わず口をつぐんだ。
そのとき。
低く唸るような振動音が空気を震わせた。
魔力の共鳴。それが、シキの腰元から発されていた。
魔導通信機──それが鳴っていた。
「…………もしもし」
シキが受話器を取り、声を潜める。
通信の向こうから、聞き覚えのない声が響いた。
『見つけたか? 月のこと』
一拍の沈黙。
シキは月の方にちらりと視線を向け、わずかに間を置いて答える。
「…………見つけてない。まだ探してる」
『そうか。引き続き頼む』
短い返答の後、通信は切れた。
シキは小さく息をつきながら受話器を戻し、つぶやいた。
「……なんとかごまかした。セーーーフ」
「ああ、月は見つけてない」
隣で樹がさらっと補足する。
「いや……あの……」
月が困ったように声をあげるが、シキは親指を立ててにっこり笑った。
「バレたらバレた時だ。
そん時はそん時ってことで」
「そういうの、ちゃんと考えたほうがいいと思うんですけど……」
月のツッコミも空しく、話題はするりとすり替わる。
「と、いうわけで帰るわ」
リエが唐突に言った。
「また来る」
シキが片手をひらひらと振る。
「今度はもっとゆっくりな」
樹も笑って続けた。
「え……」
月が何か言いかけたときには、三人の姿はすでにギルドの出口に向かっていた。
その背中に、月はぽつりと呟く。
「……忙しい人たちですね……」




