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終焉の茶会は、今日も平和に大惨事  作者: ポン吉
第11章『終焉の茶会、忘却と蛮族と通過儀礼』

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02.記憶なし、常識なし、命もなし

「……月に記憶がない、か」


シキが低く呟く。

ギルドの食堂、まだ客の多い時間帯だったが、彼の声は奇妙な静けさを伴っていた。


「まあ……月はポンコツだしな」


「想定の範囲内だな〜」


シキに続いて、樹が肩をすくめながら頷く。

その隣でリエも真顔で言った。


「むしろ、記憶があったらあったで、本物か疑うわ」


「え? なんか失礼なこと言われてません?」


当の本人──月は、トレイを持ったまま首を傾げていた。

笑顔はそのままだが、目だけがほんの少し細くなる。


それを見て、三人の間に微妙な空気が走った。

が、気にせずシキが前に出る。


「……まあ、改めてってことで自己紹介しとくか。

俺はシキ。傲慢の魔王をしていて、魔族の住んでる土地を治めてる。

で、隣の男は樹。俺の従者で──奴隷みたいなもんだな」


「奴隷って……まあ、いいけどな」


樹が苦笑まじりに続ける。


「俺は樹。初めましてじゃないけど、まあ初めましてだな。

で、隣の女はリエ。……色々と気をつけろよ」


「失礼ね、お兄様。何を気をつけるというのかしら?」


リエは静かに歩み寄りながら、月の隣に立っていた樹の肩を、軽く──本当に軽く、ぺちんと叩いた。


「あっ──」


短い声が上がった瞬間、樹の身体が音もなく霧のように消えた。

足元に残った灰色の影が、かすかに宙を舞って溶けていく。


「あら? お兄様が消えたわ……どこに行ったのかしら?」


月はと言えば、手に持ったトレイをじっと見つめたあと、シキに向き直った。


「……え??………」


心底困惑したような声音。

その隣で、シキが淡々とした声で補足する。


「リエはな……運動音痴なんだよ。

本人に自覚はないけどな。叩いたところと違う場所が折れるとか、そもそも一発で骨が砕けるとか……。

ああ、まあ、慣れてくれ」


「…………はい?」


返した月の声には、もはや語尾も抑揚もなかった。

それを聞いたシキはふっと肩をすくめる。


「安心しろ。あいつは毎回こうだから」


「え、毎回……?」


「毎回」


タイミングを見計らったように、床に黒い霧が再び立ち上がる。

霧は形を持ち始め、四肢と輪郭を形作り──数秒後、元通りの姿で樹が復元された。


彼は何も言わず、苦い顔で立ち上がると、ぽつりと呟いた。


「……これ、何回目だったっけな……」


「そんなに消えてるの!?」


月の悲鳴に近い問いかけは、誰にも返されなかった。

ただ、リエだけが小さく首をかしげながら、


「お兄様、さっき何か失礼なことでも言ったのかしら?」


と、純粋な顔で尋ねていた。

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