05.木材と火花と強運
「まずは、屋根。風通しが良すぎると、寝てる間に風邪引くから」
月の指示が飛ぶと同時に、帝が小さなハンマーを握って立ち上がった。
「任せてほしいのだっ!」
勢いよく駆け出し、瓦礫の山へ飛び乗った瞬間──
ゴッ。
「あ」
「あ」
「……ああああああああっ!!」
足元の板がずるりと崩れ、帝の姿が見事に視界から消えた。
数秒の静寂。
「……だ、大丈夫なのだ……これは予定通りの落下なのだ……」
聞こえてくる声に、月は軽くため息をついた。
「とりあえず、打ち身だけで済んでる。運がいいね、帝」
「お姉ちゃんの祈りが届いたのだ……!」
その横で、カノンがぶすっとした顔で木材を運んでいた。
「運がいいって言っても、落ちてる時点で全然よくないと思うんだけど」
「でもケガしてないのだ」
「それを幸運って言い切るの、もう宗教じゃん……」
帝が得意げに胸を張る。
「事実、オレは幸運なのだっ!」
月は、カンカンと釘を打ちながら振り向きもしない。
「……建材、あと三本お願い」
「わ、わかったのだ!」
帝は再び瓦礫に向かって駆け出し、今度は足元に気をつけて板を一枚ずつ運びはじめた。
カノンが月にこっそり耳打ちする。
「……ちょっと甘やかしすぎじゃない?」
「けがしてないなら、それでいいよ」
「さすが“慈愛の聖女”……って言っていいのか、これ」
「作業終わったら、屋根に登ってもらうけど」
「罰じゃん」
作業は進み、日が少し傾きかけた頃。
クロマがうろうろと仮拠点の中を歩き回っていた。
「ねぇねぇ、月! 花火の材料ってどこに置く~?」
「……は?」
月が顔を上げる。
クロマは両手に、たくさんの火薬などを抱えていた。
「爆発するやつ、マスターが使っていいって!」
「マスター……?」
視線が自動的にマスターに向く。
「えへへっ 発破使えば、瓦礫の処理も楽になるかな~って!」
「その前に、ギルドごと消し飛ぶよ」
カノンが即ツッコミを入れる。
クロマは笑いながら材料をどこかへ運んでいった。
月はしばらく黙っていたが、小さく息を吐くと、
「……発火する前に、火花だけ見られるなら、それはそれでいいか」
と、釘をもう一本打ち込んだ。
そして夜。
小さな火種がパチパチと瞬き、石窯の横で火花が上がった。
ドン、とまではいかない、ごく控えめな音。
クロマが小さく手を叩いた。
「成功っ!」
帝は感動していた。
「すごいのだ……火花なのに爆発しなかったのだ……」
「そりゃ爆発してたら大惨事だよ」
カノンが冷たく言いながらも、その場に座り込んだ。
月は、ささやかに舞い上がった火花を見上げたまま、ぽつりと呟いた。
「次は……断熱。床からの冷えが強すぎる」
「……次も、やるんだね」
「うん。まだ寝返り打つと床板外れるから」
「現実的な理由だった!」
火花の光が、一瞬だけ夜を照らした。
笑いと、作業音と、微かな焦げ臭さ。
それは確かに、ここに“生”が戻ってきている証だった。