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終焉の茶会は、今日も平和に大惨事  作者: ポン吉
第10章『終焉の茶会、眠れる姫君と紅き守護者』

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04.遠き日の名を呼んで

保健室に差し込む冬の朝陽は、まだ弱々しく、室内の空気は静まりかえっていた。


火龍は月の枕元から離れ、扉へと向かっていた。

だが、ちょうどその時だった。


布団の中で眠り続ける月の唇から、かすかに声が漏れた。


「…………セレス……さん……」


その名前が、確かに届いた瞬間——

火龍の足が止まった。

扉の前で立ち止まり、静かに振り返る。


「……二度と会えないというのに……」


呟きは、まるで胸の底から響くように、低く重たかった。


そばにいたクロマが、気まずそうに目を伏せながら口を開いた。


「火龍……セレスって?」


火龍はゆっくりとクロマを見やり、重々しく言葉を返す。


「セレスは、我の主の名だ。……憤怒の魔王、と言えばわかるか」


「憤怒の魔王は知ってるよ。でも、それと月は……どんな関係なんだよ?」


数秒の沈黙ののち、火龍はわずかに目を伏せ、視線を落とす。


「……遠い昔、姫君と主は夫婦だった。ただ、それだけだ……」


言葉の余韻が、保健室の空気をさらに深く冷やしたようだった。


クロマはしばらく黙っていたが、小さくうなずき、少し微笑みを浮かべた。


「そっか……わかったんだよ。引き留めてゴメンね」


火龍も一度うなずいてから、再び扉へと向かう。


「では、我は帰る」


火龍が静かに外へと出ていった、直後——


「せめて離れてから龍の姿に戻って欲しかったんだよーーーーー!!!」


保健室の中から、クロマの叫びが響いた。


遠ざかる声で、火龍が返す。


「すまん!!」


そのやりとりに、保健室の教師陣たちは目をぱちくりとさせた。

そして、あらためて月の寝言を思い返す。


「……セレス……さん……」


あまりに静かに、しかし確かに口にされたその名に、教師たちは互いに顔を見合わせる。


ヒサメが何かを言いかけて、しかし口を閉じた。

橘も、グレンも、ラットンも、皆が何かを感じ取りながらも、その正体までは掴めずにいた。


ただならぬものが、確かに月の周囲に存在している。

それだけは、誰の目にも明らかだった。


—―保健室には、静寂が戻っていた。

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