03.目覚めぬ理由と、沈んだ村長
保健室に差し込む光は、冬のものにしてはどこか柔らかく、けれどその空気はどこか重かった。
クロマは、窓辺に立つ火龍のそばへと静かに歩み寄る。
その視線の先には、変わらず眠り続ける月の姿があった。
布団に包まれた小さな背中は、呼吸のたびにわずかに上下している。
「ねえ、火龍……どうして月は起きないんだよ?」
クロマの声は、保健室の静けさを破らないように、そっと響く。
火龍は動かず、ただその金の瞳だけがゆっくりと月を見下ろした。
やがて、静かに口を開く。
「姫君が“穢の浄化”を行ったからだ」
クロマは瞬きを一つして、火龍の顔を見上げる。
「それって……どういうことなんだよ……?」
しばらくの沈黙の後、火龍は低く、しかし確かな声音で答えた。
「力が足りず、自らの体内に穢をすべて取り込み、内側から浄化している。
本来の姫君であれば、何の問題もなかった。だが……今の姫君には、耐えられるだけの力がなかった。それだけのことだ」
クロマは小さく唇を引き結び、そっと視線を落とした。
「……そっか。わかったんだよ」
その一言に、火龍は何も返さず、ただ月をもう一度見つめる。
そしてゆっくりと立ち上がると、背後にいた教師たちの視線を意にも介さず、外へと歩みを進める。
「我が姿を現した以上、しばらくは姫君への命令も届かぬだろう。
……古代龍すべてを敵に回すのは、愚かな選択だからな」
重々しいその言葉に、教師たちは思わず身じろぎする。
だが、火龍の背には敵意も怒気もない。ただ、圧倒的な“格”が存在していた。
火龍が歩きだしたとき、クロマがふと顔を上げて呼び止めた。
「あ、待って! 最後に一つ……今回の村長は、どっちだったんだよ?」
火龍は足を止め、わずかに振り返ることもなく、短く告げた。
「沈んだ」
その一言に、クロマは小さく肩をすくめ、呟く。
「そっちか〜……」
火龍の足音は、淡々としたまま保健室の扉へと向かう。
後に残された教師たちは、火龍とクロマの会話の意味を理解できず、ただ顔を見合わせるばかりだった。
場の空気に沈黙が降り、だがそれは――確かな余韻を残していた。




