02.真紅の加護
保健室には、かすかな薬草の匂いと、凍てつく空気の名残が漂っていた。
冬の朝、陽が差し込む前のわずかな時間帯──その中で、月はまだ布団に包まれたまま、静かに眠っている。
扉が音もなく開いた。
入ってきたのは、赤髪に赤い瞳の青年──火龍だった。
その気配に気づいた教師たちは、反射的に視線を向けた。
グレンの眉がわずかに動き、ヒサメが肩越しに火龍を伺う。
橘は手元のメモ帳を持つ手を止めた。
しかし、火龍は誰にも目をくれないまま、静かに月の枕元へと歩を進める。
やがて立ち止まり、数秒間、じっとその顔を見下ろした。
そして低く、小さく──しかし確かに、声を漏らす。
「………………姫君も無茶をする………我が呼ばれた理由がわかった……」
その言葉には、哀しみとも諦めともつかぬ、淡い熱が宿っていた。
だが、それ以上を語ることはない。
火龍はふと、後ろを振り返り、保健室に並ぶ教師たちの列を見渡す。
そして、その中の一人──眼鏡をかけた女性に、まっすぐ指を伸ばした。
「おい、そこの人間。姫君に毎日この樹液を飲ませろ。我と同じ眷属の樹液だ」
「そこら辺の安物のポーションより、よほど効く」
赤く煌めく小瓶が、火龍の手から弧を描いて飛ぶ。
橘は反射的に両手で受け止めた。
「は…………はい……」
しっかりとした敬語の裏に、かすかな動揺がにじむ。
それを見ていたクロマが、一歩前に出て、申し訳なさそうな顔を向ける。
「火龍……そんな言い方はダメなんだよ?」
火龍は、何も返さず──ただ、クロマの頭をぽんぽんと撫でた。
クロマは困ったように目を細め、小さく呟く。
「都合が悪くなるとすぐ頭撫でてくる………。仕方ないなぁ………。古代龍だもんね」
その一言で、保健室の空気が一変する。
「え……???古代龍………????」
ヒサメの声に、橘が反応し、カグラが目を丸くする。
誰もが一斉に火龍の方へ視線を向けた。
沈黙とざわめきが混ざり合う中──火龍は、微動だにせず、静かにその場に立ち続けていた。




