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終焉の茶会は、今日も平和に大惨事  作者: ポン吉
第10章『終焉の茶会、眠れる姫君と紅き守護者』

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01.灼けつく影

まだ陽の昇らぬ夜明け前。


冬の冷気が支配するはずのエルノアの街に、異質な熱気がじわじわと満ちていた。


地を這うように、しかし着実に街路を侵していくそれは、凍てついた石畳を濡らし、朝露を蒸し上げていく。


やがて、空が赤みを帯びた光に染まり始めた。


「……なあ、これ……なんだよ?」


ギルドの外に出たゴローが、頭に手をやって空を見上げる。

その横には、同じく表に出てきた万里が、眉間に皺を寄せながら佇んでいた。


「冬なのに……暑いわね」


ふたりの背後から、ひょこっと顔を出す影がある。


「うわ、なんか赤いのだ!」


「……これはさすがに……」


帝とカノンも、気配を感じて後を追ってきたようだ。

だが、次の瞬間、その場の空気が凍りついた。


──空の真上、雲を突き抜けるように、炎の渦を纏った巨大な影が蠢いていた。

それはまるで、天を焦がすかのような巨大な龍の姿。


その存在だけで、地上の空気は焼かれ、建物の窓がわずかに震える。


その異形を前に、誰もが声を失っている中で、ひとり静かに口を開いたのはクロマだった。


「……火龍なんだよ」


ぼそりと、でも確信のこもった声音で。


人々がざわつき始める。熱にあてられ、息苦しさを訴える声も混じり始める。

だが、クロマはその様子を見て、ほんの少し困ったような顔をした。


「……火龍、人の姿になってほしいんだよ。他の人たちが暑がっちゃうから……。僕は平気だけど」


すると、空中の龍がゆっくりと旋回し、燃え立つ翼をたたみながら、その姿を変えていく。


大気が軋むような音を立て、炎の輪郭が崩れていくと、そこに現れたのは──

赤髪と赤い瞳を持った、人の姿をした存在。


それは、まるで火そのものが形を取ったかのような威容を湛えながら、音もなく地へと降り立った。


着地と同時に、地面から波紋のように熱が走り、石畳が一瞬だけ歪んで見えた。


火龍──その存在は、誰よりも静かだった。


「………………」


しばし周囲を見渡し、わずかに懐かしむような視線を遠くへと向ける。

やがて、重い口を開いた。


「……我を呼んだのは――主だ」


その一言に、クロマがほんの僅かに目を細める。

だが、火龍はそれ以上、何も語ろうとはしなかった。


言葉を閉ざしたまま、彼は静かに背を向け、ゆるやかに歩き出す。


誰もその背に声をかけることはできなかった。


───


校舎内の保健室。


朝の陽がまだ届かぬその部屋の奥で、月は布団に包まれたまま、微動だにせず横たわっていた。


閉ざされた瞼の奥に、意識の気配はない。

頬に触れる髪が揺れたのは、誰かが扉を開いたからだった。


ギィ……という軋む音と共に、火龍が現れる。


その足音すら、音もなく静かだった。


彼は、ただ月の枕元まで歩み寄り、しばしその姿を見下ろした。

手も伸ばさず、声もかけず、まるでそこにいることだけを確かめるように。


その瞳に、怒りも、焦りも、悲しみも映ってはいなかった。

ただ、熱のない、けれど確かな何かが──保健室に残された。

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