08.答えなき問い
保健室の扉が、勢いよく開かれた。
「姉さん……!」
「お姉ちゃん!!」
真っ先に駆け込んできたのは、カノンと帝。
連絡を受け、授業を抜けて飛び出してきたのだろう。
まだ息が上がったままの二人が、ベッドの上で静かに眠る月の姿に目を奪われる。
その顔色は青白く、額には汗が浮かんでいる。
時折、苦しげに眉を寄せるその様子は、今にも目を覚ましそうで、それでいて──まるで別の世界にいるような遠さもあった。
「姉さん……っ!」
カノンが名を呼びながら手を取ろうとするも、それよりも早く、橘が小さく首を振った。
「今は、そっとしておいた方がいいと思います。……体温はあるけれど、反応が弱くて」
カノンはその場で膝をつき、苦しげに唇を噛んだ。
帝も言葉を発することなく、ただ月の手を見つめていた。
職員室から呼ばれ、保健室に集まっていた教員たちも、沈痛な空気のなか沈黙を守っていた。
その中で、ふと夜行が言葉を発した。
「……“セレス”という名前に、心当たりはあるか?」
「セレス……?」
カノンが顔を上げ、戸惑いと困惑をにじませる。
「……知らない。聞いたこともない名前だよ」
続いて帝が、少しだけ眉を寄せながら答える。
「オレも、知らないのだ……お姉ちゃんの知り合いか?」
「先ほど、寝言のように呟いていた」と、夜行が続ける。
「明確な名前として聞き取れたのは、その“セレス”という言葉だけだった」
「……ただの寝言とは思えないよ」
カノンが絞り出すように言った。
帝も頷いた。
「お姉ちゃん、今朝も普通にしてたのだ。笑って、皆にも挨拶してた。……なのに、倒れるなんて……」
言葉の先を詰まらせた帝の横で、夜行はただ静かに目を伏せていた。
「まるで、内側から壊れたような──そんな気配だった」
橘がつぶやき、セレナが小さく息を呑む。
「魔力の異常……でしょうか?」
「それにしては、兆候がなさすぎる」と、ラットンが珍しく声を落とす。
「本人からの報告も、何もなかったのだろう?」
「……はい」
誰もが沈黙するなか、カノンが月の顔を見つめたまま、ぽつりと呟いた。
「ねえ、姉さん……なんで、何も言ってくれなかったの……」
その声に呼応するように、月がわずかに身じろぎする。
「……っ!」
一同が顔を上げる。
月の唇が微かに動いた。
しかし──そこから紡がれるはずの言葉は、空気の中で音になることはなかった。
再び、沈黙が保健室を支配する。
ただ、誰もが感じていた。
このままでは、何かが……確実に、崩れてしまう。




