07.名を呟いた者
職員室に突如走った悲鳴に、室内の空気が凍りついた。
「えっ……!? 月先生が……!?」
資料の山を抱えていた教員が声をあげた瞬間、周囲の者たちが次々と駆け寄る。
倒れたのは、間違いなく月だった。
机に手をついたまま、ゆっくりと崩れ落ちるように倒れた彼女は、まるで壊れ物のように静かだった。
「誰か……保健室に運ぶぞ!」
柊の声に、ミミとグレンがすぐに動いた。
熊のような巨体のグレンが、その大きな腕でそっと月の体を抱え上げる。
ミミが布を掛け、保健室へと連れて行く。
――職員室に残された者たちの間には、言いようのない不安が立ち込めていた。
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保健室。白い寝台の上に、月は静かに横たわっている。
その顔に苦悶の表情はなかった。
けれど、目は閉じたまま、呼吸も浅く、まるで時間すら止まったような静寂が漂っていた。
……と、そのとき。
「……セレス……さん……」
わずかに揺れた唇から、掠れた声が漏れた。
それは、まるで風の音に紛れて消え入りそうな一言だった。
が、それでもはっきりと──誰の耳にも届いてしまった。
「……今、なんて言った……?」
「セレス……? 誰……?」
室内の教員たちは顔を見合わせ、思い出す限りの名前を脳内で探す。
だが、“セレス”という人物に心当たりがある者は、誰ひとりとしていなかった。
「聞いたことない名前だな……」
「……家族か何か……?」
誰かがそう呟いた。
その言葉に、夜行が軽く頷く。
「弟たちになら、何か知っているかもしれんな」
その一言で、数人の教員がすぐに動いた。
「カノンくんと帝くんを呼んできます!」
そう言い残し、教師の一人が職員室を飛び出していく。
──月の“呟き”がもたらした波紋は、静かに、けれど確実に広がりはじめていた。




