04.道具は語る
朝。焦土に差し込む柔らかな光の中、月は一人、焼け落ちたギルドの奥に足を踏み入れていた。
瓦礫の下に沈んでいたのは、壊れた家具や割れた道具、焦げた帳簿、半分だけ溶けかけた装飾品……。
そのどれもが、誰かの手で使われ、置かれていたものだった。
「……まだ、生きてる」
月はそっと、焼け跡の中から一つのハンマーを拾い上げた。柄は折れていたが、金属部分はしっかりと残っている。
「叩いて直せば、使える」
そう言って、瓦礫の山から次々と“道具”を掘り起こしていく。
仮拠点の外、廃材を並べた作業台に、集められた部品がずらりと並んでいた。
カノンが眉をひそめながら、積まれた壊れ物を見つめる。
「それ……全部、ゴミじゃない?」
「違うのだ。お姉ちゃんは、捨てるって言ってなかったのだ」
帝が隣でまじめに答える。
月は、黙々と分解と組み立てを繰り返していた。折れた椅子の足は切り詰めて、今度はスツールとして蘇る。焦げた棚板は削られ、新しい天板として使われた。
「それ、使い物になるの?」
カノンの問いに、月は手を止めることなく答える。
「……誰かが、ここに置いていったもの。ここで生きてた証。そういうのは、ちゃんと形に残さないと」
「証、ね……」
カノンはどこかバツの悪そうな顔をして視線をそらす。
帝は静かにうなずいた。
「お姉ちゃんは、忘れない人なのだ……」
夕暮れ。再生された家具たちが、仮拠点の中に整然と並べられていた。
椅子が4脚。棚が2段。使える鍋は3つ、火を通せる網も1枚。
そして、ひときわ大きな木箱の蓋が、開かれた。
「これは……?」
クロマが覗き込むと、中には焼け焦げたままのギルドの看板の破片が入っていた。“終”の字だけが、辛うじて判別できる。
「……あれ?」
クロマが声を漏らす。破片の裏側に、黒いインクのようなもので、小さな文字が書かれていた。
『また明日も、ここで会おう』
「マスターの字、かな……?」
クロマが問いかけると、マスターはちょっと照れたように笑った。
「えへへっ 昔ね、ここに来る子たちが、いつも入口でケンカしてたから。毎日ここで顔合わせようって決めたんだよっ」
「ふーん……」
カノンはそっけなく返すが、その目はどこか遠くを見ていた。
月は看板の破片を布で拭きながら、そっと言った。
「……これは、直せないけど」
「でも、残せるのだ」
帝が続ける。
マスターは笑った。
「だったらさ。入口に飾っておこうよっ。ギルドは、まだここにあるって」
月はうなずいた。
「……また、ここで会えるように」
その声はとても静かで、それでいて確かに、希望の灯を含んでいた。