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終焉の茶会は、今日も平和に大惨事  作者: ポン吉
第9章『終焉の茶会、静寂を焦がす者』

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05.深淵の果てで

雪は降っていなかった。

風もなかった。

だが、その場は確かに「寒さ」に満ちていた。


辺境の、そのさらに果て。

どこかもわからぬ地に、ただ一人。月が立っていた。


空は曇天。太陽の光すら届かず、空間すべてがどこか沈んでいる。

足元の大地は灰のように乾ききり、踏めば砕けそうな脆さを湛えていた。

あたり一帯には、見えるはずのない“何か”が、重く満ちている。


それは、瘴気。

黒く澱み、腐ったような魔力の気配。

五感で感じるのではない。ただ“いる”と分かる。そういう存在。


月はその中心に歩み寄る。

厚手のローブが、足元でさらりと揺れた。


ふと、立ち止まる。


両手を胸元で組み、目を閉じる。

膝をつき、地に触れぬよう祈る姿勢。

まるで聖女のように、静かで、整っていて、穏やかだった。


──それは祈り。


沈黙の中、魔力が満ちていく。

淡く、透明な光が周囲に広がりかけた。


しかし。


ふっ、とその光が消えた。


沈黙が、濃くなる。


瘴気が、それを拒んだのだ。

祈りが届くには、あまりにも濁りすぎていた。


しばしの沈黙。

月は、まぶたを開くことなく、小さく息を吐いた。


「この手は使いたくなかったのですが………。仕方ないですね。」


声は穏やか。だが、その奥に滲む“覚悟”だけが冷たく浮かぶ。


月は立ち上がる。


ゆっくりと、両手を広げる。


刹那──周囲の瘴気が、動いた。

黒く濃密な“穢”が、音もなく、月の体へと吸い込まれていく。


拒むことはなかった。

むしろ、穢れの方が自ら望んだかのように、月の肉体へと溶けていった。


全身を包み込むような圧力。

周囲の空間さえも、呼吸を止めたように静かになる。


その中で、月はひとつ、深く息を吸った。


──そして。


魔力が放たれる。


内側から、静かに。

眩く、透明で、あたたかい魔力が、月の内から満ちていく。


穢が浄化されていく。

ゆっくりと、確かに、跡形もなく。


時間がどれほど経ったのかは、わからない。

ただ、空気が変わった。


灰色だった空に、かすかな光が差し込んでいた。


──終わった。


月は、目を開ける。


その瞳に、疲労も、痛みも、怒りもない。

ただ、静かな微笑みだけが浮かんでいた。


だが、次の瞬間。


口元から、紅が一滴、零れ落ちた。


それを見て、月は特に表情を変えることもなく、袖でぬぐう。


「……」


言葉はない。必要もない。


ふらり、と歩き出す。


その足元は、わずかにふらついていた。


だが月は、そのまま、何事もなかったかのように、背を向けて歩き去る。


そこに残るのは、静謐せいひつだけ。


静かに祈り、静かに傷つき、静かに歩く。


月は今日も、“何者か”として、それを終えた。

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