04.再びの指令
夜の帳が静かに降り、月の自宅には凛とした空気が漂っていた。
平屋の一室。窓から差し込む月明かりが、机の上を照らしている。
その中央に、ひとつの黒い封筒が置かれていた。
まるで最初からそこにあったかのように、違和感なく。
月は淡々とその封筒を手に取り、封を切る。
中には、またしても短く簡素な文言が一文。
──「今度は、ここを浄化しろ」
それだけ。
地図も、位置情報も、名前すら記されていない。
しかし月は、ため息ひとつつくこともなく、手紙をそっと封筒に戻す。
その瞳には、微かな光も揺らぎもなかった。
「…………」
月は静かに立ち上がり、押し入れの奥から旅装束を取り出す。
厚手のローブ、小さな袋に最低限の道具と携帯食。
全てが流れるような所作で整えられていく。
準備が整った頃には、空はまだ藍に染まったままだった。
誰にも何も告げず、戸口に立つと、月は一度だけ振り返る。
「…………行ってきます」
誰に向けたものでもない、空気のような言葉だった。
そのまま静かに扉が閉まり、闇の中へと彼女の姿は消えていった。
──それは、夜明けのすぐ手前の出来事だった。
◇ ◇ ◇
月が旅立ったその後、遠く離れた場所。
暗がりに包まれた、何も見えない空間。
そこに佇む存在が、手元の黒い封筒をひらりと放り投げる。
「うーん……今度の場所は少しばかり厳しいか? でも……まあ、何とかするだろう。」
どこか他人事のような口調でつぶやくと、その人物は隣の皿に手を伸ばした。
載っていたのは、香ばしく焼き上げられた小さな焼き菓子。
ひとつ口に含んだ瞬間、目を細めて呟く。
「それよりも………この菓子うまいな!」
その言葉に返事はない。
ただ、闇の中に笑みのようなものが滲んでいた。




