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終焉の茶会は、今日も平和に大惨事  作者: ポン吉
第9章『終焉の茶会、静寂を焦がす者』

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01.静かなる旅立ち

冬の夜。

月の自宅──簡素な平屋の一室には、静寂と紙をめくる音だけが満ちていた。


──そのとき。


月の机の上に、音もなく一通の黒い封筒が現れた。


気配も、前触れもなく。まるで“現れたことすら気付かせない”ように。



月はカップをそっと置き、静かにその封筒に手を伸ばす。



差出人の名は無い。


だが、月には誰からのものか分かっていた。


封を切る。中には、たった一枚の便箋と、たった一文。




「ここの浄化をしてこい。」




その文を見た瞬間、月の瞳に一瞬だけ翳りが差す。


だが、表情はすぐにいつもの穏やかな笑みに戻った。


その笑顔に、憂いも苛立ちもない。ただ、少しだけ疲れをにじませたような、それでも柔らかな笑み。


「…………結構な場所ですねぇ〜」


ぽつりと漏らし、小さくため息をついた。



---


翌朝。


月はすでに身支度を整えていた。軽装の外套に最低限の旅道具。

机の上には、きっちりとまとめられた業務引き継ぎ書類が置かれている。


「一週間くらいで帰れれば御の字ですかね〜。……もう少しかかるかな〜」


肩にかけた鞄の重さを確認しつつ、月はそんな独り言を呟いた。



---


エルミナ学園 職員室。


神崎は、執務机の前で書類に目を通していた。

その前に立つ月が、柔らかな笑みを浮かべながら言う。


「というわけで〜、少し休暇をいただければと。心身の癒しと申しますか〜、温泉巡りと申しますか〜」


神崎は眉をひそめた。


「……お主が休みを取るとは珍しいな」


「いや〜、なんだかんだで疲れがたまってまして〜。ちょっとだけリフレッシュしたいな〜と」


その様子に、神崎はしばし無言のまま月を見つめる。


(……嘘ではなかろうが、何かを隠しておるのは明白じゃな)


だが、言及はせず、神崎は静かに頷いた。


「……まぁ、無理は禁物じゃ。承認しよう」


「ありがとうございます〜」


頭を下げる月の笑顔は、いつも通りに見える。

しかし、その背中に漂う気配に、神崎は何か拭えぬ違和感を覚えていた。



---


その日の朝、職員室。


出勤した教師陣の前に、月がいつもの調子で現れた。


「では、今日から一週間ほど、お休みいただきま〜す。皆さん、その間よろしくお願いしますね〜」


突然の宣言に、室内の空気が一瞬で凍りつく。


「……月先生が、休暇?」

柊が目を瞬かせて言う。


「にゃ、にゃにゃにゃ!? まさか恋バナとかしに……じゃにゃいよにゃ!?」

ミミがバタバタと近づいてくる。


セレナはふわふわと浮きながら、両手を組んで小さく首をかしげる。


「これは異変ですね〜。……天変地異、来ませんよね〜?」


「まさかあの月先生が、一週間も姿を見せぬとは……」

ラットンが真面目な顔で呟き、額に手を当てた。


月はそんな反応を一通り受け止めつつ、相変わらずの笑みを浮かべたまま手を振った。


「では、いってきま〜す」


そう言って、くるりと踵を返す。


誰もが、その後ろ姿に「何か」があると感じた。

だが、その“何か”に触れる言葉は、誰の口からも出てこなかった。


ただ、見送ることしかできない。


──静かな旅立ち。


それは、誰にも理由を明かされないまま、

白い吐息の中へと溶けていった。

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