09.底知れぬその魔力に
鬼影が入居を決めたのは、「ツキグラ」の四階の一室だった。
「……なにこれ、快適……え? うそでしょ……?」
部屋に足を踏み入れるなり、鬼影は素直に驚きの声を漏らす。
「まあ、そうなるにゃ」
ミミがあっさりと答え、グレンも黙って頷く。
教師陣は、もはや驚きに慣れてきていた。
その後、一同が建物の外でひと息ついていると、月が笑顔で説明を始める。
「このマンション、『ツキグラ』っていいます〜」
「『月のグラウンド/グラビティ/暮らし』の略っぽい響きで!」
「略“っぽい”ってなんだよ……」
柊がやや呆れた声を出した。
「ふふっ、でも語感がいいでしょう〜?」
満面の笑みでそう返す月に、教師たちは黙って首をかしげるしかなかった。
やがて、セレナがぽつりと疑問を口にした。
「でも……これ、全部月さんの魔術でしょ? 魔力、どれくらい使ったの?」
「そうにゃそうにゃ、倒れたりしてないにゃ?」
ミミが身を乗り出す。
「……倒れたこと、ありましたよね……」
橘が小声で言いかけて、慌てて言葉を切る。
月が首を傾げる。
「??? え? なんか言いました?」
「い、いえいえいえいえ!!!」
教師陣が一斉に否定の声を上げた。
「……月、ちょっと気になったんだけど」
ヒサメが前髪を払いながら、興味深そうに尋ねた。
「一回、魔力量を測ってみない?」
「え〜? うーん……まあ、いいですけど」
月が近くの機材に手をかざす。
魔力測定装置が光り出し、数秒後――
《測定不能》
と表示された。
「え……壊れてるんじゃ……?」
セレナが眉をひそめる。
「もう機械壊れたにゃ?」
ミミも目をまるくする。
「いや、これは……」
ラットンが静かに、紳士的な声音で言った。
「魔力量が桁外れで、機器が上限を超えたということでしょうな。つまり……底なし、ですぞ」
「聖教会にいたときから、ずっとこの表示なんですよ〜」
月はあっけらかんと笑って続ける。
「魔力切れも経験ないですし〜」
「………………」
教師陣は無言になった。
「……もういっそ、彼女の魔力量を“世界”単位で測るしか……」
カグラがため息混じりに言うと、
「…………無理………」
グレンがぽつりと重い声を漏らした。
その沈黙は、ただ静かに広がっていくばかりだった。




